第330話 悪いことは続いて
夜が明けた。
朝ごはんが味気ないとか、床が固くて体が痛いとか以外は特に何事も無く、ただタイクツな時間が過ぎていく。
このまま何も無いことを願いたいものだったが、当然そうはならなかった。
「裁判だ、出ろ」
「え」
あまり突然の事に驚きはしたが、同時にカイトは降って湧いた幸運に感謝した。
死刑判決が下りた後に審議の場に呼ばれるのは滅多に無い、きっと日頃から行いがいいのでワンチャン与えられたに違いない!
だがそんな軽い思いは、一瞬で打ち砕かれた。
4畳半の監獄から出た先には、鳥カゴのような格子の立った小さな台車が入り口を開けていた。
よっぽど昨日の脱獄を警戒しているらしく、ベアル領主もはや猛獣扱いを受けている。
「どこに連れて行くんですか」
「・・・・・。」
前後の兵士は言葉も交わさず台車を押し、カイトの切実な質問は完全に無視された。
何を言っても、答えてはくれなさそうだ。
ここで罪を増やすわけには行かないので、暫く大人しくしているのが良さそうである。
連れて来られたのは昨日、『死刑』を言い渡された審議場だ。
そのまま台車ごと中に入り、正面から向かって左側に固定された。
場所が違う。
昨日は裁判長の真正面だったのに、もしや自分以外の裁判でも始まるのだろうか。
でも誰の?
その答えはすぐ、現れた。
「カイト様っ!」
「ああっみんな、無事か!?」
「静粛に! この場での私語を禁じます!」
ロクに言葉も交わせず、アリアたちは正面の台に立たされた。
ここでカイトはようやく状況を理解した、自分は重要参考人として、ここに連れてこられたのだと。
自分の発言いかんで、彼女らの運命が決まると言っても過言ではない。
ここは、なんとしてでもアリアたちの無実を証明しなくては!
殊勝なのかバカなのか、自分の置かれている状況はスッパリ忘れた。
しかし裁判員が登壇しても、一向に審議はなかなか始まらなかった。
遅れる事数分、従者を引き連れた、某少女マンガにでも出てきそうな甘いマスクの青年が、おくびもせずに現れた。
「やぁ裁判長殿、随分ご無沙汰だったな。 興味があったので参加させてもらう事にしたよ。 もう始まっているかと思っていた」
青年は壇上に居る裁判長に、皮肉気味にそういった。
物理的には裁判長の頭の方が上だが、まるで彼の方が見下ろしているように見えるのはナゼか。
「勿体無きお言葉でございます陛下、どうぞごゆるりとお過ごし下さい」
「おいおい私は『陛下』などでは無いと言ってあるだろう。 まぁ悪い気分ではないがな、父上の名代として本件を見届けさせてもらうことになった」
フフンと、偉そうな態度でカイトを見下ろすイケメン青年。
コイツ嫌いだ、即座に判断した。
でも性格とかは嫌いだが、少なくとも外見は良い方なのは確かだろう。
目鼻立ちもクッキリしており、街中を歩いていたら俳優と見間違えそうだ。
俺は嫌いだが。
大事な事なので二度言った。
「本件において、パドラフキン皇帝陛下の名代として、本日はギルバート皇太子殿下が審議に参加されます!」
彼のお供として付いて来た黒ローブの男がそう言うと、カイト達を除いた審議場のほぼ全員が一斉に立ちあがり、帝国式伏礼をした。
え、これが皇太子殿下・・・・って事は皇帝の子供かっ!?
どうりで偉そうなワケである。
彼はカイトと対面する位置に座り、それを確認してから裁判長が開会を宣言した。
「では早速、審議に移らせていただきます。 本日の被告人は4人。 不法入国罪と不敬行為ほう助罪にて立件されております。 なお重要参考人として特別に、カイト=スズキにも証言台に立っていただきます」
「あ、あのぅ・・・・」
気にあることがあったので、カイトはおずおずと手を伸ばした。
会場内がザワめき始め、そこにすかさず木槌の音が鳴り響く。
「静粛に! 参考人の証言は後です」
「良いではないか裁判長殿、他国からはるばる来たんだ。 人生最期のワガママくらい聞いてやれ」
「ははっ仰せのままに、証言を許可します」
「今日は俺の裁判じゃないの?」
言った瞬間、あからさまに裁判長の表情が凍りついた。
いや彼だけではない、会場全てがシンと静まり返る。
カイトだけが、あまり状況を分かっていなかった。
裁判長がゴホンと咳払いして、カイトと視線を交わしながら断罪した。
「あなたの審議は、昨日で全部終了しました。 再審はありません、では特に何も無ければ、本日の審議を続けます」
そっ、そんなバカな!
抗議を込めてカイトは騒いでみたが、誰も気にしないばかりか、急に周りから音が消えた。
口は動いているのに、声が何も聞こえない事に気付いた。 鉄の格子が目に入る。
そうか魔法かっ、この鉄格子が俺とみんなの居る世界を区切ってしまったのだ。
おかげで姿は見えても、音としてあちらを認識することが出来ない。
異変を察知したアリアたちが不安そうにこちらを見た。 ここで俺がビクビクすれば、無駄に彼女達に心配かけることになる。
男カイト、ここはドンと構えようではないか!
―などという潔さが分かるはずもなく、外からはただ腰が砕けたようにしか見えなかった。
4人の裁判が始まる。
「―以上が、被告人に掛けられた罪状になります。 一つをとってしても極刑に値する重罪であります」
「検察側の言い分は分かりました。 被告側は何かありますか?」
裁判長がそう言うと、間髪居れずにアリアが挙手した。
「では私が代表して。 その前にカイト様の防音結界を解きなさい! 私達の証人と言うなら、彼にも裁判を聞く権利がありますわ!」
裁判長は皇太子のギルバートを睨みつけた。
たいていの国での裁判は裁判長が決定を下すものだが、格上の相手を絶対的とする帝国では少々事情が異なるようで、その場にいる最高権力者に一度、判断を仰ぐらしい。
この異様な裁判の中にあって、ギルバートも『もう良いだろう』と裁判長に、右手を上げるフリを見せた。
カイトの周囲に、音が戻る。
「あれ、音が…」
「すみませんカイト様、今は私の発言をお許し願いませんでしょうか?」
久しぶりの般若、なまじ美人なので怖さがより一層際立つ。
見える、彼女の後ろに立ち上る火柱が見えるよ。
カイトが素直に「どうぞ」と譲るなり、彼女は頭を下げ、まずは裁判長たちに謝罪をした。
「まずは帝国領内への不法入国については、面目次第もございません。 あらかじめ正当な手続きを踏み、訪問を報せるべきでしたわ」
自分の罪を認めるとは往生際が良いな、と皇太子が鼻で笑う。
アリアはですが、とギルバートを睨みながら続けた。
「全ては帝国の使者により届けられた、この絶縁状の内容と状況を確かめるため。なのにこの仕打ちは何ですか、帝国という国は招いた客を貶めるような国なのですか!」
アリアの暴言ともいえる発言に、議場の中は騒然となった。
あちらこちらから怒号が飛び交い、彼女を罵倒する声が上がる。
一方、少しの間表情が抜け落ちていたギルバート皇太子はヤレヤレと肩をすくめ、余裕の態度を取り戻していた。
「ここは正当なる裁判場だぞ、お前こそ無礼にも程があるんじゃないか」
「弁護人も居ない裁判のどこに、正当性があると? 皇太子殿下あなたは・・・いいえ、皇帝陛下は一体なにをお考えなのですか?」
あ・・・・とカイトが洩らす。
そういえば、昨日も俺を擁護してくれる人は1人も居なかったっけ。
よく気付いたなアリア、とカイトは思った。
「ハッハッハ、そうか失念していたな。 しかし形だけ体裁を整えようとしてもダメだな、陛下の酔狂にも困ったものだ」
裁判長含め笑う皇太子を前に、全員がたじろぐ。
ひとしきり笑った後、彼は大手を振るって場を制した。
「ではお望みどおり下してやろうじゃないか、帝国式の裁きを!」
余計に大変なことになったのではないか、カイトはそう思わずに居れなかった。




