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第二十三話:転機

 

「じゃあね、新。また明日!」


「おう、また明日」


 帰り道。十字路で桃と別れた俺は家に向かってまっすぐ帰っていた。季節はもうすぐ夏にさしかかろうとしていて、日も長くなってはいるが、それでも六時を過ぎた頃には大分暗くなっている。このあたりは住宅街だから、人通りも少なく静かだ。


 だから、薄暗い黄昏時に一人佇んでいる女性の姿は、ひどく目立っていた。


「や、新君。日曜日ぶり」


「……つぼみさん」


 軽く手を上げてヒラヒラと振ってくるつぼみさんに軽く会釈をしながら近づく。


「なにしてるんですか、人の家の前で」


「なにって、君を待っていたんだよ。少しお話がしたくてね」


「待ってたって……ずっとここで?」


「なに、そんなに長時間という訳でもないさ。せいぜい二時間くらいだよ」


 いや十分長時間だろ。

 つぼみさんが立っていたのは俺の家の目の前だ。俺の家は両親が共働きなので今家には誰もいないが、もし誰かが家にいたとしたら不審者として通報されていただろう。


「……まあ、ここじゃなんですし、中に入ってください」


「あ、いいよいいよ。世間話程度だし、すぐに終わるから」


 俺が鍵を開けようとすると、つぼみさんは小さく笑いながらそう言った。

 世間話をするためにこんなところで二時間も待ってたのかよ、とは言わずに、俺はつぼみさんに向き直る。


「それで、話ってなんですか」


「桜の事。あの子が今なにをしているのか、君に教えて貰おうと思ってね」


「本人に聞けば良いじゃないですか」


「あの子に聞いても答えてくれないんだよ。……それに、今はちょっとそれどころじゃないしね」


 付け足された言葉の意味が分からず首をかしげる俺に、つぼみさんはだから、と続ける。


「君に聞きたいんだ。桜が今やっている事を」


「……」


 初めて見るつぼみさんの真剣な眼差しに、思わず押し黙る。卯崎とつぼみさん、そしてその周囲でなにがあったのか、俺には分からない。しかし、なぜだか俺はここで話さなくてはいけないような気がした。


「……卯崎に、俺が話したって言わないでくださいよ。なにされるか分からないんで」


「うん、了解だ」


 その言葉を聞いて、俺は今受けている依頼について、つぼみさんにざっくりと説明した。


 陸上部に所属している先輩二人がお互いを意識しているせいで練習に集中出来ていないと陸上部のマネージャーから相談を受けたこと。俺と卯崎は二人で陸上部の様子を見学し、それを元に依頼の解決策を考えていること。

 もちろん個人情報には気をつけて、そこら辺は上手くぼかす。最近は個人情報にうるさい世の中だからな。俺はどこかの後輩と違って善良な一般市民なのだ。


「……まあ、こんな感じですかね。卯崎が考えてきた案は一旦保留って形になってますけど」


「……それで、君はそれをどう思っているんだい?」


 俺の話を聞いたつぼみさんは少し考え込むような素振りを見せてから俺にそう尋ねてきた。


「良いんじゃないんですかね。少なくとも他の案よりはずっと現実味も確実性もあると」


「そうじゃなくて」


 俺の言葉を遮ったつぼみさんは、俺の目をまっすぐに見つめて言う。


「君は、桜がこの依頼を受けた事をほんとに良いと思っているのかい?」


「……いや、良いも悪いもないでしょう。あいつが自分で決めた事だ。俺がそれに口出しする権利はないですよ」


「そういう上っ面の言葉が聞きたいんじゃない」


 つぼみさんの言葉が冷たく突き刺さる。それに俺がなにも返せないでいると、つぼみさんはふっと軽く微笑んで、視線を少し柔らかくした。


「相手の決めた事だから、自分は口をはさむべきじゃない。確かにそれも優しさの一つかも知れない。でもね、君のそれは優しさじゃない、ただの逃げだ。自分が何かを言う事で、相手の選択に影響を与えてしまう事が君は怖いんだ」


「……」


「そりゃあ、他人の人生に干渉する事は怖いことさ。でも、君の目指している『正義のヒーロー』は、そういう奴なんだろ?」


「……まるで知っているかのように話しますね」


「体験談だからね」


「体験談?」


 なんでもない事のように言ったつぼみさんの言葉が気になって、思わず聞き返す。


「私だって、昔はそういう『かっこいいやつ』に憧れてた時代があったってことさ」


 冗談でも言うかのような口調で放たれた言葉に込められた真剣さに、思わず息が詰まってしまった。


 俺はそれを悟られないように、同じく冗談を口にするように言った。


「今も十分かっこいいですけどね」


「そう? よく言われるんだよね」


 ふふんと自慢げに胸を張るつぼみさんに俺は質問を投げかける。


「……その『かっこよさ』ってのを追い求めるの、辛くなかったですか」


「つらいよ。吐きそうなくらい辛いし何度もやめてやるって思った」


「ですよね」


「ま、大なり小なり、思春期に悩みはつきものと言うことさ。存分に悩めよ、若人」


「なんですかそれ」


 ……ああ、なんだか本当の意味でこの人と打ち解ける事が出来た気がする。

 そう思うと、自然と言葉が口をついて出た。


「……あいつは、あの依頼を受けるべきじゃなかった。あいつがその選択をした事は間違っていた」


「……うん」


「依頼してきた先輩は、多分幼馴染みだって言う陸上部の部長の事が好きなんです。でもそれを伝える事が出来ないから、せめて恋敵を排除しようと思った。それが今回の依頼の本質です」


 奥沢先輩が三浦先輩と似たショートヘアであることと神月の言葉。それに桃が言っていた「三浦先輩は宮本先輩に好意を持っていない」という話と奥沢先輩が依頼の際に話した二人が両想いだという話の矛盾。それを根拠にこの結論に至った。

 もちろん、全て俺の推測に過ぎない。もしかしたら俺の言った事は全て的外れの一人芝居でしかないのかもしれない。


 それでも俺は確信を持って言った。


「そして卯崎はそれに気づいている。なのに表面のところだけをすくい取ってそこだけを解決しようとしている。しかも最悪相談者の人間関係を壊しかねない、最悪な方法で」


 それは決して『善』じゃない。『悪』だ。


「俺はその選択を、許容できない」


「……そうか」


 全て俺の勝手な妄想で、自己満足の決めつけでしかない。


 それでもつぼみさんは柔らかく頷いて、それを肯定した。


「君の優しさはその正しさだ。君はきっといつだって正しくあり続けていて、その正しさは多くの人を救ってきたんだと思う。でも君は正しさが時に牙を剥く存在だと言うことに気づいてしまった」


 だから俺はそれに板挟みになって、動けなくなってしまった。正しさが、『善』がなんなのか、分からなくなってしまった。


「でもね、それでも君の正しさが多くを救ってきた事は確かなんだ。それが牙を剥いてきたのなら、次は上手くしつけてやればいい。大丈夫、君ならそれが出来るはずだ」


「ずいぶん自信満々に言うんですね」


「だって私にだって出来たことなんだから、君に出来ないはずがないだろう?」


「えらく信用されてますね、俺」


 初めて会ってからまだ二度目なのに、つぼみさんの信用が重い。


「桜が今、なにを思っているのか、私には分からない。もしかしたらそれがあの子にとっての『正しい事』なのかもしれない。……だからこれは私のわがままだ」


 そこでつぼみさんは俺に向かって頭を下げた。


「お願いだ、新君。どうか桜のことを止めて欲しい。これは君にしか頼めない事だ」


 正直、今も俺は自分の『善』が分からない。俺が信じていたそれは、ひどく傲慢で自己満足に満ちたどうしようもないものだとずっと思い続けてきた。それが簡単に変わる事はない。


 でも、つぼみさんはそんな俺の正しさを肯定してくれた。しかも俺が動くために「私のわがまま」なんていう大義名分まで与えてくれるというおまけ付きだ。


 ここまでしてくれたんだ。ここまで来てなにもしないなんて言えないよな、古木新。


「……分かりました。任せてください」


「うん、期待しているよ」


 そう言ってにこりと気さくな笑みを浮かべるつぼみさんに、俺は心の中で深く頭を下げた。


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