第327話 香辛料とは
日本に居る母さん、それに父さん、如何お過ごしでしょうか?
息子は異世界で日々を過ごしております。
「さっさと歩け、罪人め!」
俺たちの手は縄が掛けられていて、ときおり兵士っぽい人が、思わず萎縮してしまうぐらいの怒声を上げている。
怖いので従っていますが、横に居る妻の顔は、もっと怖いです。
どうか・・・・どうか。
「その枷は特別仕様だ。 魔術封じが掛かってるから、逃げようなんて気は起こさない事だ!」
どうか、この状況を打開する方法を教えてください!
手枷は後ろ手にされており、ただ歩くことさえ不自由を強いられた。
遠く親への願いも空しく、連れて来られた鉄格子の部屋に手荒く押し込まれ、ガチャンと閉められてしまう。
牢屋は地下にあり、湿っぽくて居心地悪い。 牢屋だから、当然なのか?
なぜだ・・・・どうして、こうなった!
そのまま立ち去っていく兵士の背中に、抗議をぶつける。
「おい待ってくれ、頼むから話をさせてくれ!! きっと僕らの間には誤解があると思うんだ!?」
「無駄ですわ」
動揺するカイトを尻目に、アリアは腕組みをして、冷静にそう言い放った。
無情に重いドアが閉められる。
ただ一つ、不幸中の幸いは男女で牢屋を分けられなかった事だろう。
同じ牢には彼女だけでなくヒカリとノゾミにメルシェード、ダリアさんのいつものメンバーが揃っていた。
中で慌てているのは俺一人。
気恥ずかしさが勝り、カイトはガックリと扉の前にうな垂れる。
「私も迂闊でしたわ。 転移を使うのは分かっていたのですから、出立の前に注意を促すべきでした」
「いや・・・・・・・アリアもメルちゃんも、顔を上げてくれ。 誰も悪くない」
カイト達は、先を急いでいた。
ケッシーとかいう詐欺集団のとばっちりで皇帝を怒らせ、抗議の手紙まで来ている。
皇帝陛下に会って誤解を解かなければ最悪、ベアルと帝国が戦争になるかもしれないのだ。
だが急ぐからと言って、転移を使い、あまつさえ『国境』を跳ばしてしまったのは悪かった。
王都に着いた途端に兵士に取り囲まれ、ご覧の有様だ。 明日には裁判が始まるだろう。
「どうですカイト殿様。 わが力を持ってすれば万里など、いや世界全て掌の上である事が、よくお分かりになったでしょう?」
「そうだね」
ムンと胸を張るダリアさんを見ると、つくづく凄いと思う。
投獄されて、なお自信に満ちた態度は、一体どこから来るのだろうか?
これも『ドラゴン』の度量か。
その調子で今の状況も、なんとかしてもらいたいものだ。
「ダリアさんのドラゴンパワーで、この牢屋から出られない?」
「ほ? 建物ごと破壊して良いと言うのなら、喜んで蹂躙してみせますが」
「・・・・いや、忘れてくれ」
そういえば、彼女はこういう奴だった。
やはりドラゴンと人では、だいぶ価値観が異なるらしい。
俺は逃げたいと言ったのではなく、彼女の能力で誤解を解く糸口を掴めないかと思ったのだが、しょうがない。
余計なことは考えずに、場を和ませるため話題を変えることにする。
「なんかこうして、皆で休むって久しぶりだね」
「そうですわね、あなた様のせいで最近は1日1時間くらいしか寝ておりませんでした」
余計な話題を振ったばかりに、カイトは窮地に立たされる。
皮肉たっぷりに言い放ったアリアと対称的に、一斉に牢屋中から視線が突き刺さった。
「えっと、それは・・・・ごめんなさい」
彼女が忙しいのは、領主の政務補佐によるものだ。
こう言えば聞こえはいいが、実態は彼の敷く『ベアル政治』の尻拭いである。
鉄道オタクをこじらせている領主の政治は、抜け穴が多く、アリアに掛かる負担は増すばかり。
ちなみにこうしている間も、ベアルに残してきた人々にシワ寄せが行っているはずだ。
「結局俺は、何も成長してないんだな」
領主になってからだけではない。 もっと以前、女神様の計らいで異世界に来た時から、何も変わっては居ないのだ。
ただ流れに任し、成すがままにタダ生きる。
授けてもらったチート無双が無ければ、ゴブリンに食い殺されていただろう。
思いつめる彼に、アリアが静かに近づき、みぞおちを蹴られた。
「ぐほおおおおおっ!??」
「あなた『らしく』もない 今こそハッキリ申しますが、あなた様は到底、才ある領主とは申せません。 ですが逆に才とは何でしょう、世襲した貴族が私利私欲の政治を敷くのは正しいと言えるでしょうか?」
アリアは、とても大切な事を言っている。
それは分かっているが、それとは別の大切な部分が体を刺激し、全体に電気が走ったような痛みが襲う。
手を使えないのは分かるが、蹴るなら足にして欲しかった。
「アリア、すまないっ。 でも今は痛いんだ・・・・・!」
「いいえ、あなた様が心を痛める必要はありません。 どうぞこれからも存分にご自身の思い描く夢とやらを追い求め下さいませ。 それこそ私の夫、ベアルの領主ですわ!!」
「そ、そうだね。 俺もそう思うよ?」
痛みはみぞおちから、徐々に下腹部へと移動して、鈍器で殴られたような重い痛みが襲う。
はからずも頭を突っ伏す形になり、アリアから見ると反省するシブい男のように映ったことだろう。
魔法は使えない、他の皆も救いの手を差し伸べてはくれない。
絶望的状況と痛みに、はからずも涙が出てきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「アリアちゃん、もう止めてお願い」
「いえっその・・・批判したつもりは無かったのですが。 どうか私たちの事は気にせず、ご自分の正しいと思われる方を進んで下さい。 私はいつも側に居ります」
アリアは聖母のような優しさで、カイトにそっと身を寄せた。
突っ伏していた彼に覆いかぶさるような体勢になり、ちょうど顔のところに柔らかい双丘が押し付けられる。
「ありがとう・・・・」
アリアはなんと偉大だろう。
今、この場には屋敷の使用人も、話し合いに来るお客も来ない。
メルシェードもダリアさんも、今さら見られて恥かしい相手ではない。
カイトは痛みも忘れ、その優しさに身をゆだねた。
見巡りの兵士が来ている事に、気が付くまでは。
「うおっほん!」
「わわっ、いやこれは違う!!」
急に頭を動かしたのが悪かった。
体を委ねていたアリアが体勢を崩して押し倒すような格好になり、カイトは下敷きになってしまう。
離れようにも手枷は後ろ手になっており、体が起こせず、身をよじるたびカイトの中で、何かが爆発しそうになった。
「食事だ」
兵士はコトリと6杯の茶色いスープとパンの載った膳を置くと、何も言わずに牢屋から出て行った。
手枷はそのままらしい。
カイトはなんとか彼女の胸から抜け出し、ぷはっと顔を出した。
「―ダリアさん、この枷をぶっ壊してくれないか!?」
「ほう? では我等をこのような所に押し込めた者どもに、制裁を加えると言うのですね」
「いや・・・・、ご飯が食べにくいと思って」
「「「・・・・・・」」」
メニューは、カレーのようだ。
スープにパンを浸して食べるのだろう、いい匂いが鼻腔をつく。
カイト達は手の拘束を解くと、それぞれ出された食事に手を伸ばした。




