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鬼狩り紅蓮隊、ここに集結するの事

焼け落ちて廃墟となった兵庫寮の跡地に、道長麾下(きか)の手兵二千が集結していた。装備こそ左大臣直属の精鋭らしく立派で充実した物で揃えられているが、皆一様に表情は重く、打ち沈んだ空気が漂っていた。一段高く設えられた壇上には左大臣藤原道長と嫡子である右近衛(うこのえ)少将(しょうしょう)頼通(よりみち)、そして新たに「不動将軍」としてこの軍を率いる(みなもとの)左近(さこん)頼義(よりよし)が立っていた。


兵士たちを見回しながら、頼義は「場違い」という雰囲気の視線にさらされ続けていて、どうにも居心地が悪かった。今しがた左大臣より紹介を受け、これより指揮下に入る将軍が年端もいかない若者で、しかも女人であるとなれば兵士たちも(いぶか)しむのは当然だろう。ましてや自分たちは都を護る最後の砦である。名も実績も無い若僧に命を預けるのにいささか抵抗を感じる向きがあるのも致し方ない事だった。



「あ、あの……」



道長の推挙を受けた頼義は、ここで一同に向かって挨拶なり訓示なりを講じるべき所なのであろうが、二千に及ぶ男たちの不信の目に直面した頼義は、何を話すべきか言葉も浮かばず、ただ口を開けてもがくばかりであった。



「お姉ちゃん……」



頼義の後ろで頼通が心配げに見守る。お互い臨時職とはいえ同じ左右近衛府の長官という関係から副官として頼義の下に就くことになった頼通だが、その彼もまだ十二かそこらの少年に過ぎない。その事もまた兵士たちが不安にかき立てられる一因であった。


沈黙は続く。



「不動将軍に申し上げる!不動将軍左近大将頼義殿に申し上げる!」



その沈黙を破ったのは部外の者だった。一同がその声の主の方へ見遣(みや)ると、そこには二人の男が軍装のまま(ひざまづ)いていた。



「不動将軍に申し上げる!摂津渡辺党次期頭領渡辺竹綱、及び兵部省槍術筆頭師範碓井貞景、渡辺党第三艦隊及び第五艦隊を率いて参陣つかまつる。どうか、指揮下にお加え下され!」



二人の後ろには真っ黒に日焼けした水軍の兵士たちが膝を並べてかしこまっていた。



「摂津渡辺党第三艦隊頭目、佐伯(さえきの)末永(すえなが)以下五百名、同第五艦隊頭目、瀬戸(せとの)百王丸(ひゃくおうまる)以下五百名、(おか)の上はちと畑違いなれど必ずや大殿の御役に立ってご覧に入れましょうぞ!!」



竹綱の口上に、後ろで控えていた一千の水兵たちが雷鳴のような(とき)の声を上げた。その迫力に道長親子も二千の兵隊たちも圧倒されて棒立ちになってしまった。



「竹綱どの!貞景どの!」



頼義は壇上から飛び降りて二人の元に駆け寄った。二人は改めて頼義の元に跪いた。



「遅くなりまして申し訳ござらぬ。お約定通り、渡辺党水軍わずか一千の寡兵(かへい)なれど、みな殿の御ために命捨てる所存でございます!」


「かたじけのうございます!この頼義、千万の軍勢を得た心地にございます。まことに、まことに……」



頼義の言葉に呼応して再び水兵たちの歓声が上がる。



「おお、これが若の()()()()かあ!良きかな良きかな」


「ほほ、女だてらに大将を務めるとはどんな跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘かと思いきや、いやいやなんともめんこい子ではないか。こりゃあ若よ、気張って良いとこ見せんとなあ」


「このお方がお輿(こし)入れくださるなら、摂津も百年安泰というものよ。若、何としても是非にも、ですぞ」



などと頼義を取り囲んでは代わる代わるに好き勝手なことを言いはじめる。嫁……?いま水兵たちは嫁がどうたらと言っていたような?



「竹綱どの、これはいったい……?」


「わー!!!わー!!!」



竹綱が大慌てでみなを制する。その後ろで貞景が必死に笑いをこらえているのが何とも妙である。



「実はですな。摂津の大殿が兵を貸し付けるに当たって一つ条件をつけられましてな」


「渡辺綱様が、ですか?」


「さよう、それが……」


「わー!!!言うなバカー!!!!」



竹綱が顔を真っ赤にしながら貞景を押さえつける。さっぱり意味がわからない。



「と、とにかく少ない軍勢に少しでも足しになればいいだろう?陸戦は得手ではないけれど実戦経験だけは豊富な連中だから。と言うわけで、あとはよろしくっ!!」



そう言い残して竹綱は脱兎のごとく逃げ去った。


その竹綱の襟首を何者かがむんずと捕まえ上げて、そのままぽいっと頼義に向かって放り投げた。竹綱は子猫のように丸まって放物線を描いて頼義の前に着地した。



「おう竹綱。どうやらそっちも無事に兵隊集められたみてえだな」



不敵な笑みを浮かべて坂田金平が仁王立ちをしていた。彼の後ろには屈強な力士たちが大鍋やら米俵やらを担いで整列している。



「金平どの……!」



頼義は金平の姿を見て一瞬顔を明るくしたが、すぐにまた顔を曇らせて後ずさってしまった。



「おうガキんちょ、カエルにションベンかけられたみてえなシケたつらしてんじゃねえよ。そんなんじゃ鬼どもぶっ殺すには気合いが足りねえぞコラ」


「金平(うじ)、その例えはまったく意味が分かりませんぞ。士気を上げようとするならもっとボキャブラリーをですなー」



後ろから卜部季春がひょっこりと姿を現わす。彼のさらに後ろには祈祷服をまとい、顔を大きな呪符の書かれた覆面で覆った方術師らしき人物たちが物言わず並んでいた。



「うるせえ、こんなのは気合いだ気合い!オラ面上げろお前ら!」



金平が最後列の兵士の背中をでしでしと叩く。兵士たちは突如現れた大男の集団に呆気に取られるばかりだった。



「おいガキんちょ、助っ人だ!坂田金平及び下毛野(しもつけの)家中の力士隊総勢二百名、これより不動将軍門下に合流するぜ。たかが二百と侮るなよ、五畿七道全国津々浦々から厳選された最強の力士どもだ。文字通り一騎当千の働きをしてみせるぜ。加えて近江(おうみ)息長(おきなが)氏より近江鋼おうみはがねの武器具足の差し入れだ。伊吹山特産の餅鉄(もちてつ)を鍛えて作った業物揃いよ、鬼の首ぐらい簡単にヘシ折るぜ!」



そう言って力士たちが並べたのは、氷のように冷たく研ぎ澄まされた刃を煌めかせた槍、鉾、それに矢避けの盾などだった。力士たちも六尺を超える金平に劣らぬ上背の筋骨隆々な戦士たちばかりで、彼らが立ち並ぶだけで巨大な肉の城塞のような威容を見せた。



「金平どの、どうして……」



戸惑う頼義を前にして、金平は「フン」と不敵な笑顔を見せるだけだった。

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