頼義、摂津にて再び鬼に相見えるの事(その二)
「ダメだなこりゃあ。無駄死にだなアイツら」
金平が無情に言い放つ。頼義は血相を変えて
「追いかけます、止めないと!」
と叫んで金平の腕を掴んだ。金平は頼義には目もくれず死地に向かって遠のく同僚たちを見送っていた。
「何をしているのです、早く追いかけて止めて!金平どの!」
頼義は涙目で訴える。その真っ直ぐな瞳に金平が視線を合わせようとした瞬間、何を慌てているのか、季春が二人の視線を遮るように割って入って来た。
「おおーっと、こちらも緊急事態ですぞー。伊勢よりの早文でござる!」
そう言って季春の手には古紙で折られた折り鶴が添えられていた。その折り鶴はひとりでにパタパタと折りが解かれ、一枚の手紙に戻った。
「伊勢というと……安倍晴明様からの?」
頼義の問いに季春は黙って頷き、その手紙を頼義に手渡した。手紙には短く
「住吉、炎上セリ」
とだけ書かれていた。
「これはいったい……どういう意味です?」
頼義は悪い予感を感じ取りながら問いただした。
「おそらくは……摂津の住吉大社が焼き討ちにあったものかと」
季春はらしくない、真面目な面持ちで重々しく答えた。
「そんな……!!」
竹綱は思わぬ報告に絶句した。住吉大社は底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神を祀った畿内有数の聖域である。伊邪那岐命が黄泉の国から帰ってきた時、黄泉の穢れを祓った際に海神の三神とともに生まれた星々の神だという。冬に三つ並んで光り輝くその姿は、夜の航海の導き手として船乗りたちに多く信仰され、殊に竹綱の一族である摂津渡辺氏とその一党は一族の守り神として篤く帰依していた。その住吉大社何のためらいもなく灰に帰する者があろうとは……!?竹綱は目を大きく見開いて歯ぎしりした。
「それも……丹波の茨木たち一党の仕業と?」
「おそらくはそうでござろうなあ、しかし意図が読めませぬな。連中、京に向かわず正反対の摂津に攻め入るとは……おっと」
竹綱と季春がやり取りしているうちに、次の文らしき折り鶴がひらひらと舞い降りてきた。
「三門」とだけ書かれたその手紙を目にして、季春が「ややっ」とうめいた。
「三門?三門とはなんですか季春どの」
頼義の問いに季春は静かに答えた。もはやいつものおどけた調子は霧散し、陰陽学者としての「本性」が垣間見えていた。
「文字通り、行く手を阻む三つの門でござる。かつて我が師安倍晴明がとある邪鬼を都に近づけさせないために熊野、八幡、そして住吉のお力をお借りして仕掛けた『鬼門封じ』の秘術。敵の目的はその『鬼門封じ』の破壊であると師匠は見ておるようですな。すると……各々がた、此度の敵の正体、読めましたぞ」
季春の言葉に金平、竹綱、貞景の表情が凍った。
「おいおいまさか、そんな莫迦な……!」
「いやしかし、確かに『あやつ』は宇治のご宝蔵に……あっ」
「そうだ、確か十年ほど前に平等院の一部が焼ける火事があったはずだ。まさかそれも此度の事とつながっているのか?」
「あの火事の際にご宝物に被害はなかったと記録されておったはずでござるが、ああ、そもそもあの首が収められていたことは門外秘であったなあ、では記録されていないのも当然か。これはぬかった」
四人が口々に言を巡らしている中、頼義は一人事態を飲み込めずにいた。
「季春どの、『敵の正体』とは一体何なのですか、皆さまがたもそれをご存知であると……?」
「左様、我ら一同その者をよーっく存じております。我らが一族の宿敵、怨敵と言っていい、それぞれに因縁の深きものでござる」
「皆さまがたの因縁にまつわる者……」
「しかり、この『三門』の封呪はそのたった一匹の鬼を封ずるためだけに晴明と陰陽寮が総出で取り行ったもの。すなわち、紀伊熊野、摂津住吉、京の石清水八幡宮の三方から丹波国大江山を封印するために」
「それは、まさか……」
「そう、二十年前、大江山を拠点として朝廷に大戦を仕掛けた大反逆者。女を犯し、人肉を喰らい、人の作りしものをことごとく焼き尽くす鬼神の王、その名を……」




