紅蓮隊、縛につくの事(その二)
「なにやってくれてんですかバカーッ!」
頼義が涙目で金平を叱り飛ばした。金平は悪びれることもなく
「うるせーっ!こういう言っても分からねえバカチンはこうすんのが一番なんだよ。だいたいガキんちょ、お前がちゃんと説得できねえのが悪いんだろうが!」
「これが大の大人がすることですか、っていうかガキんちょ言うなーっ!曲がりなりにも上司に向かってガキんちょとなんですかガキんちょとは、ちゃんと名前で呼んでください名前で!」
「五月蝿えお前なんかガキんちょで十分だバーカバーカ」
「なによーっ!!」
「なんだとーっ!!」
頼義と金平は雄牛のように互いの額を擦り合わせながら睨み合う。
「子供かお前らは」
竹綱のツッコミでようやくその場は収まったが、気がつけば彼らの周囲をぐるりと長槍が取り囲んでいた。
「さて、どうしましょうかな、この囲み、破ろうと思えばできなくもござらんが」
季春の半ば呆れたような口調に頼義は深くため息をついて
「いえ、帝の臣下にこれ以上無体を働くわけにもいきますまい。ここは潔く投降して、改めて事情をお話ししましょう」
「なんだと!?」
「落ち着けっての」
憤る金平を竹綱が小突いた。側から見たら天を衝くような大男に小柄な少年が無謀にも喧嘩を売っているように見えてハラハラするが、なぜか金平は竹綱の言うことには素直に従う。奇妙な、それでいて微妙な力関係が二人の間にはあるようだった。
頼義は太刀を外して地面に置いた。続いて竹綱と貞景も手持ちの装備から武器を放り投げて恭順の姿勢を示した。金平は忌々しげに剣鉾を地面に突き立ててその場で胡座をかいた。
「おい、お前も武器を捨てよ!」
兵士に言われた季春は腕組みを解いてダラリと下げると、どこに仕込んでいたものか、袖から大量の護符が雪崩をうって地面に山積みとなってこぼれた。
頼義たち一行は後ろ手に縄を括られ、数珠繋ぎとなって国府寮へと連行された。以前にも書いたが、かつて朝廷直轄の運営組織として敷かれていた「摂津職」という役職は二百年ほど昔に廃止され、今は他の五畿七道各国と同じく国府が置かれ、中央より国司が任命され赴任していた。頼義の祖父に当たる鎮守府将軍源満仲もかつて摂津守として多田に居を構えていたこともあったという。
遠い昔には政治経済の中枢であったかつての難波宮も、遷都を受けて三百年の月日のうちにすっかりと鄙びた地方都市の一つに過ぎなくなっていた。そのためか国庁や曹司といった施設も予算不足のためか手入れも行き届かずあちこちに破れ目や綻びが目立った。そのような中に連れられて来た頼義たちはとりあえず隅の正倉院に並ぶ蔵の一室に放り込まれ、日が明けて役人の吟味が始まるまでの沙汰待ちとなった。
一応は「容疑者」と言う立場であるから、少しは神妙な態度で臨むのかと思いきや、金平はすぐさまゴロリと横になり、竹綱は手持ちの高価な紙製の書物を読みだし、貞景は黙々と空手で薙刀の形の稽古を始め、季春は壁にもたれかかって浄玻璃鏡を覗き込みながら「わははは情弱乙、半年ROMってろでござる」などと意味不明の独り言を呟いている。
こんな危機的状況だというのに、紅蓮隊の連中はまるで自分たちの家のように好き放題に寛いでいる。そのあたりの肝の太さというか傍若無人な姿を見て、頼義は半ば呆れながらもどこか「頼もしげ」な思いにとらわれてついクスッと笑みがこぼれた。
夜を徹して歩かされたためにやはり疲れていたのか、正座で謹慎していたままウトウトとしていた頼義は蔵の石戸の開く重い音が響くのを聞いてハッと目を覚ました。
現れたのは扉を開ける役人たちと、高貴な佇まいを漂わせる武者姿の女性であった。その女を見て
「げっ、惟任!」
と金平が驚きの声をあげた。
「惟任」と呼ばれた女性は、無言のまま蔵の中に入ってきて金平たち四人を見回した。気がつくと、あれだけだらしなく寛いでいた鬼狩り紅蓮隊の連中が一斉に起き上がり、彼女の前に勢い良く列をなして正座した。あの人を人とも思わない金平さえも!
「おはようございます、ご無沙汰いたしております、惟任上総介どの!」
四人が一斉に声を並べて畏まった。女性は静かに冷ややかな視線を四人に投げかけたまま
「よい、楽にいたせ」
とだけ言った。




