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オタクはチートを望まない  作者: 福島 まゆ
第15章・バオラ帝国
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第335話 始まりの場所

 成り行きで、国境を接した帝国に鉄道を敷くこととなったカイト。

しかし耕作にも向かない土地にばかり縦横無尽に敷かれた、鉄道モドキを、よりしっかりしたものに作り替えよという無理難題に、早くも『無理』の二文字が頭をよぎった。

「カイト様、何かお飲みになりますか? 紅茶ならすぐお出しできるとのことですが」

「緑茶が良い…」

「りょ、リョク、茶??」

 連れてきたメイドの気遣いに、思わず無理難題をふっかけるカイト。

あれから半日かけて鉄道モドキを観察してみたが、もう空でも飛ばしたらいいんじゃないかと思ってしまうほど、どこも結果は散々だった。

自分で作るんじゃなくて、日本に帰って緑茶でも飲みながら旅をしたい。

あまりの絶望的状況に、カイトは軽くホームシック状態になっていた。

「すみません、リョク茶というのは、どういったものでしょうか?」

「あ…ごめん」

 だがここは日本ではないし、緑茶なんて存在しない中世風の異世界だ。

すぐに謝って水を持って来るよう言いつけると、ションボリと耳を垂れさせた彼女はかしづいて部屋を出ていった。

「ああ…俺は何やってるんだ」

 この世界に来る前、女神に『転移か転生か』と言われ、この世界に来ることを選んだのは自分自身だ。

しばらく忘れていたのに、さっき皇太子に『この国は貧乏じゃないか』と言ったことが悔やまれる。

結局、自分の生まれ育った国を一番忘れられないのは自分ではあるまいか。


―帰りたいですか


「誰っ!??」

 部屋のどこかで、聞いたことない女性の声がした気がした。

しかし部屋の中には自分一人で、周囲に誰かが潜伏しているような様子もない。

ホームシックが過ぎて、幻聴が聞こえたのだろう。

空耳だろうと、今日まとめた書類に手を伸ばそうとして、フッと何もなかったように消えてしまった。

「!?」

 いや書類の束だけではない。

世界という世界、カイトの周りのすべての景色が白く塗りつぶされ、そこにあった全てを消し去った。

その中にあってカイトと目の前に現れた女性だけは、塗りつぶされずに在った。

既視感ある世界に、カイトは驚くことなく居るはずの人物に質問を投げた。

「急に何の用ですか、女神さ…誰っ!?」

 カイトの前に居たのは、いつもの女神さまではなかった。

驚きを隠せない彼を前に、白いベールに身を包んだ女性はにこりと微笑み、小さく会釈した。

「まずは初めまして―、鈴木海人さんですね?」

「神様っていうのは、全部の世界の住人全員の顔を知っているものなんですか」

「まぁ私たちは、そんなに暇ではありませんでしてよ?」

 クスクスと可笑しそうにしたが、彼女の目は少しも笑っていない。

死んでも居ないのに、この世界へ来たのは初めてだ。

いやな予感で、カイトの背中が嫌な汗でぬれていく。

「私は万能の女神アテナ…名前ぐらいは聞いたことがありますでしょう?」

「いや、知らない」

 カイトのあまりの即答に、一瞬だけ表情が変わったような気がしたが、ほとんどおくびにもかけず体裁を直して、再び淡々とした口調に戻るアテナ。

「そういえば、あなたはとーーっても無知な日本人でしたね、失念していましたわ」

「日本は、関係ないだろ?」

 語気を強くして、アテナと名乗った少女に仏頂面する。

しかし彼女はカイトの怒りすらも受け流し、ふわりとした様子でカイトに質問をした。

「そう怒らないでください。 その日本に、帰りたくはありませんか?」

「え、日本に??」

 思いもかけない言葉に、カイトは呆気にとられた。

『あの』女神には決して帰せないと言われた、日本に帰れる?

アテナはさも面白そうにカイトを見下し、笑みすら浮かべていた。

「それは一度来たのですもの、帰ることが出来るのは当然ですよ」

 おかしい、絶対にオカしい!

でも、もし本当に帰れるとしたら…

その瞬間、カイトの脳裏に『こちらの世界』で出会った人たちの顔がよぎる。

 もし帰ったら。

「海人さんに興味がおありのようで何よりです。神聖なる天界に、生きた人間をわざわざ呼んだ甲斐があったというモノですわ」

「でも最初に会った女神には! 俺は確かに死んで、それでこっちの世界に来るなら生き返らせると言われたんだ。 こっちじゃそうでもないのかもしれないけど、地球じゃ死んだ人間が生き返ったら、とんでもないことになるんだ!!」

 帰りたいという衝動をなんとか抑え、バクハツしそうになる感情を、カイトは自分の理性でギリギリ封じる。

そんな彼の感情を逆なでするように、アテナは大きく手を広げ、胸の前で組んだ。

「あの無能は、そんな残酷なことを言ったのですね」

 ツツ・・・と涙を流し、大げさにアテナが嘆き悲しむ。

女性の涙というものに男は弱いものだが、どうしてかこの女のそれは、同情より恐怖の感情が沸き起こった。

アテナはひとしきり悲しんで見せてから、涙を拭きながらもカイトに向き直り、話を続ける。

「ご安心ください。人の記憶など、ただの情報の集積にすぎません。あなた1人の生き死になど、どうにでも丸め込んであげましょう、なにせ私は神ですから」

 先ほど涙を流していたのと同じ人物とは到底思えない冷たい瞳が、カイトを写し込む。

カイトの予感は、悪い意味で的中したようだ。

「記憶の、改ざん・・・・・?」

「ご名答! あんな女神に言いくるめられる位なのでお馬鹿かと思ってましたが、少しは頭が回るようですね」

 明らかに小バカにしたように、くすくすと笑うアテナ。

なにが、そんなにおかしいのか。

カイトの無言を、何かの肯定と勘違いしたのかアテナは、楽しそうに話を続ける。

「自分で言うのもなんですが、私は何でもできるんですよ。学問は世界のすべてを知り、技術は超一流、父神ゼウスからただ一人、雷霆を使うことを赦され、ペルセウスに勝利をもたらしたのも、私なのです!」

 ナルシスト女神は、グンと胸を張って自分をそう紹介する。

無知なカイトでも、『ゼウス』の名は、どこかで聞いたことがあった。

これ以上関わったら、ロクでもないことになるのは目に見えている。

「俺のことは、もう結構です! ご用件がなければ、これにて失礼します」

 日本に帰りたくないか?

否、帰りたくないわけがない。

ある日突然死んで、友達にも親にすらお別れ一つ言えず(ついでに鉄道すらない)、別の世界へ来てしまった事は、未だに何処か浮世離れしていて、目が覚めたらすべて夢でした!

…などという事を、何度も夢見て。

そのたびに今いる世界もまた、『現実』であるという事実を、カイトへ突き付けた。

  

やっと、受け入れたのだ。


 もう日本でのことを夢見ることも、ほとんどなくなった。

死んだ人間は生き返らない、―生き返っては、ならないんだ。

本当は。

「そう結論を急がないでください海人さん、死んだことに『ひけ目』を感じているなら―あなたは既に、こちらの世界でも何度も死んでいたはずですよね?」

 カイトの心臓が、ドクンと高鳴る。

アテナはニマーッと口角を吊り上げ、彼に眼前に立った。

「過ぎたことをとやかくは言いません。 でもね、私は何ごとも完璧であるべきだと思うのです。 世界を回すために人が生まれて、その人なりに適当な人生を全うし、子孫を残し死ぬ。 それが繰り返されて世界は回っていくのです、分かりませんか?」

 何でもない事の様にサラッと言ってから、アテナは鼻が付きそうなぐらい顔を近づて、カイトを見下ろす。

「すべての生物は、囲われた一つの世界の中だけで生きて死んで、また生まれて輪廻します…ハッキリ言って『この世界』にとってあなたという存在は、どうあっても『異物』でしかないんですよ海人さん」

「・・・っ!!」

 これまでのカイトの全てを否定するようにそう言い切ったアテナは、だから、と声色を柔らかくする。

「ですから、あなたには日本にお帰り願いたいんですよ。 むろん魔法なんかは使えなくなりますが…ある程度は融通しますよ? スポーツ選手並みの基礎体力とか、あるいは驚異的な頭脳とか? あちらの世界での『ある程度の常識』に逸脱しすぎない範囲ならいくらでも」

 それは『完璧』に固執する彼女にとって、最大限の譲歩なのだろう。

今まで、一度だって帰れるなどと考えたこともなかった。

しかし今、もしかしたら。

そんな淡い期待が過った刹那、それを振り払うようにカイトは首を横へ降った。

「やっぱり俺は、貴方を信用できません。というかそもそも、貴方が神かどうかわからないわけですし」

 そもそも彼女が神かどうかすら、カイトには関係ない。

自分にはアリアが居る、ノゾミやヒカリ、メルシェード達もいる。(一応ダリアさんも…)

日本に帰る方法があろうと無かろうと、最初からカイトの気持ちは決まっていた。

「俺は帰りません、そんなにすごい女神様なら、むしろ世界の方を丸め込んでほしいです」

「―っ」

 ナルシスト女神は、明らかに不機嫌な様子で、ギュッと唇をかんだ。

しかしそれも一瞬で、すぐ口元を引くつかせながら柔和な笑顔を作る。

「どうあっても、元居た世界に帰る気はないと」

「戻りません!」

「貴方のご両親が今、あなたのせいで大変なことになっているとしても?」

「―えっ?」

 

 カイトが呆気にとられたのと、景色が暗転したのは同時だった。

その刹那の一瞬、ナルシスト女神は「興味を持ってくれてありがとうございます」と、これまでで一番御笑顔でカイトを送り出していた。

カイトが瞬きをする間に周りの景色がすっ飛び、見慣れた景色へと変わる。

「2番線、電車が参ります。黄色い点字ブロックまでお下がり下さい」

「―えっ!」

 

 カイトは、異世界転移するキッカケになった駅のホームに立っていた。

服装は高校の時のまま。

刹那に理解する。







―自分は、異世界転移する直前の日本に戻ったのだと―







本話にて、オタクはチートを望まない は終了となります。

これまで読んでくださり、本当にありがとうざいました!

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