第323話・王様はお疲れのようです
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「この度は長旅ご苦労であった、ついては国王陛下の命により、王都における工事に着いての免状を交付するものなり」
多くの国の重鎮が見守る中、ベアル領主カイトは恭しく宰相から書状を受け取った。
王都近くに居を構える貴族達は、それを羨望の様子で見ている。
だが謁見の間にある玉座に、肝心の王様達の姿はない。
なんでも体調を崩して、私室で休んでいるらしい。
現在、面識が在るのは宰相さんぐらいで、より超アウェイな場に彼の汗は吹き出て止まらなかった。
「如何されました殿下?」
「あ・・・っ。 ありがたき幸せ、でございます!」
はーっと深呼吸して気持ちを落ち着ける。
大丈夫、俺はまだ出来ると自分に言い聞かせて、昨日の練習の一場面を思い出して臨んだ。
しかし緊張ゆえか胸が苦しく、いつも以上に小声しか出ない。
「これで胸を張ってベアルに帰れます。 ありがとうございました」
後でメルちゃん達には、お礼を言っておかねばならない。
もしロクに練習もせずに、この場を迎えていたらと思うと、恐ろしい。
本来ならば、3人とも傍に連れて来たかったのだが、さすがに王宮の謁見の間への同行は許されず、今は街で休暇を楽しんでいる事だろう。
やる事をやったら、カイトもその輪に加わるつもりだ。
「国王陛下にお会いできず残念ですが、このような機会を作っていただき感謝に絶えません。 さっそくベアルに持ち帰り、しかる報告を上げさせていただきます」
決まった、演習のおかげでボロが出る事無く、場を切り抜けることが出来た。
交付された免状を手に早々と、舞踏会などに呼ばれぬうちにカイトは玉座の間を出る。
ただし大公といえど、王宮の中を勝手に歩くことは許されていない。
老齢のメイドの先導で、外へと続く廊下を進む。
だが途中で、違和感を感じた。
「あれ?」
メイドさんの案内している順路が、雪と違うことに。
広大で、ウッカリすると迷ってしまいそうな王宮。
だが王様に謁見する部屋から、外へとつながる順路は何度か通ったことが在るし、何となく覚えていた。
王宮はどこも造りが似ているので、このメイドさんは、道に迷ってしまったのだろう。
人間、誰にだって間違いはある。
「あの・・・・」
言いかけて、ハッとカイトは言葉を切った。
そして、他家の使用人の行動には、口出ししてはならぬとアリアに、口酸っぱく言われたことを思い出す。
教えるぐらい親切で良いではないかと思うが、他人の家で間違いを正せば、その使用人だけでなく、家自体のメンツも丸つぶれとなってしまうのだとか。
じきに気付くのを待って黙っていたがカイトだが、しばらくもしないうちに彼女は「こちらです」と言って頭を下げた。
そこには比較的小ぶりな扉があり、外玄関でないのは明らか。
「たいへん恐れ入りますが、少々お待ち下さい」
「あぁ・・・うん」
なぜここに案内されたのか、不思議でならない。
カイトが混乱している傍らで、メイドが軽く二回ノックし、静かに扉が開かれる。
そして、中から出てきた女性を見て、二度ビックリした。
「ご苦労様です、この事は口外しないように」
「はい、承知しました」
中から出てきたアリア激似の女性の指示に腰を折って、畏まるメイド。
ここまで案内してくれた彼女は、そのまま仕事へと戻っていった。
呆然とするカイトへ、アリアの母である王妃が向き直る。
「お久しぶりね、カイトくん」
そう言って王妃様が、柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれる。
だがよく見れば目の下にはクマが出来ており、どこか憔悴しているようにも見える。
どこかおぼつかない足取りで、カイトを部屋へと案内すると、奥のベッドではゼイド王が静かに横になっており、妃がその手を取る。
王妃様の体調が優れなさそうなのは、夜通し看病でもしていたのだろう。
カイトの入室に気が付いた王様が、妃に体を支えられて体を起こそうとする。
「すまないな、本来なら出迎えてしかるべきだと言うのに・・・・・」
「俺の事はいいですから! 気にせず休んで下さい」
お妃様の顔色が優れないと思ったが、王様のはもっとひどい。
前に会った時の健康的で赤く熟れた様子とは打って変わり、彼の顔は痩せこけ青白くなっている。
体調が優れないとは聞いていたが、病気なのでは在るまいか。
「このごろ体調がすぐれず、このザマだ。 笑ってくれ」
「病気ですか?」
もし体のどこかが悪いというなら、魔法でどうにかなる。
大丈夫、謁見の練習とは違って前に、アリアがカゼを引いた時だって元気にした前例が在る。
しかしカイトの申し出に、ミカナ妃は苦笑交じりに手を払った。
「フフッ、たいしたこと無いのよ、この頃暑いでしょう? 彼も年だから」
「ナニを言うか、それを言うならお前の方が年う・・・・げぶっ!」
何かを言いかけた王様が、言い終える前に王妃の放ったパンチが腹に叩き込まれ、ベッドの中で悶絶する。
違う意味で心配だが、思ったよりは元気そうでホッとした。
「急にごめんなさいね。 こんなに体調が悪いのに、どうしても一目会いたいというから、頼み込んで案内してもらったの。 混乱させちゃったわよね?」
「はい・・・・・・いいえ、お会い出来て光栄です」
恭しく2人へ向かって一礼したカイトだったが、不満があったのか揃って顔をしかめていた。
言い回しを間違ったかと不安に思っていると、お腹を押さえながら、復活した王様が静かに首を横へ振る。
「他人行儀はいい、いつものフラットな口調で構わん」
「そうですか、ならお言葉に甘えさせていただきます」
正直、貴族式の礼儀作法は難しい。
アリアやメルシェードがこの場に居たら、きっと待ったを掛けられていたに違いないが、礼を失しないていどに以降、話すことにした。
「それでは改めて・・・・お久しぶりです。 オレに何か用事ですか?」
王様が体調を崩しているというのに、どうして連れて来られたかが気になった。
アリアも言っていた、体調が万全で無いときには王たる者、醜態を民衆にさらしてはならぬと。
カゼぐらい誰でもひくじゃんとその時は思ったが、客観的に考えれば、それもこれも無闇に民衆などに不安を与えないための、策なのだろうと理解できる。
無理を押してでも会うという事は、なにか事情が在るに違いない、厄介ごとは御免被りたいが・・・・
すると王妃様が、ニッコリと笑みを浮かべたまま、質問に答えてくれた。
「その後、アリアとは上手くいっているかしら?」
「へ?」
思いもよらぬ質問に、目が点になる。
これはナニカの隠喩・・・・と言う訳でも無さそうだ。
病床の王様も、顔をのぞかせ、激しく首を縦に振っている。
上手くいっているかと聞かれても、最近は暇がなくて会っても一言二言かわすぐらいで。
・・・・そして出てくる前、ふと彼女とケンカした事を思い出した。
「なにか、あったの?」
「すみません、ここに来る前にケンカをしました。 いろいろ意見にすれ違いがありまして・・・・」
声が細くなって、最後はカのなくような声になっていた。
セイグンさんの言った国防と責任、エルハルド様の寛容さ、圧倒的にカイトには、この2つが欠如している。
鉄道を武器にしたくない気持ちは変わらないが、ベアルに帰ったらもう一度話し合いたいと、今なら思える。
さすがに姫を怒らせたとあっては、王様達からも叱責を受けるだろうと身構えていると。
「ふふ、良かった。 うまくいっているようね」
王妃様はニッコリと顔を綻ばせ、王様のほうを見た。
彼も怒った様子はなく、とても満足そうだ。
「え、あの・・・・・・あれ?」
「とっても順調じゃないかしら、ねぇあなた?」
「そうだとも、供に暮らしていれば、そのようなことは幾らでもあるさ」
2人は顔を見合わせ、笑いあっている。
てっきり厳しい言葉が返ってくるかと思っていただけに、カイトは拍子抜けした。
「ケンカしたのに、ですか?」
「本当にイヤな相手なら、言葉を交わそうともしないものよ?」
少しだけ王妃様の言葉に、納得してしまう自分が居た。
そんなモノなのかと。
しかし思い返すと、アリアとは業務連絡以外の日常会話が数えるくらいしか無く、また不安に苛まれる。
「忙しくて、最近は話すことも少ないのですが」
「あらあら、カイト君はアリアが嫌いかしら?」
「とんでもない、大好きですよ! 最初は見た目がキレイだな、位でしたけど今は彼女自身を愛してます。 たとえどんな見た目になっても、俺はアリアが大好きです!!」
言い終わった後で、ハッと自分がどれだけ恥かしい事を言ったか気付いた。
なにも、こんな場所で告白せずとも良かろうに・・・・
固まっているカイトを前に、王妃様たちが笑う、どうやら冗談だったらしい。
余計に恥かしいが、ふと気持ちが明るくなったことに気付く。
「すいません失礼しました、とんだ事を口走ってしまって」
「いいえ、良い事を聞かせてもらったわ。 あぁ、それとカイトくん、私がここに居たことは内緒にね?」
「宰相にでも知れたら、大事になるからなぁ」
「なるほど、了解しました」
やはり面会謝絶中とあって、こうして会っているのは良くないようだ。
誰かに気付かれる前に、出て行かねばならないらしい。
後ろ髪ひかれる気もするが、しょうがない。
しかし去り際、背後から王妃様はとんでもない爆弾を落として来た。
「ねぇカイト君? そろそろ私達、孫の顔を見たいなーと話し合っていたところなの」
「そうだな、天に召される前にアリアの子の顔は見たい」
「なっなにを縁起でもない事を! 今度はアリアを連れて来ますから、それまで元気で居て下さい」
不意にセイグンさんのところで、1人娘のシルビナに迫られた光景を思い出した。
なるほど、最近はベビーブームなのだろうか。
1人勝手にナットクして、カイトは握手して帰途に着いた。
「子供・・・・・俺に子供ねェ」
額に手を当て熟考しようとしたが、気恥ずかしさが勝り首を横へ振った。
子供みたいな自分が父役など、到底勤らないのだ。
だが、ずっと後になって思うことなのだが・・・・・
この時もう少し、王様たちと話していれば。
たとえ魔法には制約があるとしても、何かは出来たのではなかろうか。
これが結局、最後になってしまう事を考えると、それが悔やまれてならない。
ちょっと今後の展開等について、ワリと真面目に検討を始めています。
詳細が決まり次第、改めて報告させていただきます。




