頼義、摂津にて再び鬼に相見えるの事(その四)
少女の姿をとらえ、頼義は安堵に深く息をついた。
(生存者がいる!)
その喜びに思わず近づこうと駆け出しかけたところを、金平の大きな手が止めた。その力強さに思わず頼義は顔をしかめたが、おかげですぐさま冷静さを取り戻した。
(おかしい……!なぜこんなところに一人だけ生存者が?しかも、女子がただ一人……)
落ち着いて見てみると、少女の出で立ちはこれまた奇妙なものだった。年の頃は十ばかりであろうか、短く切りそろえた黒髪に青白い頰、光を宿さない瞳は瞬きすることもなくじっとこちらを見据えている。黒染めの衣装には花びらを連ねたようにひらひらした白い折り返しが無数に走っている。そして少女は長年使い古されてボロボロになった人形を抱きかかえてただ一言
「死ね」
とだけ言った。
次の瞬間、少女の周囲から何本もの荊の蔓が瓦礫を押し上げて姿を現した。蔓は鞭のようにしなると、空気を切り裂いて頼義たちめがけて襲いかかってきた。所々に棘の生えた荊の蔓は動きこそ緩慢なものの、一振りしなえば大木一本丸ごと吹き飛ばすほどの重さを備えていた。頼義たちはひと薙ぎに倒されないよう、四方に散って少女を取り囲んだ。
「むう、ワシの名前は茨木でもないのに荊を使う。なんか癪にさわる今日この頃」
不機嫌そうに言う少女の周りで蔓がブンブンと唸りを上げる。次の瞬間、少女は座った姿勢のままふわりと宙に舞い上がった。
「!!」
紅蓮隊たちが息を飲んだのは少女が空を飛んだからではない。空を飛んだように見えたのは、今自分たちを襲っている荊の蔓が全て少女から生えているのが見えたからだった。
少女は自分の身体から伸びているその蔓を海虫の触手のように操り、それを台座がわりにして空中で腰掛けるような姿勢になった。
「国府の者か、神社の者か、検非違使か、旅の者か。いずれでも構わん、ワシに会った者は死ね。会わぬ者はワシの方から会いに行って殺す。つまり、皆殺す」
人形のように端正な顔立ちからは及びもつかないような空恐ろしいことを口にしながら、少女はなおも蔓を振り回した。
金平たちは必死になって蔓の攻撃をかいくぐりながら隙を伺っていた。
「さっき『茨木』と言ったな。テメエも茨木同様鬼のお仲間か!?」
金平の吠えるような問いかけに、少女はあからさまな不快感を示した。
「あんな、腕っぷしだけが自慢の猿と一緒くたにされるとは屈辱千万。かくなる上はやっぱり殺す」
「結局殺すんでござるかよーっ!」
「わが名は『薔薇』、毒持てる荊の皇女じゃ。地の毒、水の毒、風の毒、あらゆる毒はわが眷属、我が身が触れるものはことごとく毒に腐れ落ちよ」
薔薇と名乗った少女はそう言って小さな口を開けた。そこには無数の細く長い牙が乱雑に伸びていた。少女はなおも執拗に蔓の鞭をけしかける。貞景が新調の手薙刀で蔓を斬り払った。が、幾重にも縒り合わされた蔓は太巻きの大綱のように頑丈で刃を通さない。
「重ねてそなたに問う、薔薇童子よ」
頼義の声に薔薇は一瞬動きを止める。
「ここに保管されていた『アレ』の首を、何処へやった?」
その言葉を聞いた瞬間、薔薇童子の顔が忿怒に燃えた。
「『アレ』だと!?言うに事欠いて、御方様のことを『アレ』呼ばわりとは許さん、貴様は特に念入りに殺す。ただでは死なさん、一年二年、できるだけ苦しみが長引くように丹念に毒を注入し続けてもがき苦しませてやる。己の不敬悔やむが良い!!」
そう叫ぶや、それまでてんでな方々を向いて暴れていた毒蔓が一斉に頼義に襲いかかった。頼義は落ち着いて蔓をかわし、後ろへ大きく飛び下がって距離をとった。薔薇はなおも構わず蔓を暴れさせる。もはや怒りで正気を失っているように辺り構わず破壊の限りを尽くした。
「御方様をまた傷つける者は許さん!嘲る者も、殺す者も!もう二度とそのような真似は……させぬ!」
「また」……薔薇童子は確かにそう言った。二度と殺させはしないと。「二度」という言の意味するところは……。
「では、そなたらの狙いは『かの者』を蘇らせることだと……?」
頼義の信じられぬというような口調の問いに
「否」
と答えた薔薇はニヤリと口を歪ませた。
「すでに蘇っておられる」




