第三十四話 幻想の使い手 後編
「そもそもにお主、固有術式を何だと思っとる?」
「普通の術式などからは完全な独立した魔術です。例えば、天使が使う天術や森精族たちが使う精霊魔術などです」
「そうじゃ。妾が使う幻術もその一種じゃ。正確には術式さえ完璧に再現できれば、誰でも発動できるんじゃ。でもな、通常の魔術構築とは全く違う故に研究も進まないから、固有魔術師なんて言葉が世間では作られたりするんじゃ」
確かに固有魔術師という言葉は聞いたことがある。王女様の魔術講義の時に出てきた。
「さて、お主は特別な力があるのじゃろう?」
「はい。【術の天才】【術式読取】【術式理解】という技能を持っています」
それを言うと、イルシャの眼がキラキラと光る。
「そうじゃ。妾の力を模倣できるかもしれないのじゃろ。面白い」
とは言っても、この力は【創造権能】で創っただけなんだよな。
【術の天才】
【分類】才覚系
【説明】魔術に関する能力に補正が掛かり、脳内の魔術部分に関する制限を外す
【術式読取】
【分類】魔術系
【希少度】通常
【説明】魔術を見れば、術式を読み取ることができる
【術式理解】
【分類】魔術系
【希少度】通常
【説明】術式を覚え、理解する。但し、【術式読取】との併用は負担が大きい
【術式読取】と【術式理解】を取得したお陰で、相手が魔術を使用したら、その魔術を自分の物にできる。
そして、あの囚人から奪った【並列思考】。これのお陰で術式を瞬時に【解析】を行える。
「では小童……見とれよ、これこそ妾の魔術【幻想境界】」
途端、世界が歪む。
思わず目を瞑ってしまう。しかし、発動瞬間を見たので、脳内で解析を続ける。
【幻想境界】
複雑な術式が脳内を飛び交う。数字や文字の羅列が頭を痛くする。
これは思っていた以上だ。術式が複雑すぎる。【術式理解】を用いても、完全に理解できない……
と脳内で四苦八苦しているうちに歪んだ世界がもとに戻り始める。しかし、そこはさっきの部屋ではなかった。
室内にいるはずなのに、空が見える。床を見ると、そこは野原だった。
「これこそが妾の魔術……【幻想秘術】の一端【幻想境界】。自分の想像した世界を自由に創れる。ただ、全てが幻。例えば、珍しいアイテムなんかを創り出しても、ただの幻だからな」
「幻の空間を創り出すのが【幻想境界】ですか……」
「小童は特別だからな。この魔術の攻撃転用を教えてやろう」
【幻想秘術】が攻撃に転用できるのか……興味がある。
「まずは獲物を用意せんとな【魔獣召喚:毒蛇】」
床に術式が描かれ、魔術陣が現れる。
そこから出てきたのは小さな蛇だった。
「【巨大化】」
蛇は魔術を受け、大きくなる。
確か、毒蛇はEランクの魔獣だから、そこまでは強くない。けど、今は俺の背丈ぐらいはある。流石に寒気がする。
「では、見とけ【夢終之幻想】」
刹那、毒蛇の身体が揺れ出す。ガタガタと言う効果音さえ聞こえてきそうなほどに揺れている。
「これは一体?」
俺は思わず疑問を口に出す。
「毒蛇は今、幻想の中に入り込んだ。小童、全ての生物が皆等しく持っておる感情とは何か知っておるか」
「わかりません」
「それはな」
そこで、毒蛇は泡を吹いて倒れる。
「恐怖だ」
そこには少女の姿はなかった。背丈の小さい老婆がいた。
「今、毒蛇が見たのは死……自分が死んだ場面を幻として永遠と見せられていた。幻の世界の
中では、妾の思う通りになる。あの毒蛇はあの一瞬で、何十もの『死』を見たのじゃ」
「直接、恐怖を刷り込み、自我を崩壊させるということですか」
「その通りじゃ。妾が考えた魔術じゃ」
【幻想秘術】。幻を操り、人さえ殺せる魔術か。
「解析は終了しました。【幻想境界】は使えるようになりました」
「ほう。そこまでの速度で模倣するか。なら発動させてみよ」
「わかりました」
俺は術式を組み始める。【魔術】の欄から発動させれる魔術は殆どノータイムで発動できるが、術式から組む場合は少しの時間が必要になる。演算に時間がかかるのだ。
「【幻想境界】」
発動した魔術が世界を塗り替えていく。
想像した世界は和室。久しぶりに日本の部屋を再現してみる。
「ほう。すごいな。この速度で固有術式を解析し、模倣するとは……」
いつの間にか、少女の姿に戻ったイルシャが言った。
「では、【夢終之幻想】は模倣できたのか?」
「いえ、まだです。術式が普通のと違うので、解析が進んでいません」
「そうか。しかし、まさか固有術式を完全に模倣できる奴が現れるとはのう」
イルシャは驚きながら言う。俺は少しこそばゆいような感じがした。
「では、また今度」
俺はそう言って、屋敷を後にした。




