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断章・鬼軍、進撃を始めるの事

丹波の地はどこまで見渡しても無明の荒野と成り果てていた。生けるものは鳥も獣も、(うお)も虫も、人間すらも食い尽くされて何も残らず、草木もまたその一本に至るまで引き抜かれ、また垂れ流された毒と汚物にまみれて水気のない地表をさらけ出していた。


もはやこの地に留まる意味も無し。鬼たちはいよいよ次の「餌場」を求めて移動を開始しようとしていた。


酒呑童子は高くそびえた崖の上から、鬼たちの進軍を眺めていた。以前であれば鬼どもは秩序のかけらもなくバラバラに蠢きながら移動するだけの(いなご)の大群とさほど変わらなかったが、いま眼下に広がる鬼の軍勢は規律正しく整列し、揃いの武器を携え、方陣を組んで規則正しいリズムを刻んで歩を進めている。


このわずかな時間の中で、獣の群れに過ぎなかった鬼の軍勢は不撓不屈の戦闘集団へと急激な成長を見せた。酒呑童子はその指揮をとった人間の女の手腕に改めて感嘆した。



(面白いものだね。人間というものは……)



各部隊の先陣に立って鬼の軍勢を率いる女武将たち、その彼女らを指揮するのは今自分の(かたわら)にいる女武将、惟任(これとう)上総介(かずさのすけ)である。微動だにせず行軍を見守る彼女の姿を眺めながら鬼の王はほくそ笑んだ。



「人間なぞエサに過ぎぬと思っておったが、なかなか役に立つこともあろうなあ」



酒呑童子が楽しげにつぶやく。



「恐悦に存じまする、御方様」



鬼の王の言葉に、上総は静かに平伏する。酒呑童子追討使として丹波国に攻め入り、彼と対面した上総介ら「御陵(ごりょう)衛士(えじ)」の一党は、酒呑童子と目が合ったその瞬間、即座にこの鬼の王に対して忠誠を誓った。


その証しとしてその場にいた部下の男兵士たち全員を自ら斬り捨て、同じく酒呑童子の「邪魅の瞳」に魅了された姫君たちを「獅子身中の虫」として内裏へ送り届け、かつて自分の上司であった公卿たちを斬殺し、朝廷軍の要である武器庫を焼き払った。


その後丹波国に戻った彼女らは酒呑童子の副将として迎えられ、烏合の衆に過ぎなかった鬼の軍勢を瞬く間に規律ある軍隊へとまとめ上げた。その功績をもってめでたく上総介は人間の身でありながら酒呑童子の最も近い側近としての地位にまでこの短期間で登りつめた。


当然その事は茨木ら古参の側近たちには面白くもなく、彼女らは事あるごとに代わる代わる牙を剥き立てたが、彼女は一向に気にもせず黙々と鬼の軍勢の整備に勤しんだ。



「ふん、我らに手勢など無用。万の軍勢が攻めてこようともこの茨木にかかれば虫けらも同然よ。一人残らず蹴散らしてくれる」



茨木童子が右手の巨大な鉤爪に舌を這わせながらうそぶく。彼女からしてみれば人間のように徒党を組んで攻め入るなど軟弱者の手段に映るものらしい。



「人間を侮るなよ鬼。とくに『鬼狩り紅蓮隊』の奴らはな。なにせ私が手塩にかけて育てた者たちだ。今までのように有象無象が好き勝手に暴れるだけでは勝てぬぞ」



上総は茨木に目も向けずに言う。茨木の顳顬(こめかみ)に青筋が走る。



「はは、たかが人間がいかな策を弄しようと所詮はヒトよ。我らの敵ではないわ。貴様のような取り入ることだけは上手な雑魚が口出しするとは笑止千万。はっはっは」


「そうか、では貴様が真っ先に死ね」


「なにを!?」



上総の言葉に茨木は声を荒立てる。



「次に斬られる時は手首だけでは済まされんだろうなあ。首か?胴か?いずれにせよ敵の力量も見極められぬような無能は要らぬ。とっとと死ね」


「面白い、ではこの茨木童子がヒトごときに()れるかどうか、貴様で試してやろうか」



鉤爪を突き立ててズカズカと近づいて来る茨木に、上総介は冷たい視線を送る。



「だから無能だと言っている。私で試せば死ぬのは『今』だぞ。そんなことすら見極められぬからお前はいつまで経っても御方様のお側に立てぬのだ」


「……!!よう言った、ならば今死ねいっ!!」


「やめなよう、ふたりとも」



茨木と上総のいがみ合いに、酒呑童子がまるで興味もなさげに欠伸(あくび)をしながら止めに入る。



「みんな仲良くしなくちゃダメだよう、僕らは仲間なんだから。ほらほら仲直り仲直り」


「しかし御方様、こやつは!」


「御方様、お止めなされるな。こやつのような能無しは我が軍には無用!!」



酒呑童子の仲裁にも耳を貸さず、二人は今にも殺しあいを始めんばかりの勢いであった。それを見ながら、鬼の王はまた欠伸をしながら言い放つ。



「僕は()()()()()と言ったんだ。わかるかい、二人とも」



酒呑童子は二人に冷たい視線を送る。その視線を浴びた二人は岩のように体を固くしてしばらく沈黙した後



「はい、御方様……全ては御方様の御心のままに」



そう同時につぶやいて、先ほどまで仇敵のようにいがみ合っていた惟任と茨木は、恍惚とした表情を浮かべながら求めるように二人して腰を擦り合わせ、貪るように互いに舌を絡め合った……

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