第321話・大公は思ったより大変な職業です
投稿が遅れました。
これからも、よろしくお願いいたします。
「ああああああの、私、こういった事は初めてでして、その・・・・お優しくしていただけると助かります!」
「・・・・・・・え?」
そう言われたとき、一体なにを言っているのか、カイトは理解できなかった。
状況を一旦、整理してみよう。
なかなか寝付けなかった彼は、無性にミルクが飲みたくなって使用人を呼んだ。
そうしてやって来た少女は使用人ではなく、薄いレースのような寝間着姿の少女で。
ナニを言いつける前に、血走った目で迫ってきた。
うん、意味が分からん。
でもこの女性には、見覚えがあった。
「えっと・・・・確か夕食の時に居たよね。 セイグンさんの娘さんだっけ?」
寝間着の生地が薄く際どく、イロイロ透けて見えてしまいそうだったので、そっと見ないよう視線を外す。
すると彼女は、恥らっていた様子から豹変して毅然とした態度で返してきた。
「はい、セイグン・ブラッドロードの娘シルビナと申します。 以後、お見知りおきを!」
彼女の気迫に圧され「あぁ・・・・うん」とカイトは生返事を返すのがやっとだ。
服装については触れないことにして、なぜ使用人を呼んだのに、この子が来たのかが不思議だ。
セイグンさんがあまりに印象的なのと、鉄道事業の事で頭がいっぱいで、食事中はほとんど会話らしい会話をしていない。
どうやら情熱系なのと、概ね自分と齢が近いのだろう事だけ、外見などから判別がついた。
改めて見てみると、目鼻立ちはクッキリしており美しくも、その奥に凛とした強い意思が宿っているような雰囲気を醸し出しており、アリアとまた違った美しさがある。
あるいは真っ赤な鮮血のような瞳が、そうさせるのだろうか。
「どうして君・・・・・シルビナさんがここに?」
なんだか懇願されるような視線を向けられ、名前を呼んだら頷いてくれたので、やっと本題を切り出すことが出来る。
なんだか面倒なことに巻き込まれやしないだろうかと不安が過った。
「父上より、大公殿下がおいでの間、身の回りの世話をするよう仰せつかりました。 なんなりとお申し付け下さい!」
「マジか」
あの人は、鬼畜なのかもしれないと思った。
考えてみて欲しい、自分の娘を使用人代わりにフツウ、初対面の客の世話係にするなどあるだろうか?
例えば同じ状況でヒカリを、客人の誰かの世話係に・・・・・
駄目だ、考えるだけで目から水があふれ出てきそうだ。
まァ人それぞれだ、早く用事を済ませて、さっさと寝るとしよう。
「こんな夜中にすみません、少しノドが渇いたもので」
「なるほど、それで私の体を欲されたのですね!? どどどどうぞ、覚悟なら出来ております!」
・・・・先ほどから、会話がかみ合っていない気がする。
どうしてノドが渇いたといって、彼女の話になるのか。
そういえば入ってきた途端、「初めて」だの「優しく」だの、一体なんの事を言っているのだろう?
一考の末、理解不能と判断したカイトは思い切って、本人に直接聞くことにした。
「先ほどからナニを言っているんですか? そもそもナゼ寝間着??」
「父上より、用事を仰せつかった時の文句と、服装に着いて指南を受けました、後は殿方に任せれば、万事上手く行くと」
駄目だ、まったく分からん。
彼女もセイグンに言われたとおりしているだけで、後は何も知らないようす。
さて―、どうしたものやら。
「とりあえずシルビナさん、服を着て下さい。 その格好では寒いでしょう?」
咄嗟に考えた言い訳で、着替えさせる口実を作る。
先ほどから服が透けた彼女への、目のやり場に困っていたのだ。
これ以上は目に毒、メルシェードに見られでもしたら血の雨が降るだろう。
だがベアルと違って、ここは北にある地方であり、夜になるとかなり肌寒いのは確かだ。
当の彼女は眼を見開いて、なぜか感銘を受けていた。
「私のような下賎の者にまで、左様なお心遣いを・・・・・?」
この下りは、何度目だろうと頭を抱えたくなる。
もしや流行っているのだろうか?
面倒くさいので、カイトは自分のペースで話し続けた。
「ウチのベアルは暖かいからさ、他人が寒い格好していると気になるんだ」
「なるほど、盲点でございました。 さっそく着替えてまいります!」
「あぁ、用事の事は忘れていいから、ゆっくり休んで来いよ」
我ながら、なかなかの機転では在るまいかとカイトは思った。
だいぶ驚かされたが、疲れたおかげで良い感じに眠気が襲い、当初の目的も果たされたと言って良い。
「―さ、寝よ寝よ」
こうして波乱に満ちた1日は、過ぎて行った。
◇◇◇
翌日。
客間へ通されたカイト達は、早朝からセイグンに面会した。
「―以上が確約されるのであれば鉄道敷設、喜んで賛同申し上げます」
「・・・・なるほど」
セイグンから示された、鉄道建設に関する妥協案にカイトは、静かに首を縦に振る。
彼がベルランダに路線を敷くにあたって示した条件は、大きく分けて3つ。
一に、建設はあくまで組合主導で行い、それに付帯するベアル領の人員の行動を制限し、ベルランダからの援助は無いという事。
二に、領地通過の際は定められた検問を受けること。
どちらも予想していた内容と、概ね似ている。
後ろに居る秘書にも内容の確認をさせ、自分の名をサインした。
「工事に関しての具体的な資料は、あとで届けます。 予定ルートの地盤調査をしても?」
「むろんです、ただし・・・・」
「分かっています、こちらの条例に従った行動は徹底させます」
カイトは純粋に鉄道を走らせたいだけで、それで私腹を肥やしたいとか権勢を振るいたいなどと言う野心は毛頭ない。
結果的に、それがセイグンの態度を軟化させたのだろうと大公一同、考えていた。
だが、3つ目に示されたものに関しては、秘書だけでなくカイトも顔をしかめた。
「ベアルとの同盟関係―・・・・って何ですか。 ウチは只の一領地ですよ?」
「カイト様、意味が違います」
モノ知らぬ大公様に、辟易としながら、獣人秘書はピシャリと言い放った。
アーバン法国はじめ、諸国では貴族がカイト同様『領地』を管理する、縦割り式の政治が一般的とされる。
ザッと言えば、幾つかの小国が集まって、大国が成っているような感じ。
領主と言えば小さく聞こえるが、その実、一国の王と言っても過言ではない。
むろん、それは飛び地管理のセイグンも似たようなもので、おのずと『同盟』という言葉には、それだけの重さが伴ってくる。
「同盟って、仲良くしようって事でしょ? 俺は願ったり適ったりと思うけど」
おメデタ領主様も勉強はしているはずだが、なんとも純粋すぎる。
人柄としては良いが、では領主の器かと言われれば黙るしかない。
こういった『駆け引き』はアリアが適任だが、その彼女も今はベアルの屋敷である。
「・・・・本来は奥様に、話を通してからとしたい所ですが」
「なんだ、それなら・・・・・・・」
いつものようにイメージを思い浮かべ、魔法でベアルとこちらを繋げようとする大公の手を、そっと自然にメルシェードが制して、辺りを見回した。
貴族の屋敷は襲撃に備え、魔法防御されているのが常。
むろんカイトや破壊狂ならば紙にも等しいだろうが、それを目の前でされて、気を良くする者は居ないだろう。
彼女は暗に、それを告げた事をカイトも悟った。
「本来ならば、こうした文書は領地に持ち帰り、吟味した上でしかる使者を立てて回答するのですが」
そう言いながら彼女は、横で立ちながら寝ている2人を起こすという器用なことをする。
だいぶ前から寝ていたらしい。
「うーん」
さしもの秘書の意図を理解したカイトも考える素振りを見せ、セイグンを見る。
彼は顔色一つ変えず、手を組んだ姿勢のまま視線を交わした。
「なに、おかしな事は書いておりませぬ。 大公殿下と友好関係を築きたい旨を記しているのでございます。 どうか、ご確認を」
奪うようにカイトの前から書状を取り上げたメルシェードは、内容を何度も確認する。
中には、名ばかりの不平等条約が内容に含まれることも在るのだから。
程なくして訝しげな様子を浮かべながらも、小さく首を縦に振っていた。
特におかしな点は見受けられなかったようだ。
それを見たセイグンが、間髪居れず畳み掛けてくる。
「お恥かしい限り、ベルランダは小さな諸領の飛び地。 ベアルのおわす大公殿下の後ろ盾があるとなれば、何かと話を進めやすくなる」
昨日までの肉食獣のような様子とは打って変わり、セイグンはベルランダは厳かに告げた。
だがメルシェードの口撃は止まる事を知らない。
「カイト・・・・大公様を利用されると?」
「・・・・失礼ながら、あなたは見たところ獣人族の使用人の1人と見受けるが、先ほどから何のつもりで私に噛み付くのだ?」
怒っているような低い声を出し、彼との間に一触即発のような空気が出来る。
獣人、そういえばアリアからも種族間の確執のようなモノがあると聞いたことが在った。
どうして良い感じになっていたのに、ケンカ腰になるのかと慌てて、ピリピリした空気の中をカイトが割って入る。
「待ってくださいセイグンさん、彼女は・・・メルシェードは俺の秘書です、ヘンな偏見は止めて下さい。 メルちゃんも滅多なこと言わないでくれよ」
さしもの彼女も主の命とあってか、「申し訳ございません」と素直に謝ると、半歩後ろに下がった。
しかし彼の提示する同盟には、何の問題もないようだ。
みんな仲良くがモットーの彼にとってすれば、願っても無い話である。
「そういう事なら、喜んで手を組みましょう」
今度は一切の躊躇無く、カイトはルンルン気分で文書へサインした。
それに気を良くしたセイグンが、とんでも無いバクダンを落として来るまでは。
「良かった、昨夜もシルビナが殿下の部屋に参ったそうで、何よりでございます」
「え゛」
「カイト様?」
すかさずカイトの背後に、絶対零度の視線が突き刺さる。
ヒカリは分かっていないようで首をかしげているが、ダリアのほうはニヤニヤ・・・・
こいつは多分、全部知っているのでは無かろうかと思った。
まずい、この場で話されたら、地獄じゃすまされない。
今日も、平穏に過ぎる事は無いようだった。




