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惟任、紅蓮隊を鍛えるの事(その二)

惟任(これとう)氏は豊後国(ぶんごのくに)を拠点とする豪族、大神(おおみわ)氏より別れた一族であるらしい。「日本三代実録」によると、仁和(にんな)二年(西暦886年)に豊後介として赴任した外従五位下大神良臣(よしおみ)を祖とし、その孫惟基(これもと)より佐伯(さえき)氏や由布(ゆふ)氏といった三十七氏族に派生し、九州各地に土着したのだと言う。


その惟基に「惟任」という兄弟がいて、その子孫がそのまま「惟任」の名を引き継いで苗字にしてしまったのだと上総介は聞いている。その元筋の大神氏は遡れば記紀に記されている「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」の末裔として大和地方に根を張る氏族であるから、血筋としては中々に立派だが、今となってはしがない一地方の豪族に過ぎない。


そんな惟任氏に転機が訪れたのは「玉櫛(たまぐし)」という名の娘の誕生のおかげだった。幼少より女ながらに力が強く武芸に秀でた彼女はたちまち豊後中で知られる身となった。その噂を聞きつけて、彼女を宮中で行われる「相撲(すまいの)節会(せちえ)」に招いたのが当時「相撲司(すまいのつかさ)」に就いていた下毛野(しもつけの)公時(きみとき)こと後の坂田金時だった。


「相撲節会」とは毎年七月に内裏で行われる行事の一つで、十人ばかりの力自慢が帝や重職の御前で東西に分かれて相撲競べをするものである。相撲といっても後の世のような見世物興行とは違い、その年の豊作や吉凶を東西の勝ち負けで占ったり、また力士たちによる地神への鎮魂(たましずめ)の儀式という要素が強かった。その相撲節会に出場する力士の人選や興行の差配(さはい)を行うのが相撲司の役であるが、単にプロモーター的な仕事だけでなく、例えば左大臣が「東の者が勝てば来年は豊作になるであろう」といった願文(がんもん)をかけたりした場合、それとなく「忖度」するような細やかな機微の読み合いなども必要となる、ある意味「めんどくさい」役柄でもあった。


その相撲節会の取り組みは成人男子だけでなく、何番かは小さな子供の対戦も設けられていた。その枠に玉櫛は女の身でありながら参戦した。


現代の様式化されたものと違い、殴る蹴る、関節を極めるといった、今で言う総合格闘技のような荒々しい当時の相撲であったが、玉櫛はそこでも無類の強さを見せ、果てには大の大人まで打ち倒してしまうほどの大暴れだったと言う。


その活躍ぶりに大いに気を良くした一条帝は、玉櫛に「上総介」と後宮の「兵司典(ひょうしのすけ)」の役職を与え、下毛野公時の配下として取り立てた。以来、玉櫛こと惟任上総介は公時が坂田金時と名を改めた後も「鬼狩り」の将として共に死線をくぐり抜けていった。


上野介の役目は拝して辞したが、その名残でそのまま「惟任上総」と呼ばれるようになった玉櫛はそれから頼光を主君と仰ぎ、金時を上官として数え切れないほどの鬼を斬り、魔を斬り、怨霊を斬った。その働きは四天王に勝るとも劣らず、始めのうちは「女風情が」「田舎者が」などと悪口(あっこう)を叩いていた連中も、やがては「惟任どのよ」「女将軍どのよ」と掌を返して持て囃すようになった。


鬼狩りの職を辞した後は後宮にとどまり、皇后及び中宮の最も信のおける従事としてお側にお仕えすると同時に、鬼狩りの新たな世代である金平たち「子四天王」をその後見人として厳しく育て上げていった。



「いやあしごいたしごいた。季春なんぞは何度脱走したか数え切れないほどだ。その度ふん捕まえて(けやき)の大樹に吊るしたもんだ。貞景もな、あれは筋が良かった。天才と言って良い。それなものだからつい稽古にも気合が入ってしまってな、何度殺しかけたかわからんよはははは」



そんな空恐ろしいことを上総はあっけらかんと笑いながら語る。なるほど大の男である四人があれほどまでに彼女を恐れる理由がなんとなく知れた。特に貞景、あの女性に触れられるだけで蕁麻疹(ジンマシン)が出るほどに極度の女性恐怖症に陥った大元は間違いなくこの女性に起因するものだろう。


上総介の長い語りを聞いて、頼義は頭がのぼせるような思いがした。それは決して長湯による湯当たりなだけではない。この時代、ただひねもす歌をうたい、いつか来る婚姻の日を夢見るだけが女の生き方であり幸せであるといった世相の中、これほどに激しく胸躍る人生を歩む女性もいるのだ。頼義は未来に大きな指標を得たような気がした。



「私にも……なれるでしょうか」


「ん?」



頼義のつぶやきに上総は反応した。



「私も、精進すれば上総どののように立派な武士(もののふ)に、いつかはなれるでしょうか……!?」



その言葉を聞いて上総介は天を仰ぐように視線を上げて



「うーん、そんな風に言われるほどご立派な生き方などしてないけど」



再び上総は目を合わせ



「私の真似事なぞ、するだけ無駄だな」



と言った。



「それは……私のごとき小人(しょうじん)には過分に過ぎましょうか」



上総の言葉を否定と取ったのか、頼義は見る見る消沈していく。



「ははは違う違う。私の真似事などお前さんがする必要などない、ということよ。お前にはお前の、お前にしかたどり着けぬ道があろう。それを見つけ出すことがお前の人生であり、修行することの意味よ。もっとも、私自身まだまだその道を見出すことの叶わぬ修行中の未熟者だ」


「そんなこと……!」


「おう、ありがとうな。いつかまた会う時は二人とももっと精進して、お互いに自慢しあえると良いな。その時を楽しみにしていよう」



そう言いながら汗ばんだ裸身を白布(さらし)で拭き取り、上総は風呂部屋を後にした。その姿を見送りながら



「いつか、私もこの方のようなひとかどの人物になりたい……!」



頼義は熱く滾る思考の中でその言葉ばかりを全身に満たしていた。

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