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首魁、名乗りをあげるの事

霧の中から現れた男は、さほど背は高くなく、細身で艶のある銀髪を後ろへなびかせた、目の覚めるような美丈夫だった。男の足元に白面童子がひざまずく。皮膚の色素が薄く、皮下の血色が浮かび上がるのか、蝋のような冷たく白い肌の端々が薄っすらと紅く染まり、天然の色化粧を施しているように見える。


馬上の穂多流(ほたる)の君が、その男を見るや震えながら声を上げた。



「ああ、あ、あいつ……あいつです頼義さま!あの男が……!」



鞍上の姫の狼狽ぶりが伝染したか、馬も落ち着かなくなって息を粗く吐き、しきりに首を左右に振った。



「あれえ、お嬢ちゃん僕と会ったことあるの?……ああ、あの土牢の中にいた内の一人だったね覚えてる覚えてる。いやごめんホントは覚えてないけど。あはははは」



男はそう言って自分の言葉に一人受けてゲラゲラと笑いだす。声も振る舞いも優雅で気品があるのに、どことなく下種で野卑な印象を受けるのはなぜだろう。



「!?まさか、(さら)った姫たちを術にかけた……!?」



頼義は再び太刀を正眼に構えて姫を守るように男と対峙した。男は興味深げに頼義の顔をまじまじと覗き込み、やがて乾いた笑い声を上げた。



「驚いたなあ『玉藻(たまも)』。この子、本当に()()()()だよ。へえ、いるもんなんだねえ。ふふふふ」



男は足元にかしずく白面童子を「玉藻」と呼んでそう語った。



「嫌どすわあ、人前でそんなに気安う本名呼ばんといてくださいまし(ぬし)さま。ふふふ、ね、(あちき)の見立て通り、良い『眼』をしてはりますやろ?」


「ああ、本当だ。顔も中々可愛いし、気に入ったよ。持って帰って遊ぼう」



子供のような無邪気さで男はとんでも無い事をを言い放つ。頼義はその瞬間怒りに任せて太刀の鯉口を切って一歩踏み出したが、その肩を金平の大きな手で掴まれて押し止められた。


頼義を後ろに下げ、一人前に躍り出た金平の全身から、凄まじいほどの闘気が溢れ出て、金平の周囲の空気を蜃気楼のように歪ませた。金平は大きく目を見開き、殺気の籠もった声で男に向かって言った。



「俺は、テメエの顔も知らねえし、会うのも初めてだ。だがな、俺の中の坂田の、いや下毛野(しもつけの)の、そして太祖である息長(おきなが)の一族の血がテメエの事を良く教えてくれる。だから敢えて言うぜ」



金平は男を指差し、言い放った。



()()()()()()()()()()



「酒呑童子」と呼ばれた男は初めはさして興味も無く金平の口上を聞き流していたが、金平が名乗りを上げ終わると、再び例の乾いた笑いを響かせた。



「さかた?おきなが?はあん、君アレか、あの『金太郎』の一族かい」



それまで飄々とした態度を崩さなかった男の表情に始初めて殺気らしき空気が混じった。



「そうだ。近江伊吹山での戦い、いやそれ以前より時を変え場所を変え連綿と続けられてきたテメエと俺ら一族との戦いの歴史、忘れたとは言わせねえ」



金平の言葉に頼義は驚愕した。いや、敵の首魁であるならば当然その名は予想はしていたはずだった。しかしいざ本人を目の前にして頼義は軽い混乱をきたした。


酒呑童子!!かつて叔父源頼光と鬼狩り四天王が死闘を繰り広げた伝説の悪鬼、その敵の総大将が、こんなに気安く目の前に!?



「ごめんごめんすっかり忘れてたよう。ほら君たちってさあ、クッソ弱いから」



そう言ってまたゲラゲラと笑うが、今度は目元だけは笑っていない。



「そうだな、その弱い俺らに戦さの(たんび)に追い出されて、大陸からはるかこんな辺境の島国にまで逃げ延びたクズ鬼だからなあ、テメエは」



金平も涼しい顔で相手を煽る。銀髪の男は挑発に身じろぎもせず受け流した。



「そうなんだよ忌々しい。僕はのんびり平和に暮らしたいだけなのに、みんなして僕のことを虐めるんだ。挙げ句の果てには首まで落とされちゃってさ、大変なんだぞう首無くなっちゃうと。視界が悪くてろくに歩けやしないんだもう」



さすがは鬼の首領と言うべきか、首を落とされたくらいでは「困る」程度の損害でしか無いらしい。



「だからね、いいかげん僕も虐められっぱなしじゃあ不公平じゃない?というわけで人間の皆さんも一回ぐらい首が無くなる不便さを味わってもらおうと思ってさあ。ぽんぽんぽーん、ってね」


「それは……宣戦布告と受け取ってよろしいか、酒呑童子?」



頼義は剣を構えたまま聞き返す。



(のんのん)、一歩的に殺して回るのに『戦争』なんて言わないよう。君らだって虫けらを退治するのにいちいち『戦争だーっ!』なんて言わないだろ?」


「……委細承知した。では貴様はここで死ね。金平どの!!」


「おうよ!!」



金平は布鞘を解いて愛用の剣鉾を振りかざす。その後ろで金平の死角を庇うように頼義が下段に太刀を構える。その間季春は姫を乗せた馬を安全な位置まで下げさせ、自分も護符を懐から取り出していつでも式を打てるように構える。深く立ち込めていた霧が対峙する二組を中心に大きく渦を巻き始める。



「いやいや、物騒な事言うなよう、愛しい人。君が僕に対してそんな事できるわけないだろう」


(たわ)けた事……を!!」


「いやだってほら、もう君は僕に夢中だから。ね?」



酒呑童子の目が光る。



「何寝ぼけた事言ってんだテメエ!!」



金平が吠えて酒呑童子に斬りかかる。だがその瞬間、今度は頼義がその小さな手で金平の肩口を掴んで少女とは思えぬほどの力で巨漢の金平を押し止めた。



「!?」



頼義の予想外の行動に、金平は驚いて振り返る。



「はい、御方様……全ては御方様の御心のままに」



頼義は瞳を潤ませてそう言い放った。

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