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紅蓮隊、縛につくの事(その一)

(またも、してやられた……)



丹波大江関に次いで、ここ摂津住吉においても、また頼義たち「鬼狩り紅蓮隊」は鬼たちの後塵を拝した。先に出会った茨木童子、そして今相見えた薔薇(そうび)、白面両童子……いずれもそれまでに金平たちが相手にしてきた鬼どもとは格が違う、彼女ら一人一人がそれこそ一個の災厄のような恐るべき存在だ。そのうちのたった一人を相手にするにも千の軍勢が要るだろう。それが大挙して都に攻め上る様を思い浮かべて、頼義は背筋が震えた。しかも鬼たちを都から遠ざけている三つの封印のうち二つまでもがすでに破られてしまっている。奴らが都まで軍を進めるのも時間の問題となってしまった。


皆一様に黙り込んでいる。金平は自分が叩き壊した本殿の瓦礫をじっと凝視したまま動かず、竹綱と貞景はどこからか(むしろ)を調達して、散らばっている遺体を寝かせて荼毘に付す支度をしている。季春は神妙な面持ちで境内の外壁に等間隔に即興で書いた札を貼り付けている。病封じの護符であろうか。



「焼くしかあるまいよ、この社ごと」



貞景が唇を噛みしめるように呟いた。



「そうだね、万が一死体から病毒が流れ出るとも限らない。それに、この大地にはもう毒の穢れが染み込んでしまった」



答える竹綱の声も一層悲壮さを増していた。無理もない、ここ住吉大社は渡辺一族の氏神といっても良いほど縁の深い神社だ。それを自らの手で焼き払うことには忸怩(じくじ)たる思いがあるだろう。



「もう準備は出来ているでござるよ。お下がりくだされ、我が家秘伝の焼夷火薬でござる。一瞬で鉄をも溶かす高熱になるゆえ病も呪いも跡形もなく焼き払えるでござろう」



季春はそう言って篝火(かがりび)を瓦礫で組んだ(やぐら)に放り投げた。炎は一瞬真っ白で強烈な光を放ち、続いて屋根の茅葺(かやぶ)きを吹き飛ばすほどの熱風が吹き荒れた。櫓はたちまち天高く昇る炎の柱となり、中に安置されていた犠牲者たちの亡骸を焼き尽くした。頼義はその光景を目に焼き付けるかのように瞬きすることもなく見つめ続けた。


涙はない、あるのは唇を噛み切るほどの怒りだった。何一つ成果を上げることのできない己の無能さに対する怒りだった。


櫓の炎は遺体を焼き尽くし、本殿を焼き払い、やがて住吉の杜一帯を火葬にした。そこまでの全てを頼義たちは黙って見守り続けた。ようやく火の勢いが衰え、その最後の始末をしている時、今更というべきか、ようやく役人の一行らしき一団が現れた。


これだけの大惨事を目の当たりにして今まで何をしていたのか。大方事態の大きさに手をつきかねて右往左往していたのであろう。かつては難波宮(なにわのみや)という都が置かれ、海上交通の要衝(ようしょう)として「摂津職(せっつしき)」という重要な役職の置かれていたこの地も、二百年前に都は移され、難波津も長年に渡る土砂の堆積によりその機能は他所に奪われ、土地としての重要度はかつてからは見るべくもないほどに零落したとは申せ、あまりにも危機管理に対する意識が低すぎる。


長らくに渡って続いてきた平安な空気が、中央はおろか地方の役人にいたるまで怠惰な緩みとなって蔓延してきているようだ。このままではいずれ支配体制の大きな瓦解に繋がるかもしれない、竹綱は彼らの姿を見て深くため息をついた。


そして、その役人たちがまず最初に行ったことは、()()()()()()()()()だった。


一斉に弓矢を向けられ、頼義たちは呆気に取られてしまった。弓矢の集団の奥から隊長らしき人物が馬に乗ってのそりと現れ



「その方ら、恐れ多くも摂津国一宮(いちのみや)であらせられる住吉のお社を事もあろうに焼き払うなどとは言語道断!さては最近丹波国を荒らし回っている野盗どもの一味であろう。丹波では好きにできようとも、ここ摂津国では儂の目が黒いうちはそのような無体など許さぬ、神妙に縛につけいっ!」



頼義たちはただただ呆れ入ってしまった。この住吉大社の大惨事が起きてから半日は経とうとしている頃にようやくお出ましかと思えば、事の仔細を吟味するでもなく行き当たりばったりにその場にいた者を下手人と決めつけ捕縛しようとしている。あまつさえ自分たちのことを鬼どもの一員だと思い込んでいる、迷惑千万も甚だしい。



「お、お待ちを!我らは左大臣藤原道長卿の命を受けて都に仇なす鬼どもを追跡するために住吉まで参った兵部省衛士(えじ)小隊の者、決して逆賊などではござりませぬ。どうか弓をお引きくだされ」


「なにい?では今その方らが行っていたことはなんだ、境内にいた無辜(むこ)の者どもを殺し、その手で社ごと焼き払っていたではないか。我らはしかとこの目で見ておったぞ」


「見てたんなら止めろよボケが」



思わず金平が毒づいた。



「そも、まことにその方らが左大臣殿のご命によって動いておるというのであれば、その証しを見せいっ。正式な任務であるならば太政官(だいじょうかん)ないし兵部省よりの宣旨(せんじ)があるはずじゃ」



そう言われて頼義は言葉を詰まらせた。自分らが左大臣の密命を受けて鬼狩りの任に就いていることに嘘偽りはない。しかし当然そのようなことに正式な宣旨など下されようもなく、名目上頼義たち「紅蓮隊」は数ある衛士小隊の内の一隊に過ぎないのだ。ましてや今回の摂津行きも伊勢にいる安倍晴明からの言伝(ことづて)がきっかけによる、いわば「独断専行」のようなものだった。密命どころか、道長は頼義たちが摂津にいることすら知るまい。



「どうだ、申し開きできまい不逞の輩め。左大臣殿のお名前まで騙るとは不届き千万」


「いえ、どうかお待ちを!せめて国司様にお申し開きを」


「ええい黙らぬか!おとなしく縛につかぬならかまわぬ、このまま射かけてしま……」



隊長が言い終わらぬ前に、金平が飛び上がって馬上にいる隊長の頭をパコーンとぶちのめした。隊長は「きゅう」と奇妙な音を出して鞍上から転げ落ちてそのま失神した。



「ごちゃごちゃごちゃごちゃ五月蝿(うるせ)えんだよああもうめんどくせえ!」



頼義は必死で申し開きをしようとしていた口から何も発せずただパクパクしていた。



(ダメだ、こいつには今後絶対交渉ごとは任させまい)



頼義は深く肝に銘じた。

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