最終決戦用城塞都市平安京、の事
都は異様な喧騒に包まれていた。道行く人は商人ではなく、運ぶ物も野菜や反物といった商い物ではない。かつて都を賑わせた人々の姿は今は無く、かわってせわしなく動いているのは武装した兵士たちばかりであった。
彼らは休む事なく木材や荒縄を各所に運んでは次々と柵や矢避けの盾を作成する。斥候の報告によれば、鬼の軍勢はすでに丹波国を喰らい尽くし、一両日中にもこの都に餌を求めて進軍してくるという。奴らが都に到達する前に、道という道、辻という辻に柵を設置し、櫓を建ててこの平安京自体を一つの巨大な砦として急ピッチで作り変えていった。
陰陽師の数名が観測したところ、敵軍の総勢はおおよそ二万、数だけで言えば圧倒的な彼我の格差だが、相手は知恵も戦略も無い有象無象、加えてこちらに「砦」としての備えがあるならば十分に対抗できる、というのが先ほど行われた戦略会議においての結論だった。
その時の方針に従って頼義軍は各部隊を編成し、工作隊が別に設けられ都に残されたありったけの資材を総動員して城砦造りに奔走していた。
本丸は大内裏朝堂院。そこに左大臣藤原道長以下、都に残った公卿たちが陣取る。彼らを守り、かつ敵の首魁を討ち取るための軍勢として、源左近頼義率いる酒呑童子追討使、号して「鬼狩り紅蓮隊」が陣を配していた。
最高権力者である道長たちを逃がすこともせずわざわざ居残りさせた所に、朝廷としてもここが最後の正念場と覚悟しているのが見て取れる。たとえここを逃げたとしても、いずれ必ず鬼たちは重臣たちを追い求めてその度に逃げる先々の国に多大な被害を出す事となるだろう。ならばいっそここを最終決戦の場とし、彼らが滅びるか、自分らが滅びるかを決しようという腹づもりであった。
頼義は馬で巡察しながら進捗状況を確認し、激励の言葉を送りながら各所を駆け回った。日が沈めば鬼たちは必ず攻めてくる。その前に少しでも防備を固める必要がある。頼義は前日から一睡もせずに働き詰めであったが、疲れを見せるどころかその気力は一層冴え渡り、今にも千里を駆け抜けそうなほどの勢いだった。
朱雀大路を中ほどまで進み切った辺り、ちょうど大内裏にぶつかる直前の区域では坂田金平たちが指揮を取って木造の関を急ごしらえで建てている最中だった。通りを挟んで立ち並んでいた大学寮や弘文院、勧学院といった学寮の一部を建て壊し、柱を継ぎ足し、金板で補強し、物見櫓や矢口を設けて、今や大内裏の入り口は巨大な一個の城楼として鬼の襲撃を待ち構えているかのようだった。
「ご苦労様です、金平どの、季春どの」
馬から降りた頼義が金平や兵士たちを労う。金平は頼義に振り向きもせず、大声で兵士たちを切り回している。
「おう、殿こそご足労痛み入ります。ここはもうほぼ仕上がっております、いかな鬼どもといえどもそう易々とは破れはしませんぞ。さしずめ鬼より都を守る『不破の関』といった所ですな、にょほほほほ」
季春が例の調子で受け答える。
「十二天将の方々もそれぞれに配置され、いつ如何なる状況をも逐一殿のお耳に入るよう手配はできております。殿、ここはもう大事ないゆえ、少しお休みくだされ。今からそのように気張っておられては大一番に障りますぞ」
季春の労いの言葉に、頼義はふっと笑って見せる。
「ご厚意かたじけのうございます。なれどまだまだ大丈夫です、皆がこうして尽力されている中、私一人のうのうと寛いでもおられません」
「気にするな、肝心の大将が本番で寝込まれたらたまらんからな。いいから少し寝とけ、夜は長いぞ」
金平が相変わらずこちらに見向きもせずに言う。頼義は金平の大きな背中に向かって言った。
「金平どの、先日いただいた鉄拳の激励、この頼義深く身に染みてございます。酒呑童子より受けた恥辱、必ずやこの戦いで雪辱いたしまする。どうかお見届けください」
そう言って頼義は深々と頭を下げた。金平初めて頼義の方へ振り向いた。
「そんなくだらねえことは忘れろ」
「は?」
一瞬、頼義は金平の言った言葉の意味がよくわからなかった。
「恥辱だの遺恨だの。そんなものは『次』に持ち込むな。確かにお前はあの時負けたが、それはそれだ。そんなモン引きずって次に臨むとロクなことにはならねえ。戦うときはいつだって『初戦』だ。頭空っぽにして無心で挑め。それでいいんだ、それを忘れんな。要はな、次勝ちゃいいんだよ次勝ちゃあ。何度負けたっていい、最後に立ってる奴こそが、真の『勝者』よ」
金平が初めて頼義に向かって歯を見せて笑った。頼義はポカンとした表情で金平の講釈を聞いていたが、やがてクスッと笑みがこぼれた。
「まるで子供の喧嘩ですね」
「おうよ、突き詰めりゃあどんな戦だってその大元はガキの喧嘩とたいして変わりゃしねえ。大義だの名分だの余計なものが後からくっついてくるだけよ。だからそんなに気張るな。ドンと構えてぐっすり寝とけ」
「……わかりました。ではしばし休息を取らせていただきます。なにか急用があればすぐお呼び下さい」
そう言って頼義は再び馬上の人となり、出来たばかりの砦の大門をくぐって大内裏の中へ消えて行った。
その姿を見送ってから、金平は季春に向かって行った。
「お前に聞きてえ事がある」
季春もまた頼義の去り行く姿を見届けながら答えた。
「……なんでござる?」
「アイツは、頼義はあとどのくらいで鬼になる?」




