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頼義、宴に招かれるの事(その三)

主人への挨拶を済ませた頼信親子は、そのまま宴の座についた。


先に挨拶を済ませた公卿(くぎょう)の方々がすでに幾人か座についている中、頼信は黙って一番奥の末席に腰を下ろした。その隣に従うように頼義も座ったが、作法もわからずにただ卓に並べられた豪勢な食事に目を見張るやら周囲の公卿や親王の座をキョロキョロと見回すばかりだった。


頼信は座したまましばらく黙っていたが、やがて上座の方ですでに宴に興じている諸侯に声をかけられた。



「おお、これはこれは上野(こうずけ)どのお久しゅうござる、直方(なおかた)にござりまする」



直方と名乗る中年の地方官吏らしき人物が親しげに呼びかける。



「これは(たいらの)能登守(のとのかみ)どの、お久しゅうござる。今日はわざわざ鎌倉よりお出でか」


「左様、むす……オホン、娘を連れて京都見物がてらの長旅でござるよははは。ささ、そのように隅っこにおらずにほれ、一献」



鎌倉と言うからにはおそらく相模国(さがみのくに)に所領を持つ御仁なのだろう、なるほどいかにも地方貴族といった、一見して垢抜けないその人物に呼び寄せられ、父は上座の方へ移動してしまった。一人残された頼義は目の前の料理に手をつけて良いものかも分からずただ首を左右(そう)に振るばかりだった。


奥の方の御簾(みす)に囲われた別部屋から少女たちの嬌声や笑い声が聞こえる。父親に供だって連れてこられた姫君たちが貝合わせなどでもして遊んでいるのだろう。


上座の尊者座(そんじゃのざ)(主催者席)には先程まで玄関で来客を出迎えていた道長、頼通親子が戻ってきており、どこからともなく楽の音も聴こえてきて、いよいよ宴が本格的に始まったようだ。



「ささ、ご遠慮なさらずにお召し上がりくださいませ」



瓶子(へいじ)を盆に乗せた使用人が頼義に盃を渡し、中に入った(ささ)を注ぎ入れる。頼義は口にして良いものか少しためらったが、金平がいつも美味しそうにかめごとかついでガブ飲みしている姿を思い出し、なんとなく対抗心を燃やして盃の酒を一気に飲み干した。


酒といってもまだこの時代清酒は無く、白く濁った度数の低い、例えるなら「甘くない甘酒」といった風のものであったが、飲み慣れない頼義にとってはそれでも十分に刺激が強かったらしく、飲んだとたん一気に呼吸が上がり、顔が赤くなっていくのを感じた。



「おお、さすがは音に聞く上野介様のご惣領(そうりょう)どの、なかなかの飲みっぷり。さあ遠慮せずにどんどん行かれるが良い」



いつの間にか隣に座っていた見知らぬ公卿にまたたっぷりと杯を満たされ、頼義は今度は気づかれぬ程度にちょびっとだけ口にして盃を下ろした。



(金平め、なんでこんなものを美味そうに飲んでるんだ?)



その場にいない金平に悪態をつきながら頼義は熱くなった息を深く吐いた。多分、一生この「酒」というものには慣れることはあるまい、頼義はそう思った。


父に連れられて諸侯へ挨拶回りに出向く度に、先方からは物珍しく見られ、またその度に酒を勧められての繰り返しですっかりヘトヘトになった頼義は、中座して庭先に逃げ込んだ。すでに日は暮れて宵は深く、庭園には篝火(かがりび)が焚かれ、鴨川から引いた大池の湖水に白く燃え盛る姿を映し出していた。


夜風に当たり酒に火照った顔を涼ませながら庭先を眺めていると、相変わらず使用人たちは酒や料理を運ぶために(せわ)しく動き回っていた。


その中に、警護の者か、大鎧をきて弓を(たずさ)えている武人の姿もあった。よく見るとそれが女性であったので一瞬頼義は惟任(これとう)上総(かずさ)が来ているのかと目を見張ったが、さらに良く良く見ると全くの別人で、惟任の他にもこのような女武者がいるものかと頼義は感心した。


兜は着けず肩の大袖も外し、藍染(あいぞめ)綾糸(あやいと)毛引縅(けびきおどし)に結い上げた大鎧には「巴」の紋が刻まれている。それを見て頼義はこの女武者が惟任と同じく「御陵(ごりょう)衛士(えじ)」の一員であると気づいた。通常は内裏の紫宸殿などで警備に当たる彼女らであるが、無骨な武者を宴の席に立たせる無粋を嫌った道長の気遣いによるものか、今日の宴に駆り出されているのであろう。


あまりにもまじまじと眺めていたためか、その女武者も頼義の視線に気づいて目を合わせた。女武者は頼義にフッと優しく笑顔を見せて会釈をすると、再び正面を向いて立哨の姿勢に戻った。頼義は、彼女が生真面目に職務を遂行している傍で呑気に飲み食いにいそしんでいた自分が急に恥ずかしくなってさらに庭先からも離れ、外塀伝いの薄暗い屋敷裏まで逃げ込んでしまった。


篝火の灯りも届かず、向かいに立つ寺社の影が映るだけの裏庭に一人たたずみ、頼義は大きくため息をついた。宴の歓声もここからでは遠くかすかな音にしか聞こえない。この場でしばらく酔いをさましてから戻ろう、そう思って回廊に腰を下ろした。


四半刻ほどをそこで過ごした頼義は座に戻ろうと立ち上がった。月明かりを頼りに本殿へ戻ろうとした頼義だったが、あいにく月が雲に隠れて真っ暗だったため、廊下伝いにゆっくりと歩みを進めることにした。


そろりそろりと二、三歩足を運んだところで、頼義は突然背中から得も言われぬ悪寒を感じて即座に後ろへ振り返った。視線の奥には闇しか映らない。しかしその闇の中に、かすかに



「キィ、キィ」



と金属を擦り合わすような不快な音が聞こえてくる。なんだろうと思って目を凝らして見ているうちに雲間から現れた月明かりが屋敷を薄暗く照らし出した。そこには


無数の鬼たちが群がっていた。

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