第322話・睡眠も仕事です
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ホットケーキを焦がしている駄女神の計らいで、ゲームっぽい中世風の魔法世界へ強制移住となってから幾数年という月日がたち、いろいろ考える。
ゲームなどに興味の無かったカイトにしてみれば魔法など、ただの便利能力くらいのものだった。
それよりも鉄道!
チーレムだかゴーレムだか知らないが、カイトとしては鉄道のほうがよっぽど大事である。
だと言うのに、あの駄女神は『鉄道が在る世界をお願い』したのに、事もあろうか飛ばされたのは、馬車くらいしかない世界。
数年の苦労の末、やっとの思いで鉄道が出来、組合などからも協力が得られた今、苦労は報われたと言って良いだろう。
夢を見続け努力すれば、きっと道はひらける。
だから今日は、ゆっくり今後のことについて思案にふける事にした。
「カイト様メルシェードです、ここを開けて下さい!」
「う・・・・・うん」
せっかく良い夢見ていたのに、けたたましい戸を叩く音が部屋に響き、安眠を妨害する。
ベルランダから王都へ移動したカイト達は、明日の王様謁見に備え、城の近くに在る貴人用の宿泊施設に泊まっていた。
今日ぐらい休めばいいというのは、ダメなのだろうか?
そんな自堕落大公の考えを、知ってか知らずか、秘書様は「失礼します」と言って入室してきた。
「・・・・あっ、お兄ちゃんがまた寝てる!」
入ってきたヒカリも、呆れとも取れる声を上げる。
どうやらメルシェードのほかに、連れて来た人外2人も一緒らしい。
横からため息がもれていたが、とくにカイトは気にも留めず、気だるそうにした。
「・・・・・もう晩御飯?」
「さきほど、朝食を召し上がったばかりではないですか」
辟易するメルシェードを傍目に、カイトは深く布団を被った。
「王様に会うのは明日だろ、転移で疲れてるんだから休ませてくれ」
カイトの周囲の奴は揃って、あっさり転移など使っており便利そうだが、そもそもこれらは伝説や神話にしか出てこないような大魔法。
並みの魔術師なら、50人が集まって数年かけてやっと発動できるか否か・・・・
たとえ発動しても、その後の魔力回復には、少なくとも1ヶ月は要すことだろう。
だが転移を、ただの移動手段としてホイホイ使うカイトがそれを言えば、ただの妄言にしかならない。
「お疲れなのは承知していますが、王陛下に謁見するのであればこそ、相応の準備をしませんと」
「え。 今までのじゃダメなの?」
「不十分です」
キッパリと言われ落ち込みそうになったが、彼女のいう事で間違っていたことは無い。
言われるとおり、王様や重鎮が揃う中で問題なく話せるかなど不安が無いわけでもないのだ。
でもせめて半日、休むぐらいしても罰は当たらないのではないかとも思う。
思ったから、反論した。
「昼まで、頼むから昼まで休ませて。 後でやるから、後でちゃんとやるから!」
そう言って布団を被るカイトを見て、肩を震わせるメルシェードを押しのけ、ダリアが何を思ったのか布団を剥ぎ取ってしまった。
王都は温暖な気候とはいえ、イキナリ布団を剥かれると寒さが際立つ。
「うひっ! なっなにするんだよ!?」
「させませんよ。 この私が起こされたというのに、カイト殿様だけ幸せになるなど、看過できませんからね」
「くっそ、裏切り者め!」
いつもなら倣ってソファでも何処でも寝るのに、今日に限って!
だが甘い、カイトにはドラゴンが呆れるほど無尽蔵に魔力を貯めている、これで間髪要れずに掛け布団を生み、温かさが戻ってきた。
歯噛みしているドラゴンなぞ、知らん。
「だいたい俺が領主なんかしているのが、そもそもの間違いなんだよ。 誰かを導くほどできた人間じゃないし、その才能だって無いんだ、分かっているだろう?」
カイトは何も、自分を卑下するつもりは無い。
これまでの領主としての働きを見ていれば、誰しもカイトが適任と推す人間は居ないと言っているだけの事だ。
鉄道を第一に徴収した税を建設費に回し、諸侯が聞いて呆れるほど防衛は貧弱で。
これと言った決断もしないくせに、アリアの『フツー』には口を挟んでは意見が衝突する。
ベアルで市民から募った『議会』なぞ作ろうとしたのは、この問題を解決する意味合いもあった。
「良いかメルシェード、オレは魔法どころか身分差別というのすら、未だ分かっていない。 魔族も亜人も、同じ人間だと思っている」
「とんだアホウですな、同じであるはずがありません」
フフンとドラゴンが鼻で笑うのに、カイトは返す言葉も無い。
そう、この世界と日本人感覚の抜けない者の間には。認識に大きな壁が立ち塞がっている。
セイグンさんが、供に獣人だというだけでメルちゃんに苦言を呈したのだって、常識的に見れば当然のことだったのだろう。
それが正しいのかは定かではないが、不用意な行動に出れば衝突し、いらぬ諍いを生むこともある。
最初の頃は本気で、ベアルをどうにかしたいという思いもあったが、今では窮屈に感じる事のほうが多い。
「ダリアさんの言うとおり。 オレは考えの浅い、とんだ小心者さ」
「それは・・・・シルビナ様の事でしょうか?」
メルシェードの言うとおり。
先日のセイグン娘のシルビナについて、彼は「好きでないのに、そこまでする必要はない」などと偉そうなことを言って、丁重に妾を取ることを断った。
彼らは驚いた様子こそ浮かべていたが、笑って許してくれた、のだが。
「違う領と関係を持つのがベアル発展につながるというのに壊した、愚か者と言われても良い」
カイトが布団の端をつかんでいると、不意に布団が引っ張られるような感覚が襲う。
先ほどのように剥ぎ取るというのではなく、どうやらメルちゃんが腰掛けたらしい。
「―初めてカイト様にお会いした時、私は驚きました。 両隣に魔族とドラゴンを連れた人など、見たことがありませんでしたから。 いいえ・・・・それだけではありません、私のように奴隷に落ちた獣人を、人並みに扱ったあなたに」
布団の中からでは、彼女の顔や仕草を伺うことは出来ない。
でもそれが、いつものようにモチベーションを上げようとして言っているのではないことは、雰囲気から察した。
一拍おいて、彼女は諭すように言ってきた。
「良いではありませんか、私はそんなカイト様であればこそ、ベアル領主に適任と思っておりますよ」
「え?」
どういう事だと顔をのぞかせると、間髪居れずダリアが踏ん反り返る姿が映る。
「そうですよカイト殿様、今さら肩を落としてどうします。 これからもアホウなことをやらかして、私を楽しませなさい」
「お前なあ~・・・・」
せっかく良い感じの空気だったのに、いつもながらコイツは・・・・と思う反面、その姿に安心感すら覚えるのは、慣れのせいだろう。
どうしてホッとする自分が居た。
そして無性に鬼嫁たちが待っているベアルが、恋しくなってきた。
だが、そのためには、トラブルないよう政務を片付けておかねばなるまい。
目下なら王様への対策を練っておくことで、先日のベルランダのような不測の事態を避け、さらに会話が長引くような事も避けられる。
考えれば考えるほど、ベッドでミノムシみたいになっている場合じゃないだろという囁きが聞こえてくる気がした。
「分かったよ・・・・寝てる場合じゃ無いってんだろ?」
「身内で面識があるとはいえ、相手は国王陛下です。 それ相応に対処をしておく必要があります」
ベッドから起き上がったカイトは、ダリアのバカ発言も織り交ぜつつ、秘書などと供に王様との謁見に備えた。




