第331話 審理
一般的に言われる『犯罪』とは、おおよそ被告人と原告。
つまり『ダメなことをしてしまった側』と『それによって迷惑をこうむった側』とが存在する。
ただし、その両者が互いに自分の主張をしているだけでは、話は平行線をたどるだろう。
そこで始まったのが、『裁判』だ。
第三者が両者の言い分を聞いたうえで、正当で公平な裁きを、神に代わって下す。
旧くは聖国から始まり、今では多くの国で採用される『慣例』となっている制度の一つ。
だがアーバン法国のような例外を除き、未だ貴族制度が残る国々では、このやり方が浸透していない地域も少なからず存在する。
その一つが、西方地域一帯を領する『バオラ帝国』」だ。
皇帝を絶対的指導者として、まるで神のように君臨し、貴族たちはソレを補佐する。
未だに身分差別の強いこの国では、『裁判』というのは体裁を整えるだけの場に過ぎない。
「先にも述べたように、父上を―いや皇帝陛下に対し虚偽を述べることは、わが国では神をも恐れぬ冒涜行為だ、よって死刑。 我が神聖なる土地を許可もなく踏みにじる行為も不敬、よって死刑。 さらにこの男は昨晩、純然たる収監所を脱獄したばかりか、女性に対して下着を見せるというワイセツ行為を働いた、よって死刑である」
裁判に出席した皇太子のギルバートは、裁判も始まらないうちに断じた。
平静を装い軽く笑みすら見せたが、その目はまったく笑っていない。
アリアはと言えば、罪状を読み上げられるや否や、カイトをジト目でにらんだ。
主に、下半身の辺りを。
「…カイト様?」
「ち、違う、誤解だーーーーーー!!!」
皇太子のとんでもないバクダン発言に、カイトが絶叫する。
アリアたちの視線が痛い、そしてノラゴン、お前は笑うな!
どうにか最後まで聞いてもらえる言い訳を必死に考えたが、裁判場に居た兵士たちが、始まえりかけた内輪もめを武器をちらつかせることで、強制的に止めさせた。
皇太子は、何ごともないように涼しい顔をしている。
「すべては事実だ、なんなら証人たちをここへ連れてきてもいい。 それで死刑が覆る事もないがね」
「その事について、一つ申し開きたいことがあります!」
アリアが立ち上がり、皇太子の言葉を遮った。
「…さっきからキャンキャンと、躾のなっていない女だな。 まぁ良い、言いたいことがあるならさっさと言え」
シッシッと子犬でも追い払うようなしぐさをする皇太子を前に、アリアは毅然とした態度で席を立った。
カイトには『後で聞きたいことがある』とでも言いたげな視線を向けたのち、弁明を始めた。
カイトは音が遮断されていたため何も聞こえなったが、陽が傾くころには決着がついたようで、程なくカイトを含めた5人は、同じ牢獄へと戻された。
「4人とも無事で安心したよ、一時はどうなるかと思った」
「はっはっはっ私を誰だと思っているのですか? 人間ごときにどうにかされるような私ではありませんよっ!」
「ゴメン、ダリアさんに言ってない」
「「私たちは大丈夫だよっ」」
牢屋なんかに入れられ死刑判決も受け、昨日の夜はどうすれば良いかと思ったが、こうして再会できて本当によかった。
1人ではどうしようもないが、4人集まれば心配することもない。
ダリアさんはむくれてしまったが、帰ってシェフの料理を食えば期限も治るだろう。
こんな物騒な国、さっさと逃げてしまうに限る。
「いつまでも居たら本当に死刑にされちまう! このスキに逃げよう!」
「いいえカイト様、あなたは逃げてはなりません」
すぐにも逃げる準備を始めようとしていたベアル領主は、思いがけないアリアの発言に目を丸くした。
聞かないわけにもいかなそうなので、怖いもの見たさで聞いてみる。
「ど、どうして逃げちゃダメなのさ」
「あなたは明日、バオラ帝国皇帝パドラフキンⅢ世陛下の御前で一件についての釈明と、我々の潔白を証明するのです!」
「え゛っ」
アリアはビシッと、カイトを指さした。
今、皇帝と会えとか言われた気がしたのだが。
待て待て、なにか聞き違いだと思いたい。
「おおおおおれがっ、いつそんな話を! あぁアレか、さっき聞こえなかったときに!!」
「そうです、『言いたいことがあるから、皇帝陛下をここへ連れてきなさい!』と言わせていただきました!」
アリアは一旦ここで息を吐き、呼吸を整えてから少し優しい口調で話をつづけた。
取り上げられたはずの鉄道に関する資料を、メルちゃんが差し出してくる。
「不測の事態とはいえ、勝手に話を進めてしまった事については、いずれ問題解決の折にいかようにも罰を受けます。 ですが今の好機、逃してはなりません! 皇帝陛下に、カイト様の本当の『鉄道』を見せつけてやればいいのです!!」
「おおおおっ、そうだな! よっし、俺の日本式鉄道技術(※未発達)を見せつけてやるぜ!!」
「…ニホン?」
いろいろ危うい言葉を残しながら、ベアル領主は牢獄の中で雄たけびを上げる。
アリアに完全にノセられた領主様の力説は、巡回の兵士に厳重注意を受けるまで続けられたのだった。
そして翌日。
誰かさまのせいで寝不足になった4人ともども、カイトたち一行は『予定通り』皇帝陛下に謁見するため、前後を警備の兵に挟まれる形で牢を出された。
最近お馴染みになりつつあった裁判場も通り過ぎ、ついに小さな入り口から外まで連れ出される。
一体どこまで行くのだろう?
「あの、どこに行くのかって、教えてもらえませんよね?」
「……」
やはり教えてはくれないようだ。
募る不安とともに、同じく連れられているアリアたちの無事が気になる。
昨夜、長話をしたせいで4人は完全に寝不足に陥っていた。
連日の牢屋生活もあり、疲労はピークに達しつつあるだろう。 自業自得。
口下手なカイトだが、今日は何としても、皇帝陛下の信頼を取ってやる、と意気込んでいた。
だがソレも、目的地らしい敷地内の建物を前にして、不安の方が勝ってきた。
ドーナツの様に丸く縁どられた円形の内部に、階段状に設置された物見席がならぶ。
カイトたちは、その底に当たる露天で、ようやく自由にされた。
「ここは・・・闘技場?」
「そのとおり!」
カイトの疑問に応えるように、頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ギルバートっ!」
「敬称の皇太子を付けないか、俗物!」
「やめんかギルバート、一国の皇太子たるものが見苦しいぞ」
カイトの呼び捨てに過剰反応したギルバートを、右隣に立つヒゲの立派なオジさんがたしなめた。
カシャリと手に持った杖を鳴らし、その姿を見るや兵士たちが平伏する。
―そうか、この人が。
「皇帝陛下、本日は御足労いただきありがとうございます。これから私の用意した余興を、どうぞお楽しみください」
「待てや! 話をするんじゃなかったのか!?」
「これはこれはスズキ公殿、奥方から聞いておりませなんだかな? 貴方様にはこれより始まるショーに登場するモンスター達に勝利いただくごとに、一言ずつ皇帝陛下への釈明が許されるのです!」
「はっ?」
言われた意味が分からず、生返事になる。
もう一度周りを見てみると、先ほどの兵下たちは居らず、すでにギルバートたちの居る客席側に避難を済ませていた。
い や な 予 感 し か し な い 。
「ちょっと待てよ!! アリアが、4人を避難させてからにしろ!」
彼女らは誰かさんのせいで、完全にグロッキー状態だ。
もし何かが始まるというなら、それに対処するのは自分1人で十分なハズである。
ギルバートからスッと笑みが消え、さげすむような視線が投げかけられた。
まるで『何を言っているのか』とでも言いたげに。
「そのような事は知るか。 国土を不当に踏み汚した罪は、お前たち1人1人全員にかかっている。贖罪を求めるというなら、この場の全員でショーに勝つことだ。…もっとも、戦えそうなのは貴君のみのようだがな」
「ヤロウ…」
高笑いしているギルバートに、そして鎮座強いている皇帝に殺意を覚える。
だが今、感情に任せた行動をとれば、状況はもっとヒドくなるだろう。
ギリギリのところで理性をつなぎ止め、矛先をまだ見えぬモンスターに向けられた。
そうだ勝てば良い、勝ってアリアの言う鉄道の知識をご披露すれば良いのだ。
「ふむふむ準備は良いようだな、扉を開けよ!」
ギルバートの合図で、向かって右手の鉄格子が、ごんごんごんと重々しいきしみを上げながら開き始める。
それと同時に、暗闇の奥から体全体を装甲で覆った緑色の生物が、のしのしと地面を踏みしめながら現れた―。




