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頼義、都に帰参するの事

惟任(これとう)上総介の口添えのおかげでなんとか身の潔白を証明することのできた頼義一行であったが、それでもすぐに釈放というわけには行かず、都より寄越される検非違使(けびいし)に国府の追捕使(ついぶし)から五人の身柄を引き渡すという手筈(てはず)となった。一応都に着くまでは「容疑者」として護送するという体で、その後簡単な取り調べを経て解放される事になる。


惟任上総は朝方すでに国庁を後にしていた。頼光に押し付けられた雑事をこなした後、そのまま内裏へ戻り中宮の伊勢ご行幸にお供するという。まったくお忙しい御仁である。出がけに上総は頼義に向かって都へ戻ったら連絡をよこせ、後宮に遊びに来い、あと金平は甘やかすななどと何度も繰り返した。よほどに頼義のことが気に入ったらしく、案外「御陵(ごりょう)衛士」への勧誘も本気で言っているのかも知れない。頼義もまた頼もしい姉貴分ができた心地がして、上総との別れを惜しんだ。


検非違使庁の看督長(かどのおさ)は昼前には来庁し、すぐに出立の手続きが取られた。仮の罪人という扱いではあったが別段拘束されることもなく、ちゃんと馬もあてがわれ比較的のんびりとした帰京の道となった。頼義としては急ぎ都へ戻り次の対策を講じたいところであったが、検非違使の監視の元での歩みは遅く、それが頼義の気をはやらせた。



「まあまあ、惟任の姐御も申しておったではござらんか。いたずらに焦ることもありますまい、もし火急に危険が迫っておれば陰陽寮の方術師たちも式神で拙者のところに連絡を寄越しましょう」



季春があくびをしながらのんきに頼義をなだめる。



「それにしてもラッキーだったでござるな。あの場に惟任どのがおらなんだら我ら今でも住吉大社を焼き討ちにした大量殺人者として投獄されたままでござったぞ」



確かにそうだった。偶然この摂津に知己である惟任上総がいなければ、自分たちはそのまま大罪人として処罰されていたのかも知れない。そう思うと頼義はその身の幸運に感謝せずにはいられなかった。しかし



「本当に偶然だったのかな?」



竹綱が独り言のようにつぶやいた。



「偶然にしては都合が良すぎないか。惟任は頼光の大殿の命で摂津に来てたんだろう?雑事を押し付けられたって言ってたけど、その中には僕らのお守りも含まれていたんじゃないのか」


「なるほど、隠れてバックアップしてくれておった可能性もなくはないですなあ。つまるところ、我々はまだまだ大殿の信頼を得るほどには至っておらぬということでござるかな」



一同は何ともなくしんみりとしてしまった。一人前として全てを任されない自分たちの不甲斐なさに腹が立つ。



「けっ、いつまでもケツにカラくっつけた()()()でもあるめえし、面白くねえなあ」



金平がブスッとした面構えで毒づく。どうも金平は機嫌が悪くなると長い顎をしゃくらせて火吹男(ひょっとこ)のように唇をひねるのがクセらしい。思わぬ発見をして、頼義はこんな状況の中でもついクスッと笑みがこぼれてしまう。



「なんだよガキんちょ、人の顔見て笑うんじゃねえよ」


「あらこれは失礼、でも私はガキんちょじゃありませんよーだデカちん」


「でっ、デカちんってお前……!あのなあ、女がそんな口の聞き方すんなよ、ったく」


「お気遣いご無用、私を女扱いしてもらっては返って迷惑千万、余計なお世話というものです」


「お前なあ、女なら女らしい振る舞いってものがあるだろうよ、いい加減男の真似事なんかみっともないからやめちまえ」



割と真面目に金平がそう言うので、頼義もカチンと来た。



「はーん、それ、上総介どのの前でも同じことが言えますか」


「あ、あれは別格だ。アイツは人間じゃねえ」



ひどいことを言う。



「そんなこと言って、上総どのの前では怖くて言えないだけのくせに。あーみっともない情けない」


「なんだとお!?」


「なにようっ!」


「まーた始まったよ。お前らホント仲良いよな」



竹綱が呆れる。



「まあ仕方がないのでござる。金平氏は根っからのフェミニストでござるからなあ。いかに頼義どのが凛々しくご精悍であっても、金平氏の目には可愛い女の子としか映っておらぬのでござるよ。『女の子は守ってあげたい』という(いにしえ)からの男の本能に忠実に働いておるのでござるよ金平氏は」


「はあ?」



頼義は季春の言葉に思わず絶句してしまった。要は金平は自分のことを「女」とでしか捉えていないということなのか。「女だから」という、それだけの理由でこのようなあつかいを受けなければならないということに、頼義は段々無性に腹が立ってきた。



「そのようなこと!この頼義にそんな扱いは無用です。金平どの、そのような態度こそ逆に……」



頼義は金平に食ってかかろうとしたが、その途中で思わず言葉を飲み込んでしまった。馬上の金平は季春の言い分に反論するどころか、なぜかその顔を耳まで真っ赤にしてあらぬ方向にそむけていた。その意外な姿を見て、頼義も憤りのやりどころに窮してしまい、またその勢い自体金平の奇妙な態度のせいで何とも言えない、もどかしい気分に転じてしまい、口をゴニョゴニョとさせることしかできなくなってしまっていた。



「金平どの、その、えっと……」


「……」



それ以降、二人は都に着くまでお互いに顔を背けたまま一言も発することはなかった。そんな二人を他の三人たちのこれまた何とも言えないニヤニヤ顔に見守られながら、一行は京南の羅城門(らじょうもん)にたどり着いた。

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