第四十四話 絶望Ⅰ
暗い暗い地の底で、俺は目を覚ました。軽く頭痛がする。起き上がって周りを見渡す。先程の階層とはうって変わって、途轍もなく濃い魔力が漂っている。しかもだ。一切、魔力反応が無い。
「どういうことだ」
王女様の姿は見当たらない。恐らく、アルの仕込んでいた強制転移術式でも起動したのだろう。王族である彼女は絶対に城に戻らなければいけない。そう考えると当然のことだ。
しかし、一体、ここはどこだ。
迷宮内であることはわかるが、何階層かわからない。というか、先ほどの迷宮とは違う迷宮かもしれない。
一番最悪なのは、地獄級の迷宮に飛ばされたことだが、それは無いと信じたい。
しかしだ。もし人が管理している迷宮なら、どこかに人工光などがあるはずだ。死骸などもあるかもしれない。
「【状況解析】」
俺は技能を使い、壁を解析する。何階層の壁かが、これでわかるはずだ。
すぐに結果が出た。俺は喜々として、それを見た。しかし、そこに示されていた内容に思わず目を疑う。
【解析不能】
嘘だ。ありえない。
【状況解析】は技能の中でも高位の物だ。基本、殆どのものは必ず解析ができる。また、正常な結果が出ない場合でも、断片的な情報は得られるということがわかっている。
しかし、今回、全く、情報が得られない。
これはこの迷宮が相当な力を秘めているということだ。少なくとも数千年は生きている迷宮だろう。
俺は覚悟を決めて、探索する。
周りを探索すると、ここが小部屋だということがわかった。転移陣のような物がある以外、何もない。転移陣は恐らく、俺を転移させた時に使ったのだろう。一度使ったら、二度と使用できないタイプだったので戻れない。
俺は小部屋から出てみる。周りには特に何もない。洞窟の中というよりは何か文明のようなものがある気がする。恐らく、古代文明を模して造られているのだろう。迷宮の中にはそういうものがあると聞いた。
しかし、先ほどよりも濃くなった魔力が漂っている。濃すぎて、普通、人間には見ることができない魔力が薄っすらと見える。
こんな中では、まともに解析系の魔術や技能が使えない。
もし、今、敵に襲われたら、俺は確実に察知することができない。
だが、つくづく悪い予感は当たる物で、嫌な予感がした。
周囲を見渡すが、何もない。ザワザワと胸騒ぎがする。
この世界に来て、生と死の狭間に立ってきたからこそわかる感覚。
脅威が迫ってきていることがは確かだ。音もなく迫りくる様子はまるで死神。迫りくる脅威に、俺は【転移】を発動しようとする。が、ある声が響く。
「【空間断絶】」
冷静な口調と共に、転移妨害の魔術が掛けられる。
「栄えある我らの王の住まう地に如何なさったので、下等生物如きが」
後ろを振り向く。
――超級悪魔
先程からの異様な光景に目を疑ってばかりだ。クラクラとした非現実感が俺を襲う。いや、終末感のようだ。
心臓が早鐘を打つ。
視界の先の悪魔は単体で大陸全土を燃やすことができるとされている伝説級の悪魔。
それから発せられている圧力というかプレッシャーが凄まじい。一瞬でも気を緩めると死にそうだ。
「【姫】が送ってきたから何かと思えば、雑魚ではないか」
俺は剣を引き抜く。黄金の色が光を反射し、煌めいた。
「闘うつもりか……塵芥が」
悪魔は手を広げる。
「貴様如き、下僕で十分。出でよ」
召喚型の悪魔のようだ。
魔獣が召喚され、現れる。しかし、召喚された魔獣は化け物だった。至極当然だった。化け物が呼ぶなら、それは化け物なのだろう。
立派な角に硬い鱗。背中から生える八対の翼。凶暴な牙を持ち、獲物を狙うギラギラとした眼差しでこっちを見てくる。その周囲には風が渦を巻き、幾つもの柱のように魔獣を囲んでいる。暴風の加護を受け、この世に生誕した古き龍。
暴風之龍王
世界最古の魔獣であり、魔神一匹をたやすく殺す、風龍の化け物。神話に登場するぐらいの有名な魔獣。今、俺は神話の一端に触れているのかもしれない。
「おっと、流石にこれ如きで死ぬなんてことはありませんよね?」
挑発するように悪魔が声を発す。
「【暴風陣】」
龍の魔術が起動される。声が直接脳に響く。
俺は足を震わす。こんな敵、勝てる訳がない。だが、戦わなければいけない。
震える足を無理やり抑える。
「【超身体強化】【自動防御壁】【持続回復】【属性付与・全】」
俺は幾つもの付与魔術をかけ、自身を強化する。
「いくぞ!!!」
……こんなこと認めたくない。だが、ここは絶望が具現化した場所だ。
彼は知らない。
第千階層。最終階層であり、【迷宮核】がある最深部。超々深層。それがこの絶望の正体だ。




