鬼狩り紅蓮隊、ここに集結するの事(その二)
「にょほほほ、こりゃあ賭けは拙者の負けという事になりますかいの」
卜部季春がいつものとぼけた口調で言った。
「いやなに、先だって殿が道長どのの別邸から姿を消した後、こいつが急に実家にいる兵隊どもを集め始めましてな。指揮官もいないのに兵隊集めてどうすんじゃと拙者が聞いたところ、『アイツが帰ってきた時兵隊がいなかったら格好がつかないだろう』などと申しましてな。自分で追い出しておいて戻ってくるわけがなかろうと言ったら『アイツは必ず戻ってくる』の一点張りでしてな。ほほほ、まさか本当にお戻りになられるとは思わなんだ、拙者の不明、許されよ」
季春がペコリと頭を下げる。金平はそっぽを向いたまま
「関係ねえよ。俺は俺で勝手に鬼どもと戦うつもりだっただけだ」
とだけ言う。「またまた〜」と肘で小突く季春の頭を叩いて、金平は後ろを向いてしまった。
「金平どの……かたじけのうござる。先日の不名誉は必ずや雪辱いたします。必ず……!」
金平は後ろを向いたまま片手をヒラヒラさせる。
「それとですな、こちらにおわすは……」
季春が後ろに並ぶ方術師らしき者たちを指す。並んだ人物の一人が覆面の奥から口を開いた。
「左近大将どのにはお初にお目にかかり申す。我ら陰陽博士安倍晴明直属の『陰陽師十二天将』にござる。此度の戦にご助力申し上げよとの主人晴明の命により、我ら十二天将、殿の傘下に加わりまする」
「十二天将」の名を聞いて、その場にいた兵士たちもざわめき立った。吉凶を占い吉相を導く方術師、その中でも陰陽寮に所属する者は「陰陽師」という官名を与えられ特別な地位に立つ。さらにその最高位である十二人は宮中の年中行事などを取り仕切る、全ての方術師たちの頂点に立つ存在だった。その姿は滅多に人前に見せることもなく、その正体は晴明が異界より召喚した使い魔とも絡繰仕掛の人造人間とも噂されていた。その十二天将が勢揃いして目の前にいる!兵士たちは興味と不気味さの半々な思いで彼らの姿を眺めていた。
「方術師ゆえ直接に戦闘には加わりませぬが、天測、地形読みなどは我らの得意とする所、集団戦においては我らがお役に立つこともございましょう」
大きな呪符の刻まれた覆面の男が語る。
「玄武大将どのはこう謙遜しておられるが、彼らの武器はそれだけではござらん。彼ら十二人は遠く離れておっても互いに意思の疎通が可能なのでござる。たとえば一人にある情報を与えれば、その情報はたちまち別の場所にいる他の十二天将に伝えることが可能でござる。戦さ場においてこの一手は大きな有利になり申す」
「へっ、遠くのヤツとおしゃべりできるのがそんなに大層なもんかよ」
金平が例の調子で毒づく。
「とまあ、金平氏はバカなのでその大事さに気づいておりませぬが、賢明なる頼義どのであるならばその意味おわかりになられましょう」
「なんだとお!?」
また季春の頭を金平が叩く。季春の頭はよほど丈夫なのか、金平が力強く叩いてもまるで平気な顔をしている。
なるほど確かに戦場においてこれは大いなる武器となる。兵の進退や作戦の変更などの際、伝令を送る必要なく即座に呼応できるというのは、速度が勝敗を決する戦場においてこの上ない重要な役割を果たすことは間違いない。事によっては戦力の不利を補完できるとてつもない武器となろう。
「ご助力、感謝いたします。晴明様にはくれぐれも……」
頼義は深々と十二天将に向かって頭を下げた。
「姫、姫さま!!」
頼義の後ろから古びた鎧を着て大ぶりの槍を掲げた老人がおぼつかない足取りで駆け込んで来た。
「爺!?頼長の爺さま、なんで!?」
頼義は老人の姿を見て驚きの声を上げる。「爺」と呼ばれた老人は息急き切ってようやく彼女の元までたどり着いた。
「こ、この爺を置いていくとは無情でござるぞ姫さま。老いたとは言えこの紀頼長、昔取った杵柄、若い者にはまだまだ負けませんじゃい」
老臣紀頼長はゼイゼイと息を上げながら言った。
「姫さまのお世話役となってはや十幾年、戦場から一線を退き、残る余生はただただ可愛い姫さまの健やかなるご成長を見守るばかりを楽しみとしていたこのジジイ。まさか姫さまがご惣領となってこの様なご立派なお姿になられるとは。かくなる上はこの爺も最後のご奉公、姫さま、いや若様の剣となって憎っくき酒呑童子めに一泡吹かせてやりましょうぞ!!やあっ!アイタタタ」
老骨に鞭打って頼長は槍を振るう。腰に来たのかヨロヨロとフラついては家中の者に支えられる始末である。
「コホン、改めまして、紀頼長及び旧多田源氏一党、若様の御許に馳せ参じまする!!」
紀頼長は鎮守府将軍多田満仲……頼義の祖父の代から家に仕える老臣たちと共に一斉に跪く。
「爺、それに皆の者、お気持ちはありがたいのですが、父には……」
「大殿のお許しはいただいておりませぬ!」
老人はとんでもないことを言い出した。
「我ら全員、頼信様の許可なく、独断で京都の為、若様のおん為に馳せ参じた次第にござる。なあに事なった暁には責を負って皆揃って腹を召しますゆえ、どうか陣にお加えくだされ、若!!」
「し、しかし……」
「お頼み申す!!」
頼長がギョロリと目を見開いて懇願する。他の者も平伏したまま微動だにしない。頼義は戸惑いと感激に身を震わせながら答えた。
「わかり……ました。皆の命、この頼義がお預かりいたします」
頼義の返事と同時に一党が歓声を上げる。その声を聞いて周囲の兵士たちにもジワジワと士気の高揚する空気が伝染していった。
「おっと、感激に打ち震えるのはまだ早いですぞ〜。ほうら、集まってきたでござるよ」
涙をこらえる頼義の傍にいた季春がそう言って遠くに向かって指差した。
一同の周囲を見渡すと、そこにはいつの間にか何十という旗が集まっていた。それぞれに厳しい絵柄や文言が染め上げられたその旗の元には、金平たち「衛士小隊」の同僚である若者たちが銘々派手な鎧や武器を備えて集合していた。
「衛士小隊『金龍隊』、義によって頼義どのにご加勢いたす!」
「衛士小隊『漆黒神剣隊』、同じくご加勢いたしまする。どうか仲間の仇を!」
「衛士小隊『混世魔王隊』参上!金平ぁ、この間の鴨川の一件まだ決着つけてねえぞ、この戦が終わったら勝負だゴルァ!!」
「やいやい聞けや皆の衆、我ら『爆進餓狼隊』が来たからにはもう鬼どもの好き勝手にはさせんぞ。不動将軍、どうか我らを傘下に!!」
西から東から、あらゆる方角から衛士小隊の若者たちが集まって来た。親とともに都を離れたはずの者もいた。先の小競り合いで負傷した者も身体中を包帯だらけの姿で参上した。みなそれぞれが、それぞれの理由で頼義の軍に加わっていった。その数は膨れに膨れ、たちまち千を越す大軍勢となった。
「こりゃあ何だ?季春、お前の仕掛けかよ」
竹綱が呆れたように言う。
「なあに、ちょいと皆を煽ってみただけよ。『お主ら女の子の前でかっこいいとこ見せつけてみいや!』ってね。にょほほほ」
四方八方から集結した若者たちはいまや一個の大軍となり、頼義の元に跪いて叫んだ。
「不動将軍どの、どうか指揮下に!!」
一同を見回し、頼義は震えていた。自分のごとき未熟者にこれだけの人が力を貸してくれる。都を守るため、家族を守るため、この一人一人の思いを一身に受け止めて、自分は軍を進めるのだ。頼義の全身に炎の如き熱い闘志が燃え立つ。道長は満足げにうなずいた。これで
近衛軍、二千
摂津渡辺党、一千
力士隊、二百
衛士小隊、およそ一千
老臣隊、二十
陰陽師十二天将、十二
そして鬼狩り紅蓮隊、五
合わせてもわずか四千弱の軍隊ではあるが、都を守る最後の戦力が今ここに集結した。都が滅びるか、酒呑童子たち鬼の軍勢が滅びるか
全てはこの一戦で決まる。




