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頼義、不動将軍の名を拝受するの事(その二)

「安綱……伯耆(ほうき)の刀匠、大原(おおはらの)五郎(ごろう)大夫(たいふ)安綱(やすつな)!?まさか……!?」


「まさにそのまさかよ。その安綱の『童子切(どうじぎり)』じゃ」



「童子切安綱」……!!他でもない、二十年前あの酒呑童子の首を斬り落としたという、頼光の(はい)した伝説の業物である。それが何故に自分の元にあるのか!?


「知らなんだったか、そなたは?」



道長の問いに頼義は首をブンブン振って答える。当たり前だ、言わば源氏の守り刀、家宝ともいうべき聖剣を、よもや自分が毎日ブラブラ持ち歩いていたなどとは夢にも思わない。あと、金平に貸して包丁がわりに魚をさばいていた事は黙っている事にした。



「以前晴明に聞いた事がある。完全に鬼を滅するためには『鬼を斬った事のある刀』でなければならぬと。なるほど、この太刀は確かに一度酒呑童子の首を斬り、その血を吸った。これならばあるいは……」



道長の目にかすかに光が射した。絶望と諦念に澱んでいた気力にわずかながら希望が見えた気がした。



「しかし、なぜこの刀が私の元に……?」



返す返すも謎なのはそこである。なぜ叔父頼光はこの宝刀を弟である父頼信に預け、その父はなぜ何も言わずに自分に託したのか。



「思うにじゃな、頼光には()()()()()()のじゃろう。いずれ酒呑童子が復活し再び脅威となる事も、そなたがいずれ『鬼狩り』の武者として酒呑童子と相見(あいまみ)える事も。あやつは昔からそういう男であった……」



頼義は遠き昔に出会った叔父の姿を思い浮かべた。あの全てを見透かすような、あの瞳。確かにあの目ならば……あれは、いつの頃の事だったろうか。



「話を戻そう。儂も躊躇(ためら)っておったが肚は決まったぞ、そなたを頼光に代わって酒呑童子討伐の征討大将軍に任ずる!」



左大臣は力強く宣言した。それを聞いて頼義は思わず身じろぎした。今日ここに参内(さんだい)したのは職を辞して都を去る決意を伝えるためだったはずなのに、なぜか話がとんでもない方向に進んでしまっている。



「征討将軍は元々一代限りの令外官(りょうげのかん)ゆえ、官位にこだわる事なく任命できようが、さすがに六位の者を将軍に据えるわけにはいかぬ。部下に配属される副将たちの方が位が上になってしまうでな。そこで、この討伐軍を指揮する間だけ、そなたに『左近衛(さこのえ)大将』の役を授ける。さすれば官位は正三位(しょうさんみ)に相当するからな。これで格好もつくだろう」



道長はそう言って自分で勝手に納得する。都が全滅し朝廷が滅ぶか否かという瀬戸際においてさえ形式、手順はしっかりと踏襲するあたりが道長の官僚らしい所というか、いかにも伝統を重んじる貴族の血統を感じる。


頼義は困り果てた。自分のあずかり知らぬ所で話が勝手にどんどん進んで行ってしまい、彼女はますます言うに言えない状態に陥ってしまった。



「さて、そこでだな。そこから先がまた問題でな……」



道長は頼義の戸惑いなど意にも介さずに話を続ける。



「討伐軍、などと()きの良い事を言っておるが、実はな、実際の所今現在用意できる軍団は二千ほどしか無い」


「はあ!?」



おもわず声を上げてしまった。たった二千の兵で丹波国を実質支配している鬼の軍勢を討伐せよと言うのか。



「詰まる所、丹波まで軍勢を派遣して鬼どもを討伐するには、いささか手勢が足りない。何せこれまで公卿たちが持ち回りで討伐軍を派遣しては全滅するの繰り返しでな。加えて先だっての騒動のおかげで都の軍備はほとほと底を尽きておる。貴族たちも郎党をを引き連れて皆退去してしまったしな。今いるのは儂の子飼いの一党のみよ」



いやにあっけらかんとそう説明する道長に、頼義はだんだん腹が立ってきた。軍勢を小出しに投入してみすみす消耗するに任せたままにしておくとは、いかに平安な御世とはいえあまりにも指揮官は無能に過ぎないか。



(自分が指揮してあったならば……)



と不遜にもそう思ってしまい、頼義は歯噛みした。



「ゆえにな、そなたに頼みたいのはズバリ『都の守護』よ。とにかくあらゆる手管を弄して鬼の襲撃から都を守り通してたもれ。酒呑童子を倒すまでにはいかなくとも、一日でも長くこの都を守り続ける事ができればいずれ打開策も講じる事ができよう。そうさな、都から動かず鬼と戦う者……『不動将軍』という名はどうじゃ、うむ、我ながら良い命名じゃ。そなたは今日(こんにち)より『不動将軍、源左近頼義』を名乗るが良い」



ものすごい「先送り案件」を見る思いだ。いくら「今」を粘りに粘ったところで、やがてはこちらも消耗していつかは果てる時が来るだろう。これでは緩慢に訪れる「死」をいたずらに待ち続けるだけの「自殺」にも等しい。しかし……



「案ずるでない。たとえここで我らが破れ去ろうとも、伊勢におわす帝がご健在であられるならば、いずれ遠州なり武州なりあたりに流れてでもそこでまた新しい都を造り、必ずや次の朝廷が開かれる事であろう。我らは、そのための捨て石よ。共に此処で骨を埋めて次の世のための(いしずえ)とならん」



道長の言葉に、頼義はその決意を見て取った。この男は酒呑童子を道づれにこの平安京ともども滅んでもいい覚悟で臨んでいるのだ。生涯を出世と権力闘争に捧げ、権謀術数の世界を戦い抜いた男が最後にたどり着いた終着点を、彼は「此処」に定めたようだった。


頼義の中で、何かが動いた。頼義は座を正し、左大臣に正対して(うやうや)しく言った。



「頼義、このお役目、謹んで拝命仕ります」

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