生き残りし姫君、凶事を語るの事(その二)
「どう思われますか、季春どの」
姫君の話を一通り聞き終わったあと、頼義は季春に助言を求めた。どうやら季春には何か思い当たる節があるように見受けられる。
「ふむ、まあ考えるまでもなく、その男もまた『鬼』の一人なのでござろうなあ。遠く唐国、天竺あたりには人を意のままに従わせる幻術などもあると聞き及んでおりますが、あるいはその類でもござろうか」
「掻っ攫われた姫さんたちも、惟任たちもその幻術にかかって傀儡のように操られてたってことか?」
金平が腹立たしそうに言う。金平からしてみれば、彼女ほどの剛の者がいとも容易く相手の術中に陥ったという季春の説に、納得がいかない様子である。
「では、その『術』さえ破ることができれば、惟任どのたちも呪縛が解けて正気に戻られる可能性もある……と?」
そう聞きただす頼義の声には、いささか期待や願望の色が濃く見受けられた。
「その可能性は大ですな。しかし、まさか……」
そう言いながら季春は頼義の顔をじっと見ながらいつになく真面目で沈痛な面持ちになった。
「?」
頼義が不思議そうな顔をすると、季春は慌てて目をそらして
「そ、そういえば摂津の竹綱氏たちはどうしておられますかな。そろそろ何やら連絡があっても良さそうなものでござるが」
急に話題を変えられて頼義は余計「??」となったが、確かにそちらの手筈も頼義は気にはなった。
「なんの音沙汰もねえなあ。まあアイツらの事だから上手くやるだろう」
金平は素っ気なくそう言うと、音も立てずにその巨体をすっくと起こして
「用は済んだな、じゃあ行くか」
と言って背中を向けた。
「行くって、どこへ?」
頼義の問いに、金平は至極当然とばかりに言った。
「大江山だよ。鬼どもの首獲りに行くぞ」
「ちょちょちょ、待って待って待って、ウェイト・ア・モーメントでござるよ金平氏!なんでそんな結論になるでござる!?」
まるで散歩にでも行くような気軽さで鬼を討ちに行くと言い出した金平に、季春が慌てて追いすがった。
「敵が誰で、何処にいるのかわかったんだ。そんだけわかりゃ十分だろ」
「どこがでござる!?まだ敵の規模もどのような戦力かもわかっとらんでしょう!?猪ですかいアンタは、相手がいかような戦略でもってこの都を攻めに来るのかもわからんうちから特攻したってめでたく玉砕するのがオチだわよ何言ってんのよこのタコ!!」
よほど慌てたのか、季春の口調がまたオネエ言葉になっている。
「なんだとテメエ、戦う前から負けること考えてんじゃねえよボケ!!」
「考えるわよあったり前でしょ!!なに、アンタの頭ン中は脳味噌の代わりに筋肉でも入ってんの!?ちゃんとこちらも戦力を揃えて、戦略をしっかり練って対策しないと勝てる戦も勝てないわよこのボケナスデカちん!!ちょっと殿さま、アンタからも一言なんか言いなさいよ、コイツほっといたら一人で大江山に攻めに行っちゃうわよ!」
季春の剣幕に、しばらく頼義は沈黙して、やがて
「わかりました、行きましょう」
とだけ言った。
「はいいいいいいいいいいいいいい!?」
季春は頼義の思いがけない返答に、顔をグシャグシャに歪ませて卒倒した。
「朝廷軍は壊滅、もはや丹波まで攻め入る兵力は残されていない。地方から軍勢を徴用するにも時間がない。ならば敵が攻め上る体勢を整える前に、こちらから討って出ましょう」
「いやいやいや、しかしですね殿さま……」
「なに、先代の鬼狩りである頼光公たちだって、少数で修験者に身をやつして討ち入り見事首級をあげられたではございませぬか。我ら三人、竹綱どのと定景どの、鬼狩り紅蓮隊の力で以って、見事敵を討ち果たしましょうぞ」
頼義の宣言に、季春は口をあんぐりと開けて目を点にした。金平はそれを見て愉快そうに口元を吊り上げた。
「彼奴らがいかな大軍勢といえども、我らに真に敵しうるのは茨木、白面、薔薇、そして先ほど話に上がった怪しき術の男でありましょう。ではそれらを各個撃破していけば我らにも必ずや勝機はもたらされましょう」
「そうは言いますけどねえ、他にもアイツらに匹敵するような強力な鬼がいるかもしれないでしょ?そん時はどうするのよぅ?」
「その時は」
「その時は?」
「その時です!」
「のわーっ!!」
季春は本格的に卒倒した。金平はよほど愉快だったのか、声を上げて笑い出した。
「もちろん無為無策で挑むわけにもいきません、そこはやはり先代と同じように手順を踏まえて、準備を万端に整えてから参りましょう」
「うむ?具体的には?」
「頼光さまたちは、住吉、八幡、熊野の三神の守護と、鬼破りの宝具を備えて挑みました。我らもそれに倣って、鬼を消却するに足る霊力を持つ装備を集めましょう」
「ふん、当てはあるのかい?」
「ありません」
「ないんかい」
季春が呆れつつも反射的にツッコむ。
「なるほど、なら俺も本腰を入れるか。実はそれについては俺の方に当てがある」
「本当ですか!?」
「ああ、期待してくれてていい。そうとなれば勇んで今すぐ大江山に直行する必要もねえな。それでは、何から始める?」
金平が楽しそうに問いかける。
「まずは……この姫さまを親御さまの元へお送りしましょう」




