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季節が移り変わり、黒服で溢れかえっていたキャメロットは半袖の夏服一色になった。例年大概同じ時期にこのイベントがある。
ーーよーし、お前ら。期末試験の要項確認したか~?
アーサー達二組の担任のモリガン先生が大きく開けた胸をプリントで仰いだ。二組のホームルームの光景だ。
「私は一回しか言わない主義だから聴き漏らしがあったら言えよ」
一回しか言わないんじゃなかったのかよというツッコミはしないでおこう。
「先生、【個人課題】とありますが、こちらは共通科目となっているのになぜ概要が説明されていないのですか?」
アーサーはキャメロットでの試験が初めてだ。なのでキャメロットの試験の常識はアーサーには通用しない。きっと自分の知らない当たり前のことだ。そう思い、質問をした。
「私は一回しか言わない主義だ、ペンドラゴン」
モリガン先生はこれを待っていたかのように獲物を狙う猛禽の様な目で嗜虐心をくすぐられる様な顔をしていた。
「あんた正気か!?」
アーサーが素早くツッコミを入れる。するとマーリンがお腹を押すと間抜けな声を出すゴム製チキン人形を鳴らした。
「やい、サディスト気取りの淫乱クソババア。あんま調子こいてるとコーラで浣腸して箒の柄でファックすんぞ」
マーリンはゴム製チキンを鳴らしながらそれのお尻をペンでくりくりと弄った。普通ならマーリンは社会から排除されるべき人間だ。だが、ハンサムという免罪符を持っている。なので女子からは「やだ、マーリンったら」程度で済まされる。なので今もクラスを笑いの渦に飲み込んでいる。マーリンのせいでモリガン先生はバツが悪そうに顔を赤らめている。肝心な試験に関することは聞けそうにない。モリガンはサディスティックなキャラを装っているが、ダビデューク先生より打たれ弱いらしい。
アーサーはため息を吐き端末に目をやった。するとルナからメッセージが入っていた。ヘルゲートの件以来、謹慎だのなんだので半月ほどルナとは口を聞いていない気がする。今思えばキスしたことがなんとなく気まずい。アーサーはその時メッセージを読まず、端末をポケットにしまった。
「では、十分後に個人課題についてメールで送る。ちゃんと確認しておくように」
モリガン先生は勇み足でプンスカ怒りながら教室を出た。
アーサーはカバンを担ぎ教室を出た。すると半袖シャツのルナが教室の外で待っていた。
「やぁ」
「やぁ」
「メール読んでくれた?」
「ごめん。まだだ」
「そう」
少し沈黙した。アーサーはそっぽ向いたりしてみたがしっくりこない。ルナに目をやるとルナもそうらしくキョロキョロしている。
「アーサー」
「なに?」
「こないだチューってしたのは、仲良くしてくれてありがとうっていう女の子同士でやるみたいなやつだから!私とアーサーはまだお友達だから全然気にしなくていいよ!」
ルナは血相を変え、勢い良く言った。
「へぇ、チューってしたの……」
振り向くとマーリンがにたにた笑いながら立っていた。まずい。一番まずいやつに聞かれてしまった。
「で、どうだったんだよ?ルナ嬢のセクシーぽってりリップはよぉ?」
完全にクズモードのマーリンだ。
「お前には関係ない!」
「じゃあルナ、アーサーとのキスはどうだった?こいつ変なことしなかった?」
マーリンは依然にたにた笑いながらルナに聞いた。
「アーサーは良い子だから、そんなことしないわ」
かわいい。心が洗われるような可愛さにマーリンのクズハートは傷つき、彼は意気消沈して立ち去った。すると次にはジェーンがアーサーの手を引いた。
「ちょっと顔貸しなさい!」
「な、な、な、なんだよ!?」
ジェーンはルナにその場で待つように言ってアーサーを廊下の角のこぢんまりした空きスペースに連れて行った。
「キスしたんだ………」
「したっちゃしたよ」
「あなたは!私よりあのお肉ちゃんがいいの!?私の方がセクシーでグラマラスで強くて可愛いのにぃ!」
ジェーンはしくしくと鼻をすすり目を擦った。
「泣かないでよ、ジェーン。君の事はちゃんと優しい良い子だって評価してるからさ」
「やっぱり、おっぱいの大っきい方が好きなの?」
「違うよ。ルナはね、明るくて朗らかに見えるけど、本当はいつか崩れてしまいそうなほど脆いようにも僕には見えるんだ。だから……その………そばにいたいって思うんだ。だから、僕がルナと一緒にいるのは僕のわがままなんだよ…………」
アーサーがそう言ってジェーンにハンカチを差し出すとジェーンは満面の笑みを見せた。嘘泣きだ。
「はい。わかりました。告白しちゃいなさいよ。あんたたちお似合いよ」
ジェーンはハンカチを綺麗にたたんで返した。
「一体なんだったんだ………」
アーサーはそうつぶやいてルナの元に戻った。
「僕はこれからデルリネッチ先生と特訓だから送るのは寮までで良いかな?」
すると、ルナは端末の画面に自分のメールを移して見せた。
「今日は私も特訓に参加するの」
「え?なんで?」
「よくわからないけどアンジェラさんが一緒に来てくれって」
その時、アーサー達の後ろにアンジェラが現れた。転送魔法だ。
「二人とも来たわね。それじゃ行くわよ」
アンジェラはぱちんと指を鳴らすと三人はいつものトレーニングルームではなく、夕暮れの海岸にいた。そこにはデルリネッチ先生もいた。
「今日の特訓は、この奥にいる部族から戦士の証を授かることよ」
アンジェラは楽しげに言った。何か企みがあるようだ。
「二人とも、ヴァッフェルガングと端末は置いていきなさい。あと服はこれ」
アンジェラが指をぱちんと鳴らすと二人の着ていた服は黒い軍服のような物に変わっていた。キャメロットの学校指定の正装である。キャメロットには普段着る学生服と、試験や任務、さらには式典で着る正装がある。この正装がキャメロットの学生を「黒衣の騎士」と言わしめる理由だ。そしてデルリネッチ先生がイクスカリバーとカプリコーンを魔法でぬきとる。そして森の中を指差す。
「ただまっすぐ進みなさい。それしかたどり着く方法はない。そして、戦士であることを彼らに示しなさい」
デルリネッチ先生は歩き出す二人に言った。
「先生、あの子達うまく行くかな?」
「どうでしょうかね」
「それにしても先生の教え子好きは変わりませんね。これ、ケイティとユーサーがやった試験と全く同じじゃないですか?アーサーのことを気に入ってらっしゃるのですね」
「彼はなかなか見込みのある男ですよ、ケイさん。ユーサーと同じ雰囲気がある」
アンジェラは昔を思い出してくすっと笑った。アンジェラ・ケイ、旧姓で呼ばれるのは久しぶりだ。
「もう結婚して、ファミリーネームはヘグストロムに変わりましたわ」
「そうでしたな。君の息子のエドワード君は素行こそ最悪ですが、彼もなかなか面白い」
「マーリンって呼んであげて下さい。あの子ファーストネームが嫌いで、よくミドルネームとファーストネームを入れ替えて名乗るの」
そんな話をしていると二人の姿は見えなくなった。
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アーサー達の進む森の中は六月とは思えないほど寒くあたりも暗かった。踏みしめる土も痛がるように蠢いている感じがする。不気味だ。頭上の木の枝が揺れるとルナはしゃがみこんだ。
「アーサー、怖いわ」
アーサーはルナの不安や恐怖を汲み、手を握った。
「僕が付いてるから心配しないで」
ルナはアーサーの腕にしがみ付き、顔を埋めて足取りを合わせる。二、三度転びそうになり、その度にアーサーの腕を引き、彼を巻き添えにしかけた。その度にアーサーは立ち止まり、ルナを励ました。
しばらく進むとアーサー達の右、つまり東の方角に光が溢れている場所がある。目を凝らして見ると、青い淡い光が踊っているようだ。ルナはそれに見惚れてそこに行こうとした。だがアーサーにはなぜかその光がどこか怪しげで不気味に思えた。罠のような気がする。アーサーはルナの手を引き歩き出した。
「あっちに行きましょう。とても楽しそうよ」
「今は特訓中だから後で行こうよ。とにかく今はミッションクリアを目指そう」
アーサーがルナの手を引き、また歩き出すとルナは何だか不機嫌な様子だ。
「ねぇ、アーサー」
「アーサーはジェーンのこと好きなの?」
「!!?」
ルナはもじもじしながらアーサーの背中にしがみついていた。
「今日、ジェーンに会ったの。そしたら彼女ね、アーサーが好き好きってしつこいっていう言うの。私それ聞いたらカッとなって、泣いちゃった」
ルナの切なげな表情は悔しそうにも見える。ジェーンのうまい手口で心の中を見透かされた恥ずかしさと悔しさ、何より自分の本当の気持ちをうまく言えないことが引っかかって当たるのだ。これはルナだけでなく、自分の問題でもあるのかも知れない。
「ジェーンはきっと、僕とルナにもっと仲良くして欲しかったんだよ」
違う。こんな言葉ではない。確かにジェーンがしたことはおせっかいだが、ルナの考えや自分への思いを感じることができたことには感謝している。だがうまく伝えられない。
「僕達、最近口聞いてなかったからきっと心配してくれたんだよ。だからルナを煽るようなことを言って焚付けたんだよ」
アーサーが笑ってみせるとルナは嬉しそうだった。
「そうね。ジェーンは優しい子だもの」
ルナは笑っていた。彼女は心のしこりが取れたような表情だがアーサーには嘘をついた背徳感があった。二人は歩き進めると開けた土地に出た。赤いレンガに重厚な鉄の扉がついた変わった家が数多く建っている。それだけでも変わった光景だが、驚くべきは熊がチュニックの上に綺麗な色の袖の付いたポンチョのような上着を着て人間のように生活していることだ。そして彼らはブリタニア語で会話していた。
「何者だ!?」
二メートルほどある屈強な雄の熊がアーサー達に歩み寄る。あまり有効的ではなさそうだ。
「戦士に認めてもらうために来ました」
アーサーはルナの前に立ち、臆せずに言った。
「ほう、ならばーー」
アーサーの前に大きな剣が突き刺さる。柄の部分には機械が付いていることから何かしらの仕掛けがあると見受ける。機攻剣だ。
「ならば掛かって来い人間!」
振り下ろされた剣を瞬時に避ける。剣は地面を削り、さらにそこを焦がしていた。熊はさらなる一撃を加えんと剣を抜き再びアーサーに襲いかかる。アーサーはルナの手を引き走る。
「逃げるのか!貴様はそれでも戦士を志す者か!」
茂みに飛び込んだ二人に向けて熊が叫けぶ。返事はなく、逃げたようだ。熊が茂みから一瞬目を逸らした瞬間、アーサーは茂みから飛び出し太い木の枝で脳天を力いっぱい叩いた。熊にとって大したダメージではないが熊はアーサーの気迫に驚き、腰を抜かした。
「とーちゃんが言ってたよ。誰にも傷付けられない強い奴よりも、誰も傷付けない優しい奴の方が強いって」
三十年前にも同じことを言った男がいた。この少年はどこかその男に似ている。否、そっくりというべきだ。
「君の名は?」
「僕はアーサー。頭ぶって悪かったな。もう戦士の証はいらないよ」
約三十年前、この熊ベルナルドの父、名はアーサーは今の自分と同じく戦士になる試験をした。
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二十六年前。
「やめだ!やめだ!」
戦士の証を授かる試験を受ける中、ユーサーは我慢ならなくなった。
「貴様!戦士の証を授かる試験を侮辱するつもりか!?」
ユーサーは地面に機攻剣を突き刺し、あぐらをかいた。ケイトリンは恐怖の余り身を縮こめたまま動かなくなっていた。
「クマ公、俺は腕っぷしだけの戦士の証なんていらねぇ」
「貴様!!」
「だってよぉ、戦士ってのは強い奴のことだろう?俺は誰にも傷付けられないお前の言う強い奴よりも、誰も傷付けない優しい奴の方が強いって思うね」
「ほう、誰も傷付けないのは素晴らしい生き方だ。だが闘いから逃げるのは無意味な生き方だ」
ユーサーは立ち上がり大きく息を吸った。
「意味なんていらねぇじゃねぇかよ!そんなモンは今はなくとも後から付いてくるんだよ!」
若干十五歳の少年が三百年培われて来た部族「グリオム」の伝統を否定した時、グリオムの民は彼に敬意を払い傅いた。
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グリオムと交流を深めたユーサーはその後三つの誓いを立てた。三つの誓いはグリオムの伝統らしい。一つは「自分の息子にアーサーと名付けること」これはベルナルドの父、アーサーの人柄(熊柄と言うべきか)に惚れたユーサーの計らいだ。二つ目はまたグリオムの村に来ること。老若男女問わず大人気だったらしい。三つ目はまた息子に来る時には自分の子供たちを連れて来ること。アーサーとルナはベルナルドの家でくつろぎながらそんな話をした。彼らは色とりどりのスカーフに自分の名前を刺繍したものを身につけている。これはユーサーがグリオムを区別出来ない。ややこしい。という理由で考えたもので、今なおグリオムのトレンドらしい。
「脅かして悪かったね。ユーサーは元気かい?一緒じゃないのか?」
ベルナルドはさっきまでとかなり雰囲気が違う。相当な役者だ。
「とーちゃんは今はどこにいるかわからないんです。十年も前に家を出たきりで。でもきっと見つけますよ」
「そうか、きっと見つかるよ。ユーサーは何しでかすかわからない危なっかしさがあるからね。ひょっこり帰って来たりして」
その時、ベルナルドの妻アドリーナが山盛りの料理を持って現れた。
「さぁ、たーんと召し上がれ」
巨大な魚丸々一匹そのままのムニエル、きのことチキンのシチュー、くるみパンなどなどアドリーナの得意メニューだ。グリオムは酪農、畜産などの農業が盛んで安定した供給がある。
さらにブリタニア王国魔法省と友好関係にあり、貿易もしているらしい。
ナイトローブ姿のアンジェラが現れてそのことを話してくれた。風呂上がりのようだ。
「期末試験の個人課題、二人とも合格よ。あとは座学の試験に励みなさい」
アーサーは安心して胸を撫でた。
「それにしても懐かしいわね。私が初めて来てから十三年も経ってるのね」
アンジェラがベルナルドに笑いかけた。ベルナルドも懐かしそうな顔をしていた。三人はグリオムの村に泊まることにした。
「アンジェラ、クリントには会わなくていいのかい?」
アドリーナがアンジェラに言う。
「今は気まずいかも。私達うまくいってないみたいだからさ。あんなやつどうにでもなればいいわ」
料理をたらふく食べてソファでくつろぐアンジェラはなんとなくもじもじしている。 マーリンの父親。まともな人であることを願いたい。ただ、人見知り過ぎてグリオムの森の奥に引きこもっているあたりからそれは期待出来ない。
「アーサー、こいつを風呂に入れてやってくれないか?」
ベルナルドが息子のヘルマンを連れてきた。
「わかりました」
「助かるよ。俺はちょいと用事があってな」
ベルナルドが太い腕に抱えた小熊をアーサーに渡すとその重さに崩れそうになる。
「ルナちゃんはアーサー君の後に私と入りましょう」
アドリーナは食器洗いの手伝いをするルナに言う。アーサーはヘルマンと風呂に入ってかれの剛毛な熊毛を洗い、服を着替えて寝床についた。彼はヘルマンと一緒に寝るようだ。
「アーサー」
「なんだい?」
「僕もおっきくなったらキャメロットに行きたい」
キャメロットには長い歴史の中でヒューマノイド系の人種しか入学していない。おそらく今の伝統を重んじるキャメロットでは難しい。
「でも無理だよね。君たちから見たら僕らは熊だからさ」
アーサーは弱気になり小さくなるヘルマンに、かつて魔力がまったくないという強烈なコンプレックスのせいで前に進む勇気が無かった自分を重ねていた。
「何言ってるんだよ。男がやる前から諦めるな。もしもの時は僕が推薦状書いてやるよ」
「本当に!?」
「あぁ。これが僕と君の一つ目の約束」
グリオムの伝統である「三つの誓い」。アーサーはヘルマンと立てることにした。
「二つ目はまたここに来る。今度は友達を連れてくるよ」
「アーサーの友達ってどんなの!?」
「マーリンって偏屈な奴と、ウィリアムっていう七フィートくらいあるデカい奴、ムサシっていうちっこくて、うるさくて、すばしっこい奴とジュリアスっていう料理上手なお母さんみたいな奴」
「へぇ!面白そう!女の子は?」
「もちろんいるよ。ジェーンっていう何がしたいかわからない奴と、ジャンヌっていう上品な奴。それと僕にはエミリーっていう優しい妹がいるよ」
「すごいや!みんな連れて来てよ!」
「もちろんさ。三つ目は何にする?」
「んーとね、今度アーサーが来る時のお土産は美味しいアイスクリームがいい」
「あぁ。チョコも、バニラも、イチゴも持って来てやる」
アーサーとヘルマンは夜遅くまで話をして楽しんだ。そして二人は寄り添い語り合う姿勢のまま寝てしまった。
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翌朝、ブリタニア本土に帰る二人ににグリオム風のコートとチュニックが贈られた。アンジェラは仕事で今朝早くに帰ったらしい。さらにルナとアーサーにベルナルドからはグリオムの戦士が戦いの際に身につける【翡翠の三日月】が贈られた。グリオムはこれを頭に付けるが、アーサーとルナには首飾りで合った。
「アーサー、ルナ、君たちはグリオムに偉大なる戦士と認められた。強さより、優しさを求める心を忘れずにこれからも君たちらしく精進しなさい」
ベルナルドは二人の首に三日月を掛けた。
「アーサー・ダニエル・ペンドラゴンはグリオムに恥じぬよう精進致すことをここに誓う」
「同じく、ルナ=ガーネット・リル・クライントマン」
二人はキャメロットで習った作法で傅いた。
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「ねぇ、アーサーはどんな約束をした?」
ルナが帰りの船の上で離れていくグリオムたちの島を見つめながら聞いた。
「僕は推薦書に、友達に、アイスクリーム」
「なにそれ?」
「秘密」
「君は?」
「秘密」