第三十六話 スラ君
「というわけで、今日の鍛錬はこいつとの戦闘だ」
杖と水晶を持ったアルが言った。
このまま鍛錬していても、基礎能力は身についても、実践で使えない。だから、今のうちから魔獣との戦闘を経験した方がいい。ということだろう。
「どのくらいの魔獣?」
「スラ君」
アルの即答に耳を疑う。
スラ君って、センスの欠片すら見えない名前とか流石にないだろう。一応、訊ねてみる。
「スラ君?」
「そうスラ君。深淵之軟体生物を捕獲して、育てた」
うん?
今度は違う意味で耳を疑う。
「深淵之軟体生物って言った?」
「深淵之軟体生物だよ。獄界にいる軟体生物」
確か、俺の記憶だと、深淵之軟体生物って、軟体生物の中で最上位種で、Sランクの魔獣のはずなんだが……
物理攻撃や魔術攻撃に耐性、Bランク以上の魔術すら使えるらしい。
「じゃあ、召喚するね」
そう言って、アルの手にある杖が光出す。
「出でよ……深淵之軟体生物」
彼の声に呼応して、杖から魔術陣が描き出される。そこから、一匹の巨大な軟体生物が現れる。
「さぁ、戦闘開始だ……スラ君。殺れ」
アルの声と同時に戦闘は始まった。
▼
「【炎嵐】!」
俺は炎の嵐を創り出し、スラ君にぶつける。
体長、三メートル以上のスラ君よりも遥かに巨大な嵐。しかし、スラ君はあろうことか。それを触手で薙ぎ払う。
「【シンエンノホウコウ】」
それは確かに人間の言葉だった。深淵の咆哮と聞こえた。それは一条の光となり、俺を貫いた。ように見えた。
「【光之裁】」
その光は神々しく、スラ君に降る。
【裁之光】。対象の業値によって、ダメージが決まる。
「マジか。いつの間に、そんな魔術を」
とアルの声がする。
「キュ!」
スラ君が魔術を発動した。対抗術式か……
俺は寒気を感じる。こんな風に魔術で対抗してくるとは……
「さて、次は剣での戦闘だ」
そう言った瞬間、スラ君は体内から、十本の剣を吐き出した。そして、それを触手で握る。
「キュキュ!」
縦横無尽に剣が振られる。型など関係なしと言わんばかりの乱雑な振りだが、鋭いし、力強い。
「くっ」
俺は金聖剣で受け止めると、それを短剣の形に直す。逆手でそれを持ち、スラ君の腹に叩き込む。
――弾き返された。
しかし、そこで諦めずに、二撃目を繰り出す。そして、ほぼ同時に【二連脚撃】も繰り出す。
――さらにはじき返される。
深淵之軟体生物って、物理攻撃無効系の技能を持ってたっけ? と思うほどの物理攻撃に対する耐性だった。
逆に俺は触手の一振りで吹き飛ばされる。
「おーい、大丈夫かー」
なんて、呑気な声すらも聞こえてくる。
俺は剣を大剣にして、上段に構える。
「【疑似武技・旋風斬】」
武技を模倣した一撃。魔術によって、本物の旋風が剣に纏わりつき、風切り音を鳴らす。
「ハッ!」
俺の気合いを込めた攻撃。
「【ボウギョヘキ】」
魔術が発動された。
カキンッと不可視の壁に阻まれて、攻撃は通らない。
「止め!」
その声と共に戦闘は終了した。




