1. その女、世界の中心につき
前原 咲菜
2年連続でアイドルグループMMR2048のセンターに選ばれる。
実家は代々、町の小さなケーキ屋を営んでいる。
人当たりの良さと笑顔が売り。
この世の誰よりもチヤホヤされたい。
「見てっ!あそこにいるのって前原ちゃんじゃないの!?」
「本当じゃ!MMR2048の前原ちゃんじゃっ!ああっ、まさか実物をこの目で見ることができるとはっ!」
「なんて美しい・・・。まるで天使・・・いや女神のようだっ!」
私立 聖アテナ学園高等学校。
その校門から校舎へと続く道。
桜の花びら舞う道を颯爽と歩く女の子に目を奪われ、多くの者達が歓声をあげたり溜め息をついたりしている。
ふふっ、民衆が騒いでいるわね。ここはひとつ挨拶の一つでもしてあげますか♪
彼女はそんな内心をおくびにも出さずに、周囲の人々に対してにっこりと微笑んだ。
「おはよう、みんなっ!今日も良い天気だねっ☆」
少女が明るくにこやかに挨拶をすると、周囲に凄まじい歓声が巻き起こった。
そう、これだ。私が求めていたものは、これなんだ。
少女は心の中で激しく何度もガッツポーズをした。そしてついでに小躍りもする。
彼女の名は前原 咲菜。
今をときめくアイドルグループMMR2048のメンバーにして、先日の総選挙にて2年連続でセンターに選ばれた。
まさに今が旬のトップアイドルなのだ。
民衆からの熱い支持を受けて優越感に浸る前原。しかしそんな彼女の背後から、先ほどの歓声を越える大歓声が巻き起こった。
何事かと、眉をひそめ背後を振り向く前原。
その視線の先には、自分が通ってきた道を颯爽と歩いてくる少女がいた。
「あっ、あの子を見て!見たこともないような凄まじい美人だわっ!」
「あまりの美しさに後光が差しているようじゃっ!」
「おお、なんて美しい。まるで神話に出てくる女神のようだ!さっきの前原ちゃんが、まるで女神を引き立てる雑魚天使のようにすら見える」
んだとコラッ!顔覚えたからなそこの眼鏡っ!
前原は内心で眼鏡野郎に対し暴言を吐きながら、話題となっている少女に再度視線を移した。
そこには日本的な黒髪のロングヘアーの清楚な女性がいた。
当然のごとく整った顔立ち。目は二重でまつ毛は長いことから色っぽい印象を与えてくるものの、しかしその目元はキリッとしており潔癖で高貴なイメージも与えてくる。
体形はややスレンダーではあるが、過去の作家がいうところの付け加えるべきところも削ぎ落とすべきところも無いような、完成された絶妙なバランスであるという印象を見る者に与えてくる。
大和撫子とか深窓の令嬢とか、そういった美女を表す全ての言葉の体現者であるかのような、凄まじいまでのカリスマ性。
トップモデルやトップアイドルすら霞んで消えてしまうような超絶美人。およそ人とは思えない完成された美がそこにはあった。
眼鏡野郎が女神と言い現わしたのも頷けることだった。
彼女は自分と同じ制服を着ていることからして、信じがたいことだが同じ高校の生徒らしい。
こいつは敵だっ!
前原は戦慄とともに、女神な女子高生を敵と認識した。
しかし彼女の戦慄は、それだけでは終わらなかった。
「ああっ、今度は天使ちゃんが歩いているわっ!」
「ツインテールがまるで天使の翼のようじゃっ!」
「本当だっ!前原ちゃんと違って雑魚じゃない天使が降臨されたっ!」
もう、その眼鏡叩き割ってやろうか?
内心で眼鏡野郎の眼鏡を叩き割るシミュレーションしながら、前原はさらに視線を後ろに移した。
視線の先では、愛くるしい外見をした茶髪のツインテールの少女がひょこひょこと歩いていた。
あどけなさを残した顔にパッチリとした円らな瞳。さっきの女神とは対照的な可愛らしさ。
自らには存在しない可愛らしさと純真さを併せ持った天使の登場に、前原は戦慄を覚えた。
自分と同じ制服を着ていることからして、信じがたいことだが同じ高校の生徒らしい。
「信じられん。この世にあんな美人や可愛い子がいるなんて」
「この高校は楽園じゃっ!」
「ありがたやー、ありがたやー」
もはや前原の方を見ている人間は、誰ひとりとしていなかった。
・・・
神域。
この高校において禁断の地とも称されているその部室の前に、前原はやってきた。
「たのもうっ!」
前原が部屋のドアを勢いよく開く。
部室の中には、机の上に乗った囲碁盤を挟んで対峙する二人の女子高生が、突然の侵入者に対して目を見開いていた。
「おや、入部希望者アルか?」
「よし、3人目ゲッツだ。これで団体戦に出られるぜっ!」
そんな軽いノリで前原を迎え入れたのは、今朝がた民衆から女神や天使と謳われた二人だった。
思っていたのとずいぶん印象が違うな。
前原は二人の見た目と性格のギャップに若干鼻白みながらも言葉を続けた。
「いや、違うし。私は入部希望者じゃないし。単にお前らに一言文句と忠告をしに来ただけだし」
「文句?」
「忠告・・・アルか?」
思い当たる節が無いのか、二人はそろって首を傾げた。
前原はそんな二人をビシッと指差さすと、
「私より目立つんじゃないっ!」
と、高らかにそう宣言した。
前原の謎の宣言に唖然とする二人。
「どうしよう、羽ちゃん。なんか変な人が来たアルよ」
「大丈夫よ、メイちゃん。どんなに変な人でも、人間でさえあれば大会の頭数に数えることができるわっ!」
「そういう事を言ってる訳じゃないアルけれど・・・」
困ったように女神を見つめる天使ちゃん。
しまった、いきなり変な人扱いされてしまった。
前原は深呼吸をして気を落ち着けた。
もしかしたら少し頭に血がのぼって冷静な判断ができていなかったかもしれない。
くっ、落ち着け私。
目を閉じ胸を押さえ、何とか平静を取り戻す。
前原は職業上の理由で普段から猫を被っているせいで、素の状態とのギャップが激しいのだ。
その立場上、素の表情を民衆に見せるわけにはいかない。
「や、やだなー。私は変な人じゃないよー☆ ちょっと慌てて混乱してただけだって・・・。あ、もう・・・あ、あれ・・・涙が、やだな・・・。ごめんね、こんな姿みせちゃって(´;ω;`)」
前原は小刻みに震えながら俯いて、流した涙を拭いてみせた。
どうだっ!
48のアイドル技の一つ、ナミダのレクイエム。
不利な状況に陥った際に、全ての状況をひっくり返しデフォルト状態に戻す前原の必殺技である。
だいたいの人間はこれで落ち、それまでの経緯がうやむやな感じで無かったことになるのだ。
前原は必殺の手ごたえを感じつつ、涙を指で拭きながら二人をチラリと見た。
『気持ち悪 (いアル)っ!』
前原がピシッとばかりにその場で固まる。
「面識のない人間の部活動に割り込んで高らかに謎の宣言をした直後に唐突に泣き出すなんて、どれだけ情緒不安定なんだ君は。・・・えーと、そういえばまだ名前を聞いてなかったね。誰だ君は?」
「えっ!?」
泣くふりも忘れて呆然とする前原。
・・・こいつ、まぢで言ってんのか?
内心の動揺を抑え、前原はぎこちない笑みを浮かべた。
「うふふ。冗談きついですよー?私がセンターになった先日の総選挙は、地上波で放送して最高視聴率40%を超えてたんですよ?日本人なら見てないはずはないでしょー?」
「いきなり何の話だ?それに地上波って・・・TVの事だよな?今日日高校生はTVなんてそんなに見てないのだが。それに全体の母数自体が小さくなってるのに、パーセンテージで話しても仕方ないだろうに」
「・・・っ!」
ぐうの音も出ずに、前原は相手を睨むことしかできなかった。
「ふむ?ああ、そうか。こちらが名乗ってもないのに失礼したね。では改めて。私はこの部の部長をやらせてもらってる、井古野 羽という」
「へー、井古野って名前初めて聞いたし。サ〇エさんみたいだねー☆」
「ふふ。さすがだな。よくぞそこに気づいた」
「は?」
前原は、苦し紛れに井古野をさりげなく貶したつもりだったのだが、思いもかけず感心されてしまった。
「知っての通り磯野家は、魚介類を極めようという志をもった人間が集う家だ。ならば井古野家としては囲碁を極めるしかあるまい。そう思い立った私は幼少のころから・・・」
「ちょっ、すとっぷ。なんか今、色々おかしかったしっ!磯野家はそんなに志は高くないし、てかそもそも魚介類の名を持つ者たちが集ったわけでもないし。というか違うな。じゃあ何か?あんたは名前にイゴって単語が入ってるから、囲碁部の部長をやってんのか?」
「ふふっ。まさにその通り」
「・・・まさにその通りって」
ドヤ顔で断言する井古野に対して、前原は二の句が継げなくなった。
「幸い、うちの家は代々続くインチキ霊能者でね、クライアントから持ち込まれた曰くつきの碁盤や碁石がたくさんあったから、すぐに囲碁を学ぶことができたのだよ。何を隠そう、うちの部室にある碁盤も碁石も全て実家から持ち出してきたものなのだ」
「持ち出してきたって・・・」
じゃあ今あんたらが打ってる碁盤も曰くつきの一品だというのか?
よくよく見たら、碁盤には血の痕らしきものが残っている。SAIでも憑いているんじゃなかろうか?
前原は背筋が寒くなる気分を覚えた。
「えーと、じゃあ次は私アル。台湾は台北市出身の無拳神 美慈というね。よろしくアル」
「なんて?」
「無拳神美慈ね。気軽にメイちゃんと呼んでくれるとうれしいアル」
「なんかトトロでも出てきそうな名前ね」
「実家は代々暗さ・・インチキ拳法家をやてるネ」
「・・・さっきから気になってたんだけど。語尾にアルとかネってつけてるのはなんで?」
「羽ちゃんからのリクエストネ。日本語を喋る台湾人は中国系語尾をつけねばならないと法律で決まっていると聞いたアル」
「思いっきり嘘じゃんっ」
「嘘・・・アルか?」
メイちゃんは前原を上目使いに見つめてきた。
つぶらな瞳がうるうると揺れている。
か、かわいい。
前原はメロメロになった。
「いや、えーと。まぁ、似合ってるからいいんじゃないの?」
目を泳がせる前原。 咳ばらいを一つして、動揺を抑え込んだ。
「じゃあ私も自己紹介するね☆ えっとぉ、いちおうーわたしぃ、MMR2048ってアイドルグループに所属させて頂いてるー前原 咲菜っていいますー。気軽に咲っちってよんでよねっ♪ 一応私なんかが2年連続でセンターを張らせてもらってるんだけど、責任感とかでもうすっごく緊張しちゃってます。えへぺろっ☆」
前原はファンが見たら悩殺されそうな仕草で可愛らしく二人に自己紹介をした。
「・・・君は、高校生という事は少なくとも16年は生きてきたのだよね?」
「頭大丈夫アルか?」
気の毒そうな眼差しで前原を見る二人。
「うっせーっつーのっ!なんなんだお前ら失礼だなっ!」
思わず素が出る前原。
「君の自己紹介は知らない単語ばかりで名前以外はさっぱり分からなかったな。あ、もしかして外国の方ですか?ハロー・ナイス・トゥー・ミーチュー」
「ちげえっつーのっ!欧米かっだしっ!」
「日本語のように聞こえて実は英語を喋ってるアルかね?オンリー・アヴェイラブル・イン・ジャパニーズ・ラングウィッチ ネ」
「だから違うし!おまえも欧米かしっ!」
前原のつっこみに対して、二人は顔を見合わせて、頷き合った。
「羽ちゃん、この子・・・」
「ええ、メイちゃん。この子なかなか良いツッコミをするわね。磨きに磨き抜けば、浜ちゃんとまではいかなくても、小峠っちを目指すのも夢ではないかも?」
「そこまでアルか。まさに十年に一人の逸材アル」
メイちゃんがゴクリと唾をのんだ。
羽ちゃんはメイちゃんに目配せした後、やおら神妙な顔つきで前原の手を取った。
自らが認める美人に間近で顔を見つめられて、たじろぐ前原。
羽ちゃんはそんな前原に、ゆっくりと声をかけた。
「前田さん」
「いや、ちげーし。前原だし。つーかまぢでなんで私を知らないんだし。お前らほんとに現代の女子高生か?」
ヒートアップする前原に対し、羽ちゃんは変わらず冷静に彼女を見つめている。
「やはり素晴らしい。女子高生とは思えない惚れ惚れするようなつっこみだ。・・・前原さん。私と一緒に、お笑い甲子園を目指さないか?」
「いやいやいや、なんでお笑い甲子園だし?ここは囲碁部じゃないのかよ、目指すなら囲碁の大会目指せよっ!」
羽ちゃんは、そんな前原の突っ込みに満足そうに頷いた。
「うちは正確には囲碁部じゃないのだよ。うちの部の正式名称はお笑い囲碁部なのさ」
「何その部。意味分かんねーし」
「世の中には、囲碁サッカー部なんてものもあるアル。べつに変じゃないアルよ」
「いや変アルよ。そこは自覚しろし。目指すならお笑いか囲碁かどっちかに絞れしっ!」
「じゃあお笑いで」
「なんでそっちを選んだーーーーーっ!?」
前原の絶叫が部室内に響き渡った。