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決戦・羅城門前 渡辺党、戦闘を開始するの事

月も見えない、全くの暗闇の中、静かに声も無く鬼の軍勢が押し寄せてくる。いまだその姿は目で確認できないが、むせかえるような殺気と背筋を凍らせるような妖気が圧迫感となってとなって押し寄せて来る。


まだ守備側からは兵を出さない。野戦に打って出るのはギリギリの、本当に最後の瞬間だ。それまで、可能な限り敵を引きつけるまではこちらも一切の灯りをつけず、暗闇の中で耐え忍んでいた。


十二天将の一人、大裳大将がしきりに式神を飛ばして様子をうかがう。天空大将、白虎大将も別の場所で同じように式神を放っているはずだ。三点から立体的に偵察を行える事で、この暗闇の中でも敵の情勢は的確に把握できていた。



「まもなく」



大裳大将が報告する。竹綱が号令をかける。



「灯火!!」



羅城門の砦から一斉に明かりが灯された。夜間の漁や操船に必要なため、渡辺党ら船乗りたちは古くから強力な照明の開発に着手していた。松の板に銀箔を貼った傘をつけて集光能力を高めた無数の灯台が闇夜を進む鬼たちの姿を淡く浮かび上がらせた。それは……



「おおっ!!」



百戦錬磨の渡辺党の戦士たちが驚きの声を上げた。松明が照らし出した敵軍、その姿は全てが



であったのだ。


女、女、女……どこまで見渡しても女だらけの、それは異様な軍勢だった。幼な子から老婆まで様々な姿の女がいた、貴人の子女らしき姿の者もいる、薄汚れたみすぼらしい姿(なり)の女もいる。それぞれに鍬や鉈、籾殻を叩く棍棒など種々様々な獲物を手にしてただひたすらに



「御方様のために、御方様のために……」



と念仏のように呟きながら進んで行く。その手、襟元、袖……ことごとくが真新しい血で染め上げられ、生臭い匂いを辺り一面に撒き散らしていた。すでに彼女たちは通る先々の村の、町の人々を血祭りにあげて進軍して来たということか。


戦慣れした古強者である兵士たちも、この異様な相手を目の前にして動揺が広がった。手を出すべきか否か、決めるに決めかねてしまい、近くにいる者はみな指揮官である竹綱を注目した。



「マジか……まさかとは思っていたが、本当に、そうなのかよ……」



竹綱も実際にこの女の軍勢を目の当たりにして動揺を隠せなかった。これが、みんな全員酒呑童子の「邪魅の瞳」の妖術によって操り人形と化した丹波国の住民だというのか!?


最初その噂を耳にした時は「莫迦(ばか)なことを」と一笑に付していた。金平から頼義が同じく魔眼の術にかけられたと聞いた時もにわかには信じがたかった。


しかし、今眼前に広がっているこの光景は、間違いなくそれが「事実」であった事を物語っている。こうやって奴は手勢を増やし、その国を食い尽くしてはまた次の国へと移動していっているのか。



「これじゃあ、いくら数を減らしてもキリがないじゃあないか……!」



竹綱は目を閉じて深く息を吸った。そうこうしているうちに女の集団は砦の周囲に張られた即席の堀の端まで接近して来た。


この堀は昼夜突貫工事で掘り下げた、幅二間ほど、深さ一間半ほどの空堀である。できれば水を引き、二重三重と取り囲みたかったところだが、それでも鎧を着た大人が飛び越えるにはいささか躊躇わせるに十分な距離だ。勢いよく進軍して来る敵勢力をここで一旦足止めさせるには十分な効果があった。次の一手を打つなら、まさしく今である。竹綱は動揺する心を力づくで押さえつけながら大声で叫んだ。



「ためらうな!いかな女人の集団と言えども、帝と朝廷に仇なす反逆者ぞ!射て!!」



その号令に呼応して、砦の両翼から一斉に火矢が放たれた。矢は放物線を描いて夜空に残像を描きながら、寸分違わず堀の前で立ち止まった先頭の女たちを貫いた。



「続け!!休むな!!射よ、射よ、射よ!!」



味方は文字通り矢継ぎ早に間断なく火矢を射ちかける。渡辺水軍の主戦力はこの弓矢である。海上で艦船同士が戦闘を行う場合に最も威力を発揮するのは当然ながら飛び道具だった。


渡辺党では三人一組となって二人が交互に矢を放ち、入れ替わりながら後ろに座する補充係の者が矢を渡す。これを横一列に並び、隣の射手とタイミングをずらして隙間なく射撃を行う。揺れる船の上とは違い、安定した地面の上で射つ彼らの弓矢は、正確無比に女たちを容赦なく仕留めていった。


火矢を受けた女たちは悲鳴をあげることもなく、ぼんやりと自分に刺さった矢を眺めながら次々と倒れ、堀の中に落ちて行った。後ろの女たちはそれでも臆することもなく次々と堀前に進み、その都度矢を射かけられて倒れて行った。


状況はもはや戦闘とは呼べず、ただの一方的な虐殺の場となっていた。女たちは進んでも進んでも矢の餌食となり、射殺しても射殺しても女たちの進撃は止まらない。


いつ果てるとも無く続く殺戮の連続で、竹綱も兵士たちももはや感覚が麻痺して、自分が何のために、何をしているのかもわからなくなって来た。


しかし、その悪夢のような虐殺の場に変化が訪れた。


女たちの列がじり、じりと前へ進み出して来たのだ。疲労による見間違いではない。確かに女たちは堀があるはずの空間を歩いて前へ進んでいた。射手たちの手が動揺で止まる。



「手を止めるな!灯りを足元に!!」



竹綱の号令で女たちの足元が明るく照らし出された。そこに見えたのは、堀を埋め尽くす一面の死体だった。矢を受けて死んだ女たちは次々と堀へ落ち、やがてその数を増すにつれてどんどんと堀を覆い尽くして行ってしまったのだ。後続の女たちはその死体を踏みつけて、次々と堀を超えて歩みを進めていた。



「若ぁ!!これ以上は限界だ、行かせてもらうぜ!!」



遠くで頭目の一人である瀬戸百王丸の声が聞こえる。彼は竹綱の了承を得るよりも先に勢いよく駆け出して行った。


本来の作戦ならば、堀で足止めした敵軍を火矢で射ち留め、動揺して隊列が乱れた虚をついて百王丸ら歩兵部隊が追撃を行うという心算だった。


ところが予想に反して敵軍は動揺を見せることもなく、まるで生ける屍の如くただ機械的に犠牲を厭わず兵を進めて来る。このままでは数において有利に立っている敵軍にいずれはすり潰されてしまう。その前に女たちを堀より外へ押し返すため、百王丸たちは決死の覚悟で飛び出して行った。



「堀より外へは出るなよ!!押し返すだけでいい!!」



竹綱の声に百王丸は背を向けたまま親指を立てて答えた。咆哮を上げて百王丸は堀を踏み越えようとしている女たちに向かって突進して行った。


その突撃隊を、前列の女たちごと巨大な槍の群れが刺し貫いた。

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