第334話 手抜き工事
決闘裁判とやらから一晩が過ぎ、カイトたち一行は兵士の警護のもと、帝国のある場所へと連れてこられていた。
いや、これは『警護』ではないだろう。
俺達が逃げたり変な素行を見せないかを、見張られているのだ。
昨日の今日で歓迎されるとは思わないが、それにしても居心地は悪い。
せめてアリアたちを安全なベアルへ送還したいところではあったが、「私にはカイト様を補佐する使命がある」と言ってきかず、アリア含め魔族のヒカリ、トビウサギのノゾミに獣人のメルシェードと、ドラゴンのダリアさん。
お決まりの5人で結局、帝国兵による監視のもと行軍している。
最初こそ気が気ではなかったが、ようやく着いたらしい目的地を前にして、カイトの感情は沸騰するように沸きだった。
皇帝の名代として同行しているギルバートが、腕組みをして質問してくる。
「貴公には、この『テツドウ建設現場』はどう映る?」
「えっ・・・今なんと?」
信じがたい言葉に、カイトは絶句する。
いやそれより、目の前の光景に目を疑った。
地面にじかに、ぐにゃぐにゃに曲がった二本の棒が横たわる。
一応は金属っぽいが、重さのせいか半分以上が地面に埋まり、今にも完全に埋没してしまいそうだ。
すぐ近くに建物が建っているが、これが駅だろうか。
列車が発着するはずのホームすらないのは、どういう事か。
「いやいやいや、これが鉄道!? 枕木ないからレールは沈んじゃってるし、駅はただの小屋だし…っていうか列車は?列車はどこ!?」
カイトの見える範囲に、それらしきブツは見当たらなかった。
これだけの有様を見せられれば、嫌な予感しかしないが…。
ギルバート皇太子は彼の豹変ぶりに驚きつつ、現場指揮をさせられていた、如何にも不健康そうなでっぷりと太った禿頭の男の肩を叩いた。
「詳しいことは、この者が説明する」
「こ、このたび栄えあるバオラ帝国輸送革新事業陣頭指揮を命ぜられましたグレムゾンと申します!皇太子殿下ならびに隣国大公殿下に置かれましては…」
「挨拶はいい、現状の説明をせよ」
「はっはい、これは失礼しました!えぇと今の工事の状況でございますね。 少々お待ちください」
そう言うとグレムゾンと名乗った小太りのオッサンは、その重そうな体躯を揺らして建物の中から紙筒を幾つか持ち出してきた。
彼はそのうちの1枚を取り出すと、帝国領内を記したと思われる地図を広げ、赤い線をなぞった。
「この赤い線が、現在までに工事が進められた場所です。 そして、それ以外の…線が途切れている部分は、手付かずであると聞き及んでおります」
「『聞いている』とは?」
他人事みたいな言い方に、不自然さを感じる。
同時に嫌な予感も。
「グレーさんだっけ? 現場は目にしていないんですか?」
「グレムゾンです、私は最近になり任された若輩者ですが、誠心誠意、帝国と皇帝陛下のために身を粉にして尽くす所存です!」
なんてこったい。
列車がないのかと聞いたのに、そもそも何も知らないとは。
「前任者は全責任をとる事となり、更迭して投獄された」
「話は聞けそうになさそうですね」
『投獄』と聞いて、つい先日の自分たちを思い出し、前任者とやらに若干の同情を覚えた。
ちなみに最初に聞いていた『ケッシ―』を名乗る小柄な女と、その他4人組の行方は、ようとして知れないらしく、こちらは手の打ちようもないとのこと。
カイトはもう一度周囲の状況を確かめるように見回し、小さく頷いた。
「ここに、ちゃんとした鉄道を敷く。そうしたら俺達に謝って、こちらの要求を聞く、それで良いんだよな??」
皇太子のギルバートは、ソレで構わないと小さく頷き返した。
ここへ来る前、非公式に皇帝陛下との謁見で交わされた約束。
決闘裁判に勝ち残ったカイトは、自分の身の潔白を証明するために、ある『取り決め』をした。
まずは事の発端となった鉄道工事を、カイトの主導で改めて進める。
むろん費用は帝国持ち、こちらの既存の資料を惜しげなく見せたら、帝国技術者を同行させる条件で話はまとまった。
次に、アリアからすれば、こちらがメインらしいが…
帝国とベアル領との間で、和親条約を結ぶ。
今までは商人や冒険者が行き来する程度だったが、税関や領事館と言った簡単な相互窓口を設けるという事らしい。
ベアルの技術で鉄道を敷く以上、どうしても必要だというのでカイトが提案すると2つ返事で承諾をとることが出来た。
一つだけ懸念があるとすれば、アリアたちの帰国が許されなかった事だろう。
今は帝都でに用意された邸宅で、事実上の軟禁生活をしいられている。
本当のところ残るのは自分だけでほしかったが、そうもいかないようだ。
不満げなカイトに、ギルバート皇太子は一層不機嫌な様子を浮かべている。
「あの女たちの事を考えているのだろうが、一応は決まったことだ。貴様は貴様の務めを果たしたまえ」
クレムゾンさんとか言ったおっさんが、汗びっしょりでオロオロと背中を追うしぐさを見せた。
最初から虫の好かない奴とは思っていたが、カイトもいよいよムカついた。
だから少し―口が滑った。
「風呂もない、工事も満足に出来ない。家もボロボロ。もしかして帝国って、貧乏なのか?」
「なんだと?」
それまで淡々としていた皇太子が、明らかに声色を変えて振り返った。
「…もう一度言ってみろ、次は不敬罪で牢獄送りにしてやるからなっ!」
「よーく、覚えておくよ」
そのあまりの変貌ぶりに、カイトは思わず面喰らい、つぎに『少し言い過ぎたか』と反省した。
誰だって自分の住んでいる国をけなされて、いい気はしないだろう。
自分の発言が元で、帝都に捕らわれているアリアたちの待遇が悪くなったら最悪だ。
それに…と、目の前の惨状を見て、ガックリと膝から砕けそうになる。
「ここの予算が打ち切られでもしたら、帝国に鉄道は一生つくられなくなりそうだしね」
一にも二にも、ベアル領主の頭の中には『テツドウ』が最優先だった。




