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オタクはチートを望まない  作者: 福島 まゆ
第15章・バオラ帝国
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第328話 気分はドナドナ

カイト殿様は物好きである、とダリアは思っていた。

彼には出所のよく分からない、反則級の魔力と身体能力がある。

前に鉄道整備で使われた、線上に大地を造り替えてしまう魔法。

魔王軍の全力攻撃を跳ね返す、障壁結界の魔法。

この2つだけで、軽く世界を征服してしまえるだろう。

さらに散歩するように使う転移魔法があるのだから、向かうところ敵なしと言って過言ではない。


つまり言いたいのは、それだけの力があるのに、ここぞという時に使いたがらない事だ。

力でねじ伏せたほうが早い時に限って、『話し合い』という非効率的な方法を選ぶ。

今にしたってそうだ。

『ご飯が食べにくいから』と言って拘束具を壊したのに、食べ終えた途端に破片を集めて元に戻してしまった。

意味不明もここまで来ると、むしろ一本筋が通っているとも言える。

まことにカイト殿様という人間は、『面白い』存在だ。


「ダリアさん、なにがそんなに面白いんだよ?」


顔に出てしまっていたらしい。

まさか本人に正直なことも言えないので、「別に」と誤魔化しておく。

そんなに興味も無かったのだろう、カイトは途端に興味を失い、手枷をしたまま手を頭の後ろに当てて石壁に寄りかかった。


「あぁあ・・・いつまで、ここでボーっとしていたら良いんだろ」


「だったら、この枷を外して逃げたらいいのに」


トビウサギから変異したノゾミ伯が、白く細い手に嵌められた無骨な枷を、カイトに出した。

この枷には一種の『魔封じ』が掛かっているため、通常の魔力放出を伴う魔法のほか、物理的な力も吸収されてしまう。

野生動物が魔獣化した程度の力では、到底破ることは出来ない。

拘束を解いてほしいと言った彼女に対し、カイトは首を横へ振った。


「枷が外れているのが牢番の人にばれたら、ややこしい事になる。 ここであまり、騒ぎは起こしたくないんだ」


「同感ですね。 カイト様やドラゴンの事がバレれば、話し合いに来たのに新たな戦争の火種を生みますわ」


「面倒ですなァ」


ダリアはつくづく人間の『社会』というものの厄介な点を嘆いた。

人族に限らずだが、やたら国境や領地などと言う『境界』を引くから、無駄な血が流れるのである。

所詮は愚鈍な種族同士が殺しあうだけで、彼女自身は高見の見物。

この変わり者領主に付き従う事とて、ただの暇つぶしに過ぎない。

しかし正直、捕まっているのも飽きてきていた。


「どうですカイト殿様、ヒマの間遊びませんか?」


「お前はノンキだなー」


カイトは呆れつつも、マンザラでもない。

こうして捕らえられている間は、皇帝どころか話し相手は中の仲間だけだ。

ヒマなのは彼とて同じだった。

それにここで怒りに任せて、ドラゴンに暴れられては困る。


「で、どんな遊び? ここで出来ることなんて限られると思うけど」


「いかに跡形も無くキレイに、この建物を消せるかを競います。 私はここより右を・・・」


「だからダメだって言ってるだろーが! ここで暴れて、これ以上罪を増やしてどうする!?」


「しょーがないですなァ、では誰も殺さず。 誰か死んだら反則負けと言うルールにしましょう」


「・・・・手枷のまま出来ることをしよう」


あーだこーだと試行錯誤の末、じゃんけんをする事にした。

ただのじゃんけんでない、全身全霊を込めた真剣勝負である。

単純なカイトはともかく、ドラゴンがどうしてもヤル気が無さそうだったので、10回1セットで勝つたび、お互いの言う事を一つ、何でも聞くことで決着が着いた。

魔法による不正も無い、そこにあるのは運だけだ。

突如始まった意味不明な戦いに、他の3人は何も言わず、ただ嘆息する。

なんとか4回連続勝利を収めたカイトだったが、その後の4回は連敗が続いた。

マズイ、これ以上負けたら後が無い!

たかがジャンケンの勝負に、2人は(主にカイト)白熱した戦いを繰り広げる。


「待ったはナシですよ、カイト殿様!」


「俺を甘く見ないほうがいい、俺は神に会ったことがあるんだ! よって負けない、俺には神がついている!!」


カイトのナゾ理論が炸裂し、ドラゴンと共に臨戦態勢に入った、まさにその時。

さっき食事を持ってきた兵士ほか、何人かが牢の中に入ってきた。

皿を下げにきたのだろうか?

手枷をしたまま真剣な面持ちでジャンケンする姿は、さぞ奇異に映ったことだろう。

彼らは見てみぬフリして、職務を全うした。


「審議に入る、出ろ」


「あ、どうも」


どうやら裁判が始まるらしい。

これで負けを回避することが出来る、思わぬ助け舟に内心で感謝しつつ、カイトは促されるままに牢から出た。

その後ろをアリアたちも続こうとすると、出口のところで兵士が手をかざして制止する。


「こっちの男だけだ。 あとは大人しく此処にいろ」


これにはカイトより、残される方が驚いた。

すかさずアリアが、兵士に対して激昂する。


「そんな!? 私はカイト様の補佐役です、付き従う権利がありますわ!」


「答える義務は無い、これは皇帝陛下直々の命令である!」


兵士が『皇帝』といった瞬間、後ろの兵士がビシッと規律した。

これはダメだ、全員にそんな思いがよぎる。

だがカイト1人で行かせるという選択肢は、アリア的にありえない。

腹をすかせたワイバーンの前に、生肉をぶら下げていくようなモノである。


「横暴です、厳重に抗議しますわ!!」


「不法入国者が何を言うか!」


「うぐ・・・・・」


さしもの彼女もイタい所を突かれたのか、黙ってしまった。

そう今は、ベアル領主の肩書きは通用しない異国の地。

いつも完璧っぽいのに、彼女でもこんな事があるのか。

ここで彼女の不安を和らげようと、カイトはアリアの肩に手を置いた。


「大丈夫だよアリア、すぐ帰ってくるから」


「カイト様・・・」


だがこれは、帰ってこない奴が言うセリフである。

カイトがした事は不安を和らげるどころか、余計に不安を掻き立てていた。

そうとは知らず、カイトは彼女等には見せなかった(つもりの)不安な様子で、兵士に連れ立てられるまま右へ左へと歩かされる。

湿っぽく狭い牢とは打って変わり、階段を上りきると大きな柱が目に入る。

巨大な吹き抜けの空間には荘厳な柱が林立し、数段からなる階層が壁に張り付くようにあった。

これで日本で言う『警察署』というのだから、驚きである。

これが帝国の力だと言うのか。


「あ、あのーすみません。 俺ってどうなるんですかね、分かる範囲で教えて欲しいんですけど」


ともかく今は、警察署だろうが関係ない。 聞いてどうなるというモノでもないが、聞かずには居れなかった。

そもそも帝国に来たのは、どっかの詐欺師の誤解を解くためだと言うのに。

これではカレーを最後の晩餐に、一家心中に来たとしか言えない。

そうだよ、俺は皇帝に会いに来たんだよ!

カイトはようやく、自分が何の為に来たのかを思い出した。


「無理を承知でお願いします! この国の偉い方と会う機会を下さい、どうしても伝えたい事があるんですっ」


「お前・・・・自分が今、どんな状態か分かってるのか? この国に限らず、国境破りは極刑級の重罪なんだぞ?」


「ソレについては悪かったと思っています。 俺たちも、先を急いでいたので」


カイトも必死だったが、兵士達も彼等なりの事情がある。

大体『国境を素通りした』というのが問題だ。 主要街道につながる門の警戒は厳重で、突っ切ろうとしても、すぐ捕まる。 

もし取り逃がしても、魔術師同士の魔力通信網で手配されるのだ。

国境通過時に渡す『通行証』を誰一人持っていない以上、カイト達が検問を受けていないと疑うのは当然。

あるいは密偵や、盗賊である可能性すら疑われても仕方ない。

・・・・もっとも、それはあくまで『最悪』の場合であって、女を引き連れた見るからにバカっぽいこの男が、そんな大それた事をするなど、兵士の誰も思っては居ないのだが。

疑わしきは罰す、それが国の指針である。


「言いたい事があるなら、裁判の中で申し開くがいい」


「あい」


どうあっても、1人でくぐり抜けるほか無いらしい。

カイトは、腹をくくることにした。

こう考えよう、あのメイドラゴンの遊び(死ぬ危険あり)から逃れるのに比べれば易しいと。

毎回断るにも、理由を考えるのが大変になりつつある。

それと比べ、裁判では『事実』を言えば国境の件はともかく、正式な抗議のあった鉄道の話の方が優先されるだろう―そんな、楽観的な考えが何処かにあった。


「まもなく開廷する、入ったら真ん中の裁判長の前に立て」


「はいはい」


これは裁判に公正な判断を委ねよう、よく刑事ドラマなんかで『真実は一つ』とかで逆転するところを見た。

そうだ、肩の力を抜いて臨もうではないか。

カイトは現実と創作をごっちゃにして、初の裁判に出る覚悟をした。

既に人は揃っていたようで、カイトが入るなり裁判長が開廷を宣言する。


「静粛に。 これよりカイト=スズキ殿に対し侵略未遂罪、並びに不敬罪の審議に掛かる。 開廷中の許可の無い発言は控えるように」


「へ?」


てっきり検問を通らなかったことの、お叱りを受けると思い込んでいたのだが。

聞いた事の無い罪状を読み上げられ、カイトは一瞬なにが起きたのか、理解できなかった。

ここにアリアが居れば・・・、そんな思い空しく、それどころか隣には弁護人1人すら居ない不安が彼を襲った。

一方で残された者たちも、それぞれに不安な時間を過ごしていた。


「カイト様、うまくやれれば良いのですが・・・・・」


「ムリでは?」


不安げな様子を浮かべるアリアに対し、お仕着せが板に付いてきたダリアは、素っ気無く答えた。

間髪入れないダメ出しに、アリアは絶望を隠せない。

そんな事は意に介した様子もなく、ダリアは追い討ちをかけるように続けた。


「あれがうまく話を纏めて来られると本当に思っているのですか? 自分の領内にすら事欠く領主様ですよ」


「カイトは上手くやってるでしょ、ベアルでもたくさんの人を助けたでしょ!」


「たわむれに手を差し伸べるのは、うまくやっているとは言わないのですよノゾミ」


カイトには、指導者の資質がない。

暗にそう言ったのを、秘書のメルシェードも含め、この場の誰も否定できなかった。

不安を抱えているのは、みな同じである。

彼が領主になったのもアリア居てこそだし、大抵の事も周りの助力あってこそと言う、かなり情けないのが現実だ。


「それでも今は、彼にかけるしかありません」


アリアは、自分に言い聞かせるように手を合わせ、祈った。

だが投げやりな雰囲気はなく、『彼ならば』という思いが、どこかにあった。

カイトは大公という地位を鼻にかけ、某バカ貴族のような強欲生活を送っているわけでもないし、ベアルが無法地帯になっているわけでもない。

これは快挙と言って良いだろう。

その調子で今回も切り抜けて欲しいと願うのは、希望的観測が過ぎるだろうか。


「まァ・・・・結果は見えていると思いますがね」


「ダリアちゃんは、お兄ちゃんがダメだって言うの?」


懇願するような眼差しを向けるヒカリを無視し、ダリアは入り口で主人の帰りを待つ獣人を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

あれでは本当に忠犬、差別対象である獣人に生まれなければ、法国でなら幾らでも身の立てようはあったはずの彼女。

カイトなんかには勿体無い道具だと、つねづね思っていた。


「メルシェード。 聡明なお前なら、おのずと分かっているのでは?」


「―私の主は生涯においてカイト殿下、ただお1人と決めております」


そう言われた瞬間、ダリアは周りの状況も見て、ようやく気付いた。

自分を除く4人が、まるで心酔するように『彼の帰り』を信じていることに。

―これは、ダメだ。

余計なヤブを突くのはやめ、石畳の上にポーンと足を投げ出して楽な姿勢をとる。

楽しみだ。

『力』を有するのに使いたがらない、なのに理想のために難解を回避し、突っ切ろうとする。

あの天下一級の『バカ』な人が、一体どのような人生を歩むか。

ドラゴンの一生は長い。

私はこれからも見届けようと思う、彼が寿命を迎えるその日まで。



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