第76話・泣いた赤い子
これからも、よろしくお願いいたします。
内容の関係で、少々、長くなってしまいました。
ご了承ください・・・・・
『何も思い出せない。』
それが彼女から聞けた、彼女に関する唯一の情報だった。
気がついたらこの森にいて、ボロボロになっていたとの事。
それ以降、自分に襲い掛かってくる者をすべて殲滅しており、最近は不安から近くにいただけでも、対象を抹殺するようにしたらしい。
なんかすごいな・・・・・
さっきの、レッドウルフも、倒れていたという男二人も、きっとそれに巻き込まれたのだろう。
それはともかく。
呼ぶとき不便なので、せめて名前くらい思い出せないのかと、聞いたのだが無駄だった。
名前も、自分の種族さえも分からないらしかった。
別れ際にアリアに聞いた、魔族の特徴である『胸部の魔石』があるので、まず間違いないと思うが、いかんせんこの子はおとなしすぎる。
危険って感じはしない。
魔族は残忍で野蛮な種族と聞いていただけに、拍子抜けしてしまう。
さっき襲ってきたのも、ただ自己防衛のためだ。
この子は、俺の目には、ただの迷子にしか見えない。
記憶喪失を治す魔法って言うのは無いから、それまではどうしようか・・・・・
放っては置けないし、屋敷にでも置こうか?
本当は、最強の治癒魔法をかければ治るのだが、カイトは幸いにもこれに気がつかなかった。
もちろん、危険はカイトも承知している。
だが、先ほどの彼女の言葉で、そんな不安な気持ちも、どこかへ吹き飛んでしまったのだ。
『私は、まぞくって言うんでしょ? まぞくはあなたみたいな人たちを襲う者なんでしょう?? もし私に記憶が戻ったら、あなたにとって危険な存在になってしまうんじゃないの?』
と、不安そうな顔で言ってきたのだ。
そんな消え入りそうな口調で言われたことに、カイトの庇護欲は、とてつもなくかきたてられていった。
確かに危険なのだが、彼女の口から出てきたそんな言葉に、リスクという三文字は、彼方へ吹き飛んでしまった。
「大丈夫、心配するな。 そのときは俺がどうにかするから!!」
カイトの楽天的思想の炸裂で、このとき、ベアルの領主邸はトンデモない爆弾を抱えることとなった。
さあ、行こうとその魔族(?)の女の子に手を差し伸べ、立ち上がらせた。
辺りはもう、真っ暗だ。
アリアたちに大変な心配をかけてしまっていることだろう。
そのとき、街道の方から赤毛の少女が出てきた。
ノゾミである。
山脈の真ん中辺りの街道に転移させられた彼女は、大急ぎでここまで走って向かってきていた。
カイトが負けるわけは無い。
でも、万が一・・・・・
そんなことを考えると、自然と全力疾走になっていた。
そして今、やっとのことで今、戻ってきたのだが・・・・・・・・・
そこには、自分たちを襲ってきた魔族の手を引く、ほかでもないカイトの姿があった。
「カイト、その子は?」
「ああノゾミ、帰ってきたのか。 早く帰ろう。 もうだいぶ暗くなっちまった。」
「そういうことじゃないよ! その子は魔族だよ!? アリアちゃんも言っていたじゃない!! 『魔族は、見つけたらすぐに殺さなきゃダメだ』って!!」
ノゾミのその言葉にビクッとする魔族少女。
ノゾミは、信じられないといった風に、カイトに問い詰める。
なだめるように、カイトが魔族少女の頭をさすった後、何事も無いようにノゾミへ言葉をかけた。
「この子は、記憶を失っていてさっき攻撃してきたのも不安だったからみたいなんだ。 もう安全だよ。 放っておけないし、ベアルにつれて帰ろうと思って。」
「そういうことじゃないでしょ!? カイトは、魔族を討伐するために、ここにいたんでしょ!? それを安全だからって、どうして倒さないって言うの!?」
ノゾミのその言葉に、むっとしたカイトは、即座に反論した。
「俺は、ただ無差別に殺すだけの、殺人鬼じゃない!!」
「そういうことを言っているんじゃないよ! さっき、こっちに向かってきたレッドウルフは倒したのに、どうしてこの子は倒さないの!? 安全で言うなら、あのウルフたちだって倒す必要なかったじゃん!!」
レッドウルフたちは、この魔族少女の攻撃から逃れるために逃げていた。
ノゾミの言うとおり、倒す必要は無かった・・・・・・
「やつらは目的が見えなかったから、倒したんだ。 この子はやつらと違って心もあって・・・・・」
「討伐依頼を受けたら、必ず倒す。 人間は倒すより捕縛したほうが報酬が高いから殺さない。 私だってそう。 私がシェラリータでカイトに殺されなかったのは、『討伐』じゃなくて、『狩猟』目的だったからだって、そう思っていたのに・・・・・」
目に涙をためるノゾミ。
カイトには、ノゾミがどうして今、こんな話をしているのかが、まだ分かっていなかった。
魔族少女は、二人の突然はじまった言い合いに、ただただ、オロオロとしていた。
「ノゾミ、俺がこの子を殺さないのは、感情があるからだ。 盗賊の討伐依頼であいつらを殺さないのも、同じ理由だ。 心があれば、いつかきっと分かり合える、そう思って・・・・・・」
ここまで言葉を発したところで、カイトは言葉を詰まらせた。
ノゾミは、王都でも見せたことがないぐらい、悲しげな表情で泣いていたのだ。
「そっか・・・・・だからあの時、私にこれを渡してきたんだね・・・・・・」
そう言って、ノゾミが懐から出したのは、討伐証明証。
俺とノゾミが、シェラリータから王都へ向かう際に倒した盗賊たちの、その討伐証明証だ。
王都へ入った後、俺はこれを、ノゾミにやった。
人を殺してもらう、というのが気が進まなかったからだ。
「まだ、それを持っていたのか?」
俺の質問に、ノゾミは質問で返してきた。
「ねえ、カイト。 教えて? 私がカイトの傍にいられるのは心があるからなの? それとも私はカイトのペットなの?? それとも別の理由?? 教えて、カイト。」
それは・・・・・・と、言葉を詰まらせるカイト。
回答をするまでの十数秒は、人の一生くらい、長く感じた。
「ノゾミ、俺がお前を傍においているのは、お前と話していて楽しいからだ。 魔石を食っちまった後、お前は感情豊かになって、俺とも話せるようになって・・・・・」
そう言って、左手をノゾミへと差し伸べるカイト。
しかし、ノゾミがこの手をとることは、無かった。
「魔石を食べちゃう前だって、私にも感情くらいあったよ!? 今まで倒してきた動物や、魔物たちにだって感情はあったんだよ!? 知ってる? さっき倒したレッドウルフたちも、怖い、逃げなきゃ、死にたくないって言っていたのを?」
ノゾミには、今まで倒した動物や魔物たちの言葉が、感情が分かっていたのかもしれない。
今まで、カイトはそんなことなど考えたことも無かった。
カイトは、ここに至ってようやく、なぜ自分が、ノゾミから問い詰められるのかが分かった。
「すまん、ノゾミ。 今までそんなこと考えてもいなかった。 これからは、意思疎通が図れそうな相手には・・・・」
まだ、カイトは分かっていなかった。
自分の行動の矛盾に。
だから・・・・・・
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ズドオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーンンンン!!!!!!
ノゾミに、全力のパンチを食らった衝撃で、木を十数本なぎ倒して静止したカイトの体。
その衝撃で、動かなくなった体は、ちっとも言うことを聞いてくれない。
「ま・・・・・・待て、・・・ノ・・・・・・ゾミ・・・・・・。」
そうしている間にも、ノゾミの姿は暗い森の中へと消えて行った・・・・・・・
カイトは、あまりに余裕が無くて、転移では山脈の中腹までノゾミを送ってしまっていたようです。
こんな短時間で戻ってこられたのも、彼女がもともと、トビウサギという足の速い種族であることに由来します。
先日、当作品の『ここ、おかしいよ?』を指摘くださった方々、本当にありがとうございました。
この話も、そういった経緯で誕生しました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします!!




