紅蓮隊は夜歩くの事(その一)
瞬く間に戦支度が仕上がっていった。頼義がのぞきこんだ奥に数人の人影が見える。その中から貞景らしき声がヒソヒソと話す声が聞こえる。
「本当なのか?羅城門に?」
「左様、拙者のスマホ、もとい浄玻璃鏡に警報が入った。まず間違いござらん」
季春らしき声がそれに答える。
「まさか連中、ここまで侵入してくるとは……こんな事がこのまま続けばさすがに我らの手にも余るぞ」
「仕方ないよどこも人手不足だ。当面は僕らでなんとか持ちこたえなくちゃ」
これは竹綱のようである。みな鎧具足を一式着込んでいる。式典用のきらびやかなものではない、血のりと赤錆が浮いて黒ずんだ実戦用のものである。
「まずは我ら四人が先行する。後詰めの荷駄隊は隊伍を組んで朱雀大路をそのまま真っ直ぐ行け。ただし急げよ。夜が明ける前にケリをつける。馬を引け!」
金平の声が朗々と響く。大身の胴丸に左肩だけ大袖を着け、鍵のような複雑な形をした穂先の大槍を抜き身に携えている。
「ところで、あのお嬢はどうする」
貞景が金平に聞いた。
「あん?」
金平は顔もむけずにただそれだけ言った。
「とぼけるな、お前が手篭めにかけた頼信様のご息女のことだ。あんなに激しく組んず解れつしておきながらこのまま放っておいて行くのか?」
「ばぁっ、バカやろ手前、人聞きの悪いことを!」
自分のことだと気付いて、頼義は耳まで赤くなるのを感じた。
「ああ、あれは情熱的でござったなあ。か弱い女の身でありながら全身全霊でもって金平氏に挑み掛かる頼義殿、それに全力で応えて一人のオトコとして相手をし、一切の手加減なく叩きのめした金平氏、はじける汗、触れ合う裸の肌と肌。浪漫ですなあ愛の始まりですなあ〜」
茶々を入れる季春の頭をどついた。
「いたあっ!拙者、そなたや貞景氏のような脳筋マッチョではござらんゆえ、実力行使は勘弁でござるよ〜」
「いいから行くぞ、ここから先はまた殺し合いだ、くだらねえこと言ってぶったるんでんじゃねえぞ!」
そう言って金平は一人馬を駆って先に飛び出して行った。
その姿を見送りつつ、頼義は妙な気分に囚われていた。あの御仁、散々自分のことを女だからと莫迦にしていたくせに、その実自分がその場の勢いでつい口にした真剣勝負の願いには大真面目に向き合ってくれていたということなのか。頼義にはどうにもあのぶっきらぼうな大男の心情が読み切れなかった。
ところで、金平は「殺し合い」と言った。それにあの大袈裟な武装、まるで近隣諸国で内乱でも起こって、その鎮圧にでも向かうのかといった物々しさであった。
近年、局所的な小競り合いや事件もあるにはあったが、それこそ叔父源頼光率いる「四天王」の活躍もあって、都まわりの治安はさしたる異変もなく平穏を維持していた。
しかし彼らの様子では頻繁にこのような大支度での「殺し合い」を演じているような物言いであった。
「羅城門……」
金平を追うように颯爽と駆け出していった「紅蓮隊」の三人を陰から見送り、一人残された頼義はポツリとそうつぶやいた。大門から裏手に伸びる回廊の先から、厩舎で待機している馬の鳴き声が響いた。
裏庭では陰陽寮の使部たちが荷車に荷物を積み終えて「紅蓮隊」たちの後を追う準備を整えている。
「あれ?」
使部の一人が声をあげた。
「いかがした?」
同僚が尋ねる。
「いやあ、鞍を履かせた馬が一頭足りないなあと」
「莫迦、おおかた数え間違えでもしたのだろう、早く支度して追いつかねば金平殿にまた怒鳴られるぞ」
「ぶるぶる、それは『アレ』に遭遇するよりも恐ろしい」
などと軽口を挟みながら慌てて厩舎に馬を取りに行った。
子の刻が過ぎ、二つを報せる鐘の音がわりに梟がほう、とだけ静かに響く中、月明かりの朱雀大路を一頭の馬が羅城門をめがけて駆け抜けて行った。




