第325話・帝国のカゲ
大変お待たせ致しました。
これからも、よろしくお願いいたします。
アルレーナで王様との謁見を済ませたカイトが、明日にも南の領地へ旅立とうとしていた矢先。
彼の泊まる宿の窓辺に、黒い魔族が降り立った。
「―なんだアキレスか、いきなりなんで驚いたよ」
サキュバスが夜這いに来たかと思ったが、見れば来たのはアキレスという名の魔族だ。
元々は魔将とか言う、魔王軍の幹部クラスの立居地だったが、紆余曲折あってカイトに付いて来ている。
その際にゾンザイにあつかったせいで、ドMに目覚めさせてしまった過去が、悔やまれたが後の祭り。
「夜分に申し訳ございません、我ら魔族が人前に姿を晒すと騒ぎになりますので・・・・・」
床にひざまずき、彼女は重ね重ね頭を下げてくる。
ドMだが、ダリアさんより気配りとか出来て自己中でないのは良い、ドMだけど。
このままでは話しにくいので、頭を上げるように言う。
「そんな畏まらなくていいよ、考えて夜中に来たんだろう? それより慌ててるようだけど、どうして来たの?」
誰が見ているかも分からないので、基本的に来るなと言いつけてあったはずなのだが。
するとアキレスは、跪いたままで、予想だにしない事を報せてきた。
「本日、ベアルの邸宅に帝国からの使者が参りました。 鉄道工事にて監督官に用立てたケッシー殿が失踪した件のようです。 奥方様がすぐにベアルに戻るようにとの事で、私が使わされました」
ちょっと待て、状況が分からないのだが。
順番に聞くことにする。
「えっアキレス、帝国ってバオラの事? 鉄道を造んの??」
「はい? 前々から行われておりますし、我が眷属も離れたところから、近づく盗賊やノラ魔獣などを千切っては投げておりますが。 工事はカイト陛下の主導とかで?」
カイトの反応が意外だったのか、アキレスは不思議そうに首を傾げている。
断っておくが、ベアルから帝国は隣ではあるものの、正直カイトは行った事すら無い。
バカでかい国土と香辛料が有名らしく、地球で言うインドみたいなものだろうか?
当然ケッシーなんて奴は知らないし、他国で鉄道工事を主導した覚えも無い。
「詳しく話してくれ、洗いざらい知っていること全部を!」
「はっはい、では僭越ながら・・・・・」
彼女は恐縮しつつも、順を追って話してくれた。
それによると、そのケッシーとか言う女が帝国の皇帝に、鉄道事業の売込みをしたのだそうだ、しかもカイト名義で。
呆気にとられる彼をよそに、アキレスの衝撃カミングアウトは続く。
「そのケッシーと名乗る者ですが、工事半ばで行方をくらませてしまいました」
「詐欺じゃん!?」
思わず叫んだ。
まさか、自分の名を語る犯罪が横行するというのは、時代も変わったものである。
―などと、楽観視している場合ではない。
つまり皇帝陛下サマは、まんまと詐欺に引っ掛かってしまい、こっちにトバっちりが来たのだ。
なんて迷惑な詐欺グループである!
「―以上が、本件の顛末となります。 白き森に逃亡したのまでは確認しておりますが、あそこは我ら魔族には空気が清浄すぎて、近付けませんでした」
悪びれた様子で、そう締めくくるアキレス。
彼女のせいではない、その皇帝を騙した奴らが悪いのだ。
そう思うと、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのが分かった。
「ちっくしょう、俺の名を語って悪事とはなんて奴らだ! ぶっ飛ばしてやる!!」
こう言う時こそ、神様から頂いた力を発揮するとき。
地の果てまで探して、そいつ等に制裁を!
そう思って立ち上がったとき、右手を掴まれている事に気が付いた。
「なにアキレス、悪いけどMっぽい事なら後に・・・・」
「すぐにベアルへお戻り下さい。 最悪の場合、帝国と戦火を交えることにも・・・・」
「えぇっ!?」
うまく話がつなげられず、カイトの頭の中は、混乱で埋め尽くされていった。
時は深夜、あいにく優秀な秘書たちはまだ、夢の中だった。
◇◇◇
転移した先のベアルは、パッと見はいつも通りだった。
右を見ても左を見ても人、ヒト、ひと・・・・・活気に満ちた街の様子が見て取れる。
さらに建物の向こうからは、汽笛とともに王都やボルタなどへ向かう列車が、轟音を上げて通過していった。
相変わらず洗練された佇まいのメルシェードの後ろ、ヒカリとダリアはそろって舟を漕いでいる。
アキレスが居る以外、いつもと全く同じ日常の光景。
しかし帰り着いた屋敷は何処か殺伐としており、そこだけ明らかに空気感が違った。
「うっ、腹が痛い。 メルちゃん、ちょっと治療院に行っても良い?」
「ご自分に、回復魔法を掛ければ良いではないですか」
「・・・・・・。」
こういうとき、自分の無双チートが恨めしい。
メルシェードに猿芝居を軽くあしらわれたカイトは、促されるまま屋敷の門をくぐった。
すると可愛いメイドさんの他、般若のように恐い奥さんも出迎えてくれた。
「遅いですわ、一体どこをほっつき歩いていたのです!?」
「ごめんなさい、ただいま戻りました」
『長旅お疲れさまでした』の一言もない、新婚だった頃の初々しさが今となっては懐かしかった。
言ったら地獄で済まなそうなので、触れずに仕事の方を切り出した。
「帝国から使者が来たって?」
カイトの後ろに居るアキレスの姿を見て、にわかにアリアの顔がほころぶ。
魔族だからとロクに話すことすら無かっただけに、この姿は彼にとって微笑ましく映った。
だがそんな一時も、再び般若のようになったアリアの顔を見て、凍りつきそうになる。
「つもる話は中で」
「はい」
着替えもそこそこに、カイトは彼女と屋敷に一室に入っていった。
旅に行ったり、仕事が忙しかったり・・・・・
えぇ分かっています、言い訳にしかなりません。
出来る限り頑張ります。




