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紅蓮隊、縛につくの事(その三)

「楽にいたせ」と、そう言われても四人はそう簡単には座を崩せない。それだけ四人の彼女に対する畏敬の念が感じられた。



「お前たちの身の上はこの惟任(これとう)(あかし)を立てたゆえ、もはや疑いは晴れた。蔵から出ることを許す」



そう言うと、武者姿の女性は頼義に向かって



上野(こうずけ)どののご息女、いやご惣領(そうりょう)の頼義どのであるな。お初にお目にかかる。後宮(こうきゅう)兵司典(ひょうしのすけ)、惟任上総と申す。そなたの叔父上である頼光どのにはかつてひとかたならぬお世話になった者です」



よく通る、響くような美声で名乗った。その立ち振る舞いのあまりの優雅さに、頼義は不覚にも顔を赤らめた。



「以前は頼光どのと共に『鬼狩り』の職に就いておりましたが、今は内裏の『御陵(ごりょう)衛士(えじ)』などというやくたいもない役目を負っているだけのしがない武辺者(ぶへんもの)にござる」


「御陵衛士!」



その存在は頼義も知っている。内裏(だいり)において帝の最も近くにいてその身辺を警護する、言わば帝を守る最後の護り手である。その身は生涯、帝が御陵(墳墓)にお隠れになられるその時まで命を賭して護り続けるという、要職中の要職であった。宮中においても選りすぐりの血統と能力を備える者だけが就ける、最高位の名誉であった。それがまさか女性であったとは!頼義もさすがに驚きを隠せなかった。



「で、そのお偉い御陵衛士サマがなんで内裏を離れて摂津くんだりまで来てやがんだよ」



金平が思わず毒づく。



「なに?」



上総がひと睨みすると



「ごめんなさいごめんなさい」



と言ってあの金平がまるで子供のように逃げ回る。いったい彼らと上総との間に過去何があったのだろうかといぶかしんでしまうほどの、金平たちの彼女への恐れっぷりであった。



「ふむ、まあ良い。実はな、今摂津を取り仕切っておられる国司の藤原(ふじわらの)為頼(ためより)様がご退任される次第と相成った。そこでその後任に頼光どのが配置換えとなって摂津守に就くことになられたのだ。で、私は昔のよしみでその下準備のための使いっ走りをさせられているところだ」


「叔父上どのが、ですか」



頼義は少し怪訝(けげん)に感じた。叔父は現在「美濃守」に就いている。国としての格式では伊予、安芸などと並んで最高位の「熟国」と称されるほど肥沃で税収の多い土地を受け持つ身としては、かつてこそ朝廷直轄の重職ではあったものの、今ではどちらかと言うと比較的重要度の低い摂津守への転身は、いわば「左遷」に近い人事であるように思われる。数々の功績を重ね、順調に出世街道を歩んでいたはずの叔父にはいささか不釣り合いな気がした。



「ほう、その辺りの機微がお分かりか。良く勉強されておる。さすがは源氏の麒麟児よ、偉い偉い」



上総は高らかに笑う。自ら武辺者と称する女傑の見せる笑顔は意外にも朗らかで屈託がなく、実に見る人の心を捉える魅力的な笑顔だった。平素ならば女子供扱いされることを嫌う頼義も、つい彼女の笑顔に対しては「えへへ」と年相応の顔を見せてしまった。



「これは内密の話だが、この人事に関しては陰陽博士の安倍晴明どのの進言が大きかったようだ。ふん、ただの占い屋かと思えばなかなかどうして、あのお年にしてなお野心に溢れて血気盛んってとこだな」



それもまた奇妙な話ではある。いかな先帝のおぼえめでたき晴明といえども宮中の人事に口出しできるような立場ではあるまい。大方道長か、政敵である右大臣藤原(ふじわらの)実資(さねすけ)卿に吹き込んで取り計らったのだろうが、では叔父上は晴明の暗躍によって政争に敗れ失脚させられた、ということなのだろうか。



「逆だよ逆、晴明どのは今の摂津の状況を鑑みて、まだまだ地政学的な発展性を十分に秘めていると踏んだのだ。で、その開発に頼光どの一党の資金と動員力を当て込んだというわけだ。確かに今はこの難波も寂れてはいるが、いずれ技術が進めば埋もれた(みなと)も再開発できようし、再び海路も充実した大きな都市として蘇るだろう。

頼光どのにとっても父満仲どの以来の土着の郎党たちとの結びつきをもう一度強固にし、この摂津を再開発することでさらに勢力を得られる良い機会だったというこであろう。現に頼光どのもとりたてて不平を申す風でもなく淑としてこの綸旨をお受けになられているからな。で、最初に戻るのだが、そのための下調べを私に押し付けてきたんだ。まったく、めんどくさいことは相変わらず私に放り投げてくるんだあのお方は。昔っから私は頼光どののパシリにされてるんだよいやまったく」



などとブツブツ言う上総の姿を見て、頼義はつい笑みがこぼれた。かつての上司に向かって悪態をつく姿は、最初に(まみ)えた時の毅然とした近寄りがたい雰囲気からはほど遠く、むしろ同年代の頼りになる姉のような近しさがこみ上げてくる。頼光に対する態度にも、年の差や家の格式を離れた、長年戦場を共にしてきた戦友としての信頼関係の深さが伺える。



「さて」



取り立てて声色が変わったわけでもないのに、上総が金平たちに声を向けただけで、四人は凍りついたように恐れおののき一層固く平伏した。



仔細(しさい)は兵の者より聞いた。(おそ)れ多くも住吉のお社を焼き討ちにしたとな」



「はっ!!あ、いいえ!!」



四人は声を揃えてまた平伏する。



「あまつさえ、事の詮議(せんぎ)に参られた国府のお使者を問答無用で殴り倒したと」


「それは金平の仕業で」



季春がすかさず調子良く言葉を挟もうとすると



「言い訳無用」



とすげなく返され、別段怒鳴られたわけでもないのに季春は恐懼(きょうく)して引き下がった。



「此度の凶事の仔細、左府どの(藤原道長)及び伊勢におる安倍晴明どのより聞き及んでおる。封印を守れなかったのは遺憾ではあるが、きやつらも超常の者どもゆえ、神職と言えども普通の人である神社の方々が遅れを取るのも致し方あるまい」


「ははっ」


追捕使(ついぶし)のお方を殴った件についても、まあ私がしかと説明していなかったという落ち度もある。私からもとりなすゆえ、後で丁重にお詫び申せ」


「ははーっ!!」



まるで死刑を待つ囚人のように身を固くしていた四人の間にほんの少しだけ安堵の息が漏れた。いったいどれだけこの女人に恐れおののいてるんだ?と頼義は不思議がった。



「ところで、そなたら鬼に遭遇したと。あまつさえ戦を仕掛けておきながら無様に負けておめおめと逃げ帰ったと」



再び四人に先ほど以上の緊張が走る。



「茨木に()うたそうな。あのような下衆な雑魚に遅れを取ったと聞いたぞ」



金平たちがワナワナと震える。茨木童子はどう見ても「雑魚」には見えなかったが、彼女にとっては茨木ですらその程度の扱いなのであろう。頼義は、改めて目の前にいる一見華奢にすら見える女性が、その実とてつもない武の達人であることを思い知った。



「そなたらが我らから鬼狩りの任を引き継いでより幾年経ったか、この惟任、そなたらの後見として身を粉にして面倒を見てきたつもりであったが……まだまだ修行が足りぬようだな」



四人が涙目になる。



「表へ出い。住吉様及び国府の方々への無礼の処罰として、久方ぶりに稽古をつけてやる」



四人が本気で泣いた。

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