ExCALIBUR
ExCALIBUR
ブラッド・グリード襲撃事件から一日が過ぎた。吸血鬼には各々能力があり、「憤怒」「強欲」「怠惰」「色欲」「暴食」「嫉妬」「傲慢」の七つの力は最強クラスで【七つの大罪】と恐れられている。アーサーはそのうち「強欲」のブラッド・グリード、マリーを追い払い、キャメロットに特待生として入学を決めた。だが、彼の前に一つ問題が立ちはだかる。それは彼が生まれつき魔力をからっきし持っていないことだ。キャメロットは高い魔力を誇る少年少女を国家に貢献する魔法使い、または魔法騎士を育てる学校であり、アーサーには場違い極まりないのだ。
「アーサー・ペンドラゴン。とってつけたみたいな名前ね」
キャメロットの総務局長、リオ・ヘスターはこのような特例を見たことがなかった。人間は生まれつき個人差はあるものの魔力を持っていて、全く持たない人間は数少ない。さらに彼は魔法や科学では解明できない謎の力、「王の尊厳」を持ち合わせている。これは、イクスカリバー抜剣により授かった力であるだろう。魔力がからっきしのため「王の尊厳」が入る容量が大きく、強大である。
「アーサー、明日からあなたにはキャメロットに籍を置いていただきます。異論はありますか?」
報告書を読み終え、リオはクッキーを貪るアーサーに聞いた。
「はい。ですが、妹のことはよろしくお願いします」
リオは笑った。キャメロットに特待生として編入することはこの上なく光栄なことであるのだが、このアーサー・ペンドラゴンという男は妹の学費を条件に編入するというのだ。だが、アーサーにはそれくらいなら安いと思わせるような魅力的なファクターがある。彼ほどの強力な「王の尊厳」を持つ者はおそらく百年に一人いるかいないかである。彼を育てあげれば、キャメロットのブランド力も上がり、また多大な戦力になるであろう。
「ではアーサー、もう行ってよろしい。あなたの寮の部屋までの地図はこの端末に転送しておきました」
アーサーは端末を受け取ると、ポケットにしまい、残りのクッキーを幾つか摘んで部屋を後にした。部屋を出るとアーサーは端末を開き地図に従い部屋に戻ることにした。一晩中続いた事情聴取、その後二時間狭いソファで横になった後、キャメロットへの編入手続き。狭いところに押し込められ、ストレスでくたくただった。あくびを一つして歩き出すと後ろから何者かに飛びつかれた。
「へぇ、警戒心ゼロじゃん」
挑発的な女性の声だ。アーサーに絡みついた腕がキュッと締まる。
「君から殺気を感じなかったから」
アーサーが振り向くと、シャツの裾を胸の下で結んで身体をセクシーに、大胆に露出したキャメロット生がアーサーの腕にしがみつき、ふくよかな胸を押し当てている。
「ねぇ、キングがいい?それともダーリンがいい?」
女子生徒はアーサーにこれでもかと胸の谷間を見せつけている。
「なんの話?人違いかな?」
アーサーは面倒になりそうだと野生的な感で察し、シラを切ろうとした。すると女子生徒はアーサーは胸ぐらを掴み自分の方に引き寄せ、キスした。
「なんのマネだ!?」
アーサーは驚き慌てて、すぐに振りほどいた。
「あら?可愛いところあるのね」
女子生徒は子供をあやすような態度だ。
「私はね、お姫様になりたいの。今、キャメロットでは【イクスカリバー】を抜いた男の話題で持ちきりなの。だ・か・ら、私が話題の王様の彼女になってゴシップクイーンになるの!素敵でしょ?目指すは二人でキャメロットのベストカップルよ!」
アーサーはため息を吐き、歩き出した。疲れているし、腹も減っているのに全く面倒臭そうだ。
「ちょっと、釣れないなぁ。可愛くない」
女子生徒は寂しそうに口をすぼめて言った。泣きそうな声だ。
「ごめん。疲れてるし、お腹空いてるから……その………面倒だなって思っちゃった」
アーサーは素直に謝った。父との約束である「女の子を悲しませない」と「素直でいる」を守るためだ。アーサーが女子生徒の顔を覗き込むと女子生徒はアーサーの唇に軽くキスをした。
「からかうな!」
アーサーは顔を赤らめた。
「あなた、とっても正直ね。あたし、気に入っちゃった。今夜、私と晩御飯いかが?ご馳走するわよ」
女子生徒はアーサーに擦り寄り、また腕に胸を擦りつけた。
「そんなの悪いよ。それに今は何よりちょっと寝たいな…………」
「じゃあ、一緒に寝ましょう?朝まで可愛がってあげる」
アーサーはたじろぎ、返答に困った。そしてアーサーが逃げようと後ずさりすると目にも止まらぬ早さで拳銃を引き抜き、アーサーに向けた。だが、女子生徒はイクスカリバーの柄がいつから自分の喉元に向いているのか気付かなかった。もし、ブレードが展開されていたら、女子生徒の首は飛んでいただろう。
「あ、ごめん!ついびっくりして……」
アーサーはイクスカリバーを尻のポケットに押し込み、女子生徒に詫びた。すると女子生徒はアーサーの胸にすがりついた。
「いゃ~ん!アーサーこわ~い!」
「怖いなら引っ付くなよ!!もぅ!!」
「もぅ!!だって。可愛い~」
女子生徒はアーサーの耳に唇を押し当てるように近づけつぶやいた。
「お願い。一緒にごはん食べて。私恥かいちゃうじゃない………」
少し悲しげな声でつぶやかれ、アーサーは申し訳なく思うと、急に胃がしぼむような空腹を感じた。
「わかった。一緒に食べよ。でも僕あんまりお金無いから安いものにして」
アーサーは軽く笑ってみせた。
「心配無いわ。私の手料理をたっぷりご馳走してあげるから」
女子生徒はアーサーの手を引いて早歩きで、自分のアパートの部屋に向かった。彼女は寮ではなく自炊が必要なアパートに住んでいる。だがアパートの自由に時間配分ができるというメリットはキャメロットの学生には人気だ。彼女は「女性はミステリアスであれ」との母の教えもあり、アパートに入居することにしたらしい。彼女の部屋に入るなり、アーサーは椅子に座らされた。テレビを見るかと勧められたが、なんとなく見る気分ではなかったので断った。十五分くらい経つと、疲れのせいか瞼が重くなってきた。アーサーは抗えず鉛の瞼を閉じると頭がこっくりと下がった。しばらくして食欲をそそるいい匂いが鼻をくすぐると同じ体勢で暫くいたせいか、尾?骨のあたりにやんわり痛みを感じながら目を開けた。
「ダーリン、お待たせ。ジェーン特製のミートボールのスパゲティ、カッテージチーズとチリペッパーのサラダそれと実家から届いたソーセージよ。デザートには昨日作ったレモンのシャーベットがあるから、たーんと召し上がれ」
アーサーはこの時、女子生徒の名前がジェーンであることを知った。もし、彼女が「ジェーン特製」と言わなかったら彼女のいないところで「おっぱいさん」とでも呼んでいただろう。名前を聞く手間が省けた。
「おいしいよ。とってもおいしい」
アーサーは心配そうに覗き込むジェーンに「心配ないよ」の代わりに言った。するとジェーンは嬉しそうにアーサーの口の横についたスパゲティのソースを薬指で拭いた。アーサーは食事の間あまり喋らなかった。食事をおろそかにしてしまいそうなほど眠かったのだ。何度もスパゲティに頭突きをしそうになり、何度もソーセージを鼻に入れそうになった。最後のソーセージを食べ終わるとアーサーのお腹は満タンでもはやデザートが入る余地すらなかった。そして彼は食事に満足し、また座ったまま眠ってしまった。
「もう、こんなとこで寝ちゃって。風邪ひくわよ」
ジェーンはアーサーの分のシャーベットをまた冷蔵庫に入れた。
柔らかな日差しに照らされアーサーは目を覚ました。アーサーの顔は柔らかく、暖かいものに潰されていた。アーサーは顔の横のそれに目をやると女性特有の二個一対の胸部の膨らみ、つまりおっぱいがあった。アーサーは驚きジェーンから離れようとするとベッドから転げ落ちた。その時ベッドのシーツを掴み落ちてしまった為、テーブルクロス引き失敗の用量でベッドから落ちてきたジェーンの胸にまた顔を潰された。
「もう…甘えん坊なんだから」
ジェーンは目を覚ますと嬉しそうに言った。アーサーは起き上がりジェーンの肩を掴んだ。
「一体全体、僕は昨日何をしてたんだ!?僕は何もしてないよな!?僕は昨日の晩御飯を君と一緒にご飯を食べたんだよな!?」
するとジェーンはアーサーのシャツの襟を掴んで顔を引き寄せた。
「アーサー、恋は何気ないきっかけで始まるのよ」
ジェーンがキスをしようと唇をすぼめるとアーサーはジェーンから離れた。その時、インターフォンが鳴った。ジェーンが胸を大きく開けた寝間着のまま玄関の客を迎えると聞き覚えのある声がした。
「アーサー!!!」
エミリーの声だ。少し怒りが混じった自分の妹の声にアーサーおっかなびっくりして玄関に向かった。
「自分の妹を放っておいてセクシーお姉さんと一晩過ごすとは何事ですか!ちゃんと説明しなさい!」
エミリーは近くにあった箒を槍のように構えた。幼い頃、エミリーは母から槍を、アーサーは父から剣を護身術として教わった。エミリーは普段は大人しいのだが、稀に激しく怒ることがある。そのうち大概がアーサーに関することで、理不尽が許せなかった父と母がしていたようにお人良しのアーサーを律することだ。だが、今回はアーサーは理不尽を受けた覚えがない。今のエミリーには言葉が通じない。一旦逃げて状況を整理しよう。アーサーは走り出した。
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「あぁあ、なんかおもしれーことねぇかなぁ」
ジュリアス・ガイアスは寮の同室のムサシ・ミヤモト、ウィリアム・テルを従えて中庭をぶらぶらあてもなく歩いていた。キャメロットでは戦闘能力に応じて対吸血鬼戦に学徒兵として出撃でき、学徒兵の任務は大抵が国家騎士団の支援で戦闘は主にポーン級の掃討である。だが、ジュリアスをはじめ、ムサシ、ウィリアム、そして今、キャメロット進学説明会で最優秀学生として紹介されているマーリンはそれでは物足りない。いずれは騎士となる学生であるのに実戦では訓練よりはるかに簡単な戦闘しかできない。ジュリアスはこれがもどかしいのだ。喧嘩でも試合でもなんでもいい、自分の実力をフル活用して戦いたい。彼はそう願っている。
「待ちなさいアーサー!!」
「誤解だ!エミリー!!」
「愛の逃避行よ!!」
「誤解されるようなこと言うなよ!!」
ジュリアスは見覚えのない二人とカラミティ・ジェーンが駆け抜けていくのを横目で見た。
「イクスカリバーかのぅ?なんじゃ貧弱そうな奴じゃ」
ムサシがあくびをして噴水広場の芝生に寝転んだ。彼は肩のあたりまで伸びたくせ毛を後ろで一つに結んでいる。そのプラプラ揺れる髪を邪魔くさそうに手で払い寝返りをうった。
「昼間っから楽しそうで何よりじゃ。キャメロットはオドレらみたいに変なのが多いからのぅ」
ムサシはあたかもジュリアスとウィリアムのことを言っているようだ。
「誰のこと言ってんだ、テメェ」
ジュリアスは彼特製のパストラミのサンドイッチが入ったバスケットを芝生の上に置き、あぐらをがいて座った。
「確かに変な奴多いな!みんな変だ!ははははは!」
ウィリアムは長身と大きな声、それにぴったりな豪快な性格でクラスメイトから「ジャイアント・ウィル」とからかわれているが彼はからかわれているとは思っていないらしくその異名を気に入っている。
「お前は図体も声もでかいんだよ、ジャイアント・ウィル!!」
ウィリアムは大笑いして寝転んだ。
「まったく、男三人でピクニックしたがるジュリィは変な奴じゃ」
ムサシはまた寝返りを打ち、サンドイッチを摘んだ。胡椒の効いたパストラミ、シャキシャキとした玉ねぎとレタス。隠し味のレモンが決め手のマヨネーズソースが絶品な一品だ。
「お前が女なら嫁に来てほしいくらいじゃ。そんくらい美味い」
「ははははは!!ジュリアスはかわいいからなぁ!!」
「お前ら勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」
ジュリアスは中等部の頃から何度かムサシとウィリアムの自由主義に嫌気がしたこともあったが、どうしても彼らから離れられなかった。誰といるよりも彼らといるのが楽で心地がいいのだ。そして腐れ縁だと諦めた。彼らは頭が良くない分素直でジュリアスに誠実なのだ。
「マーリンおらんと盛り上がりに欠けるのぅ」
「ははははは!!マーリンはおもしれーからなぁ!!」
ジュリアスは二人に舌打ちをした後、アーサーの方を見た。彼は箒を持った少女と一進一退の攻防を繰り広げている。「イクスカリバーも大したことないな」
ジュリアスがそう思い、落胆混じりのため息をついた。
「おうおう、なんか賑やかになってきたのぅ」
ムサシがいつもと変わらぬ気の抜けた茶化す声で言った。彼の見ている先でアーサー達はキャメロットで幅を利かせている不良グループ「スパイクス」に囲まれていた。
「なぁ、ジュリィ。もしかすると合法的にチャンバラができるかもしれんぞ」
ムサシの言葉を合図に三人はアーサー達の方に走り出した。
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それは突然起きた。アーサー以外の他の人間ならまだ予測できたかもしれないが、彼は考えもしなかった。自分はありきたりで平凡な存在だと思い込んでいたのだ。だが、キャメロットの学生にとって、ジェーンにとってそうであったようにイクスカリバーを抜剣したアーサーは羨望や嫉妬、興味などを向けられて当然なのだ。そしてそれらの中にはアーサーを良く思わない連中もいる。今、アーサーの前に立ちはだかる不良、ロッドもその一人だ。
「イクスカリバーだかなんだか知らねーが、魔力がからっきしなんだとな」
「どうせイクスカリバーを抜いたのもたまたまなんだろ?」
「落ちこぼれになる前にキャメロットからでてけよ」
ロッドの取り巻き達は各々アーサーに罵声を浴びせた。
「そこの田舎くせぇ妹と早く帰っちまえよ」
ロッドは自前の斧型のヴァッフェルガングを展開し肩に担いだ。
「悔しかったらイクスカリバー抜いてみろよ。お前らみたいな弱者は吸血鬼のエサになってくれりゃいいんだよ」
その言葉が発せられたとき、アーサーの脳裏にマリーの恐怖と怒りがこみ上げた。そして彼はエミリーの箒を奪い、ロッドの脇腹に一撃を見舞った。
「君らに三つ言いたいことがある。一つは次、妹をバカにしたらこの程度では済まないと思え。二つ目、君らの発言はキャメロット生にしては低俗すぎる。自分自身のためにも撤回しろ。そして三つ目、最後だからよく聞け。僕は理不尽な暴力は嫌いだ。君らに分かりやすく言ってやる……」
ーー弱い者いじめはしたくない。
圧倒的に不利に見える状況下、アーサーはロッドに言い放つ。ロッドはついにキレた。そしてロッドはアーサーの腹部に手袋を投げつけた。騎士が決闘を申し込む作法だ。
「決闘だ、イクスカリバー」
「君一人じゃ勝ち目はない。やめておけ」
ロッドはにぃと不敵な笑みを浮かべて顎をしゃくり、仲間に合図を出した。十五人以上はいるであろうロッドの取り巻き達はヴァッフェルガングを展開した。
「誰がタイマンなんて言った?」
アーサーがエミリーとジェーンの前に立ち、イクスカリバーを展開した。
「待てい!!」
ムサシが叫けぶと一同が彼に注目した。
「イクスカリバー、オドレ一人じゃアレじゃろうからその…………アレだ。助太刀いたす!」
「口下手かよ」
「ははは!男は心で通じればいいな!」
三人は各々のヴァッフェルガングを展開していた。ジュリアスはガントレット型のヴァッフェルガングを両手に装備、ウィリアムはクロスボウ型を担ぎ、ムサシは両手に刀型を持っている。
「イクスカリバー、ヴァッフェルガングの柄に付いてるツマミをトレーニングモードにしろ。じゃないとホトケさんこさえることになるぞ」
アーサーはウィリアムの言うようにヴァッフェルガングのツマミを回した。ジュリアス一同はアーサーの元に集まり武器を構える。
「ウィル、ジュリィ、【風林火山】じゃ」
早きこと風の如し、静かなること林の如し、攻撃すること火の如し、動かざること山の如し。ムサシが生まれた国の兵法の一つで戦闘の理想とされるフォーメーションだ。ムサシは静かに刀を構え、息の音すら聞こえない静寂の中にいた。三人のスパイクス構成員がムサシに武器を向けた瞬間彼はまるで二本の刀と手が繋がっているように正確無比で、さらに重心移動や遠心力を物理学の観点から見ても合理的に活用した回転攻撃でなぎ倒した。一方ジュリアスはムサシのようなロジカルな戦いはせず、真っ向から己の全身全霊の拳で敵をなぎ倒した。一撃一撃は重く、またマシンガンのような連打は全てを焼き払う炎を連想させる。ムサシは「静」、ジュリアスは「動」の戦法だ。そして、どっしりとクロスボウを構え、彼らの戦いを優位にする矢を放つのはウィリアムだ。彼は自分が足を置いた場所からは一切動かず、ムサシとジュリアスの取り零しを彼らに近づけないようにしている。訓練された見事なコンビネーションだ。
「イクスカリバー!!親玉はお前にくれてやる」
ジュリアスはアーサーの型を軽く押した。
「アーサーだ。僕はアーサー・ペンドラゴン」
アーサーは肩越しにジュリアスに言う。
「アーサー、頼んだぜ」
ジュリアスの言葉にアーサーは深くうなづき、ロッドに飛びかかる。
ロッドはアーサーの強烈な一撃を躱し、重力魔法で威力を増大した斧を振り下ろした。アーサーはその斧をイクスカリバーで受け止めた後、剣を流した。すると斧は刃の上を滑り地面に刺さった。アーサーがそこに一撃を浴びせようとするとロッドは魔法で強化された足でアーサーを蹴り上げた。アーサーは後ろに飛んだが、すぐに体制を整えた。だが、ロッドは攻撃の手を緩めない。彼は火炎魔法で火球を作りアーサーに向けて放った。勝った。自分が放つタイミングを計っていた特大火球がアーサーに放たれた。いくらイクスカリバーでもこの特大火球は防ぎきれまい。するとアーサーは剣を下ろし左手で火球を握り潰した。特大火球はシャボン玉が弾けるように数千の火の粉と化した。
「他の人に当たったら危ないじゃないか!」
アーサーは金色の瞳をロッドに向け咎めた。恐らく彼は自分のしたことに自覚がない。彼は知らず知らずのうちに王の尊厳を解放した。ロッドは少しひるんだ。同時に初めて見る王の尊厳の力が自分より格下の魔力保持者にあることに苛立った。ロッドは斧をがむしゃらに振ったが、中に浮いた紙のようにアーサーは全ての攻撃を躱した。
「なんで当たらねぇんだ!!」
アーサーはロッドの斧を蹴り上げ、弾き飛ばした。そしてみぞおちに掌底打ちを叩き込んだ。ロッドははらわたを吐き出しそうになり膝をついた。
「もうわかっただろう。君は僕に勝てない」
金色の瞳がロッドを睨みつけるとロッドは動けなくなった。周りに目をやると彼の仲間たちは一人残らずのびていた。
「ちくしょう!覚えてやがれ!」
ロッドはふらつく足で逃げていった。アーサーがイクスカリバーを収めると右肩にずっしりと重みを感じた。
「お前スゲェな!ははは!俺ウィリアム!ウィリアム・テル!ジャイアント・ウィルで通ってる!あっちがアイアンフィストのジュリアス、でその向こうのちっこいのがダブルソードウルフのムサシ。よろしくなイクスカリバーのアーサー」
「そのコミックのヒーローみたいなのやめろ!恥ずかしいだろ!!みんながみんなジャイアント・ウィルじゃねぇんだよ!!!」
「二刀流の狼…………悪くないのぅ」
三人が笑うのでアーサーも笑ってみた。悪い奴らではなさそうだし、なんだかさんにといれば面白そうな気がした。アーサーが自己紹介しようとすると三人は何かから一目散に逃げた。
「あなた達!一体何の騒ぎ!?」
キャメロット総務局局長リオ・ヘスター、生徒指導局局長イグナシオ・ベンパーに風紀委員の面々が押し寄せた。彼らはこれを察知したのだろう。この後、アーサーは一時間たっぷりしぼられた。
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説教が終わるともう日が暮れていた。喧嘩をするとロクなことがない。アーサーはため息を吐いた。
生徒指導室を出るとエミリーがベンチに座り待っていた。
「アーサー………」
エミリーの声は昼間と違い寂しげで申し訳なさそうだ。
「私……本当にアーサーがキャメロットに入学したことが誇らしいわ。だけど…………」
エミリーは嗚咽しながらすすり泣いた。感情が込み上げているのだ。
「アーサーがいなくなるのがすごく寂しいの………」
彼女の潤んだ瞳は今まで気づかないでいたアーサーの彼女を一人にしてしまう背徳感を駆り立てる。アーサーはエミリーの肩をぎゅっと抱きしめた。
「休みには会いに行くから」
ペンドラゴン兄妹はこの時心で通じ合い、それ以外の言葉はいらなかった。
「頑張ってね、アーサー」
エミリーは涙を拭き笑って見せた。その後、アーサーはエミリーをバス停まで送り二人はお互いが見えなくなるまで手を振った。日も完全に落ち、キャメロット校舎を中心に広がるキャメロット学園都市の上に広がる空を星が飾る頃、アーサーはこれから自分が生活する男子寮の312号室の前に着いた。軽く二回ノックすると、中にはムサシ、ウィリアム、ジュリアスの三人がいて、テーブルには大量のスナック菓子。そして後ろの壁には「アーサー、ごめんね」の文字が書かれた張り紙。昼間のことを彼らなりに反省し、ごめんねパーティを開いたのだろう。
「その……怒ってるか?」
ジュリアスが申し訳なさそうに言う。
「かんかんだ」
アーサーは笑いながらカバンを下ろした。すると奥からもう一人生徒が現れた。ジュリアスたちとは雰囲気が違う上品な生徒、マーリン・ヘグストロムだ。
「これから一緒に生活する仲間だな。よろしくね。アーサー・ペンドラゴン」
マーリンはアーサーと握手をした。キャメロットでのアーサーの生活が始まった。