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第十二話:これはデートであってデートでない(デートです)

 週末。俺は駅前で人を待っていた。駅前と言っても俺の家の最寄りの駅や学校前の駅ではない。ここは俺の家の最寄り駅から数駅先のターミナル駅。この街近辺で最も賑やかで様々な娯楽施設が集まっており、地元の中高生が遊びに来たりデートに来たりするにはちょうど良い場所である。


 そう、デート。俺は今からある人物とデートをするのだ。


 時刻は朝の八時三十分。待ち合わせの時間まではだいぶある。普段なら休日は昼近くまでダラダラと惰眠を貪っている俺がこんなにも朝早くに外出しているというのはちょっとした異常事態なのかもしれない。


「おはようございます、先輩」


 そんなことを考えていると、後ろから鈴の鳴るような声で呼びかけられた。後ろを向くと、そこにいたのは一人の少女。きらきらとした宝石のような瞳に腰まで伸びた艶のある黒髪。そう、私服姿の卯崎桜がそこには立っていた。


「おう、おはよう卯崎」


 待ち合わせ相手を迎え入れた俺は挨拶を返しながら、思わずその相手の姿をまじまじと見ていた。


 私服姿の卯崎がいつにも増して存在感を放っていたのだ。


 白のワンピースに白い靴は卯崎の清純な雰囲気にとても合っているし、手に持っている黒いバッグが白一色の服装の中で見事に調和している。おまけに普段はつけていない桜をかたどった髪留めが可愛らしさをさりげなく醸し出している。

 一言で表すなら、今の卯崎は完成された美少女とでも言うべきだろう。


 街ゆく男性がちらちらとこちらを、正確には卯崎を見ているというのがはっきり感じ取れる。それくらいこの卯崎の姿は魅力的なものだった。


「すいません、少し待たせてしまったようで」


「いや、気にしなくて良い。俺も今来たところだから」


 そしてそんな卯崎といかにも恋人のような受け答えをしている俺は、街ゆく男性から怨嗟のこもった目で睨み付けられる。こいつはきっと今人生で最も恵まれた瞬間にいるのだろう、リア充爆発しろ、と。……だが残念ながら、これはそんな甘いものでは無いのだ。


 俺の言葉を受け取った卯崎はふむ、と考えるように右手をあごにそえるポーズをした。


「……まあ、恋人の二人が待ち合わせで言う台詞としては定番ですがこれでいいでしょう。南川先輩にもこの方向でデートを始めて貰いましょうか」


「定番というかこんな台詞言うのは漫画の中くらいだと思うが。俺だってアレ言うとき少し恥ずかしかったぞ」


 冷めた口調の卯崎に同じく冷めた口調で返す俺。そこには恋人らしい空気など一切流れていない。

 そう、当たり前だが俺と卯崎は本物の恋人というわけではない。ついでに言えば今日のこのデートだって偽物、なんちゃってデートなのである。今更ながらなんちゃってデートってなんだ。


 何故俺がこんな意味の分からないことをしているのか。それは先日の卯崎の発言から始まるやりとりに端を発する。


 ***


「先輩、デートをしましょう」


「…………は?」


 勘違いから発生した南川と相田のカップルのすれ違いを何とかして解決し、元の恋人関係に戻すという依頼を受けた直後。突如卯崎が発したその言葉に、俺は何を言っているのか分からず間抜けな声を上げた。よし、いったん落ち着いて呼吸しよう。


「……なあ、一応聞くが、どうしてそんなぶっ飛んだ結論になったんだ?」


 俺のその質問に卯崎は鞄から一冊の雑誌を取り出し、「これを見てください」とその一ページのある部分を指さしながら俺に見せてきた。それは、なんというかリア充とか意識高い高校生が読んでいるようなティーンズ向けの雑誌の中にある恋愛方面の記事で、卯崎が指し示したのはそのQ&Aの中の一つだった。


 Q.付き合いも長くなってきて少し彼との間に距離が出来てきたかも。どうしよう?

 A.そんなときは思い切って彼をデートに誘ってみましょう。もしかしたら付き合い始めたばかりの頃を思い出して熱が戻ってくるかもしれません。


「うさんくせえ……」


 特に「かもしれない」とか使ってるあたりが予防線を貼っているようにしか思えない。


「ですが、デートをする、と言うのは良いアイデアだと思いませんか?」


 確かに、恋人関係という間柄なら、デートという状況をつくること自体はそう難しいことではないだろう。相田はバスケで忙しいとか言っていたが、あいつも彼女との仲を修復するためならば多少は部活をサボれるだろう。多分。


 デートという行為は、二人の時間を共有するということと同義だ。一緒にいる時間の分だけ互いの存在が深く心に刻み込まれ、その結果、相手に対する印象には多少なりとも変化が起きる。

 それが上手く良い方向に転がれば依頼は解決したも同然だ。上手くいけば、の話だが。


「南川と相田にデートを提案したとして、それが必ず上手くいくと思うのか?」


 俺は卯崎にそう疑問をぶつける。上手くいくなら良い。だが上手くいかなかった時には、それはもう悲惨だ。さらに勘違いが重なり、最悪破局という道もあり得る。


「ですから、デートで本当に二人の仲が深まるのかを知るために、私たちで試験的にデートをしてみるんです」


 ああ、そこでさっきの台詞につながる訳ね。


「まあ、私が『デート』というものをしてみたいという理由もなきにしもあらずですが」


 相変わらずちゃっかり私的な目的も入れる卯崎だった。


「というわけで先輩。今週の日曜、空いていますか」


 それはつまり今週の日曜に早速その疑似デートを行おうという意味だ。だが待って欲しい。確かに俺は卯崎に協力するとは言った。言ったが、あれはあくまでも学校内だけに限定されるものだという認識で了承したのであって、学校外、その上休日に駆り出されるなんてのは聞いていない。つまり業務内容に含まれていないので、俺には拒否する権利が与えられているはずだ。


「あーすまんな。その日は一日中自宅を警備するという大事な仕事が入ってるんだ」


「そうですか……それは残念です」


「ああ、そういうわけだから――」


 やけにあっさり折れてくれた卯崎に若干違和感を感じたが、些末な問題だと俺が言葉を続けようとしたところで卯崎が遮るようにこう言った。


「ええ、本当に残念です。……先輩の輝かしい中学時代が皆さんに知られてしまうなんて」


「……日曜日は、一日中暇でございます」


「あ、そうですか? なら良かったです。集合場所と時間は後ほどメールで送るので、確認しておいてくださいね」


 そう言っていつものように微笑を浮かべる卯崎は、俺には久しぶりに悪魔が重なって見えた。


 ***


「……で、今日はどこに行くんだ」


 回想終わって時間は現在。未だに駅前にいる俺はこれからどこへ行くのか知るべく、目の前の卯崎に聞いた。


「まずはあちらのショッピングモールにある映画館に行きます」


 言いながら卯崎が指を指したのは、最近出来た大型ショッピングモール。俺は行ったことはないが、前に桃が友達と一緒に行ってきたと聞いたような気がする。


「うん、まあ定番だな」


「その後に同じショッピングモール内にあるカフェで昼食を挟んでゲームセンター、水族館ですね」


「……え、多くない?」


「そうですか? 一般的だと思うんですけど」


 俺は誰かとデートなどしたことないので、これが一般的かどうかは分からない。なに、世のカップルは皆こんなに忙しい休日を過ごしてるの? 俺的には午前中で解放される気満々だったんだが?


「……なあ、行き先ちょっと削らないか? そんなに動き回ったら死ぬぞ? 俺が」


「大丈夫です、人間そう簡単に死にはしません」


 俺の提案をにべもなく切り捨てた卯崎は、くるりと背中を向けた。


「さあ、先輩。行きますよ」


「……ああ、分かったよ」


 抵抗するのは無駄だと悟った俺は、渋々卯崎の後をついて歩き出したのだった。


「あ、そう言えば先輩。もう一つ、デートにおいて大事なことを聞くのを忘れていました」


「え、なに、まだなんかあるの」


「ええ。先輩、今日の私、どうですか? 服、似合っていますか?」


 振り返りざま、俺に目線を合わし不意打ちぎみにそう言った卯崎。その瞳には有無を言わせぬ不思議な迫力があった。


「…………まあ、似合ってるんじゃねーの」


「ふふ、ありがとうございます」


 卯崎はいつもと変わらない微笑みを浮かべてそう言った。何故だ、何故俺一人だけこんな辱めを受けなければならないんだ。言いようのない理不尽に耐えながら、俺は再び歩き出した卯崎の後を追った。


 今は六月。もういつ梅雨が始まってもおかしくないというのに、今日の天気は清々しいほどの晴れ。これがデート日和なのかはそもそもデートをしたことがないので分からないが、外出日和なのは間違いないだろう。つまり俺にとっては完全アウェー。そんな状況下で疑似デートは幕を上げた。はあ、早くお家帰りたい。


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