第320話・上げ膳据え膳
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ガハハッと、大きな笑い声が屋敷に木霊した。
カイトが鉄道は兵器にあらずと熱弁し、あげく『自衛の戦でも、人は殺さない』と意味不明なことを言ったのが原因だ。
ベルランダの地方武官、実質的な領主を兼ねるセイグンは、笑い堪えきれないといった様子ながら話し続けた。
「大公殿下が居るベアルは安泰でしょうな、なんでも侵攻して来た魔王軍を追い返したとか」
「い、いえ追い返すなんて、そんな・・・・!」
こそばゆいぐらいにヨイショしてくる彼だが、カイトとしては特別なことをした認識は無い。
決して謙遜などではなく、魔王が怒っていたので話し合った、それだけである。
あの後『破邪』という術を使って数日間、魔法を使えないようにしてやったのは、今では良い思い出だ。
「それだけの武力を有して尚、大公殿下は『人を殺めぬ戦』を追い求めると?」
「誰かが傷つくなんて、ゴメンです」
大公様の毅然とした返しに、セイグンは再び大きな笑い声を上げる。
そんなに可笑しいだろうか?
スキを見てメルシェードたちへ視線を送るも、揃って視線を外し他人のフリをする。
キョトンとしているヒカリだけが唯一、ぼっち感を和らげてくれた。
「俺は平穏に暮らしたいだけです、必要以上に栄える必要なんて無いでしょう?」
「いやいや・・・・殿下の申されたい事は、よーく分かりました。 実に愉快痛快、このような事は数十年ぶりです」
彼が笑うたび、身に着けた甲冑が擦れ合い、ガチャガチャと音を鳴らす。
少しは見慣れてきたものの、やはり滲み出る威圧感がハンパでは無く、気圧されてしまう。
ともかく今は、目の前の事に集中する。
「それでその・・・・、鉄道を敷く許可のほうなんですが」
「ふむ、そうでしたな。 どうしようか・・・・回答は明日以降では?」
「あ、明日ですか?」
そう言ってセイグンは、座ったまま窓の外を見る。
まだ夕方ぐらいと思っていたが、すでに外は暗くなっており、星が出ている。
日程には余裕を持たせて在るし、急いで心象を悪くしては意味が無い。
「すみません、すっかり長居をしてしまいました」
「いえいえ、こちらこそお引止めして申し訳ない。 部屋は用意させてありますので、本日は当家に泊まって下さい。 召使に案内させましょう」
サッと手を振るなり、衛兵のような格好の男性2人が入ってくる。
来たときから思っていたことでは在るが、この屋敷では衛兵が使用人の代わりを務めているらしい。
机に広げた資料を仕舞うためにカイトはアイテム・ボックスを開いて、中を見るなり、あっと声を上げた。
「忘れていました、これはウチの領地の特産品を加工して造ったものです。 どうぞ食べてください」
「ほほう、これは丁寧にどうも」
興味深そうに身を乗り出す彼に、カイトは簡潔にコレら説明をした。
出したのはベアルあんぱんにグレーツクまんじゅうに・・・・ようはエルハルドさんに渡したものと、全く同じものである。
鉄道のことなどで後回しになってしまったが、幸いと言うか、忘れなくて良かった。
だがセイグンは何より、カイトに甚く興味を示していた。
「・・・・失礼ながら、大公様の元の職業は魔法使いなのですか?」
前に『アイテム・ボックス』は、超高度な魔法だと聞いたことがある。
次々に何も無いところからモノを出すので、そんな疑問が湧いたのだろう。
目を丸くする武官に対し、魔法に疎い彼は頭に手をやり、恥かしそうに返した。
「・・・・よく、わかりません」
◇◇◇
体を預けた途端、ふんわりと包んでくれる抱擁感。
そして毛並み一つ一つまで、手入れが行き届いているのだろう、キレイなシーツ。
寝具を開発した人は、世界で最も偉大な人間だとカイトは思った。
「ふぅ・・・・やっと心休まるよ」
「それは、こちらのセリフです」
ベッドへ腰掛けるカイトを前に、使用人の格好をした秘書は大きな溜息をつく。
セイグン夫妻との夕食も済ませ、ようやく一息つくことができるのだ。
「奥様が居たら何と仰るか・・・・あなたも!」
カイトから横、同じようにベッドへ頬ずりするダリアを、メルシェードはゴミを見るように見下ろした。
最近は遠慮が無くなってきていると言うか、メイドラゴンの方も無視しているのか、目立った衝突などは起きていない。
ヒカリについてベッドに腰掛けているのだが、そちらへの注意は無いらしい。
「まぁまぁメルちゃん、どうだい? 気持ちいいよ」
「お断りします!」
顔を真っ赤にして頭上の耳を逆立てた秘書は、自堕落な主は放っておき、残る2人のうちダリアをベッドから引き剥がした。
「我々の部屋は別です、参りますよ」
「離しなさい亜人の娘よ、私はこのまま休むのです!」
「聞き分けなければ、メイド長に告げ口しますよ」
駄々っ子のように頑なだったメイドラゴンの顔が、あからさまに凍りついた。
メイド長のクレアさんには頭が上がらないのは知っているが、ここまで影響力が在るとは。
ヒカリに関しても、あれほど物分りを良くさせたのは、アリア仕込みだろうか?
結局3人は部屋から出て行ってしまった。
突然静かになったせいか、部屋が広く感じる。
「俺もいい加減、寝るか・・・・」
セイグンさんとの話は、まだ終わっていない。
明日は何としても、鉄道の許可を得なければならないのだ。
早々に寝間着に着替え、布団をかぶったカイトだったが、ここにきて問題が発生した。
「・・・・眠れん」
考えないようしよう思えば思うほど、どうして明日が気になってしまい、目をつぶっても寝付くことが出来なかった。
試しに羊を数えてみたが、効果が無いどころか、むしろ目がさえてきてしまった。
誰だ、数えたら眠くなるといったヤツ!
「そうだ、ミルクは良いんだっけ」
どっかで聞いたことがある、ミルクは体の何かに作用して、イイ感じに体を健康にしてくれると。
寝る子は育つともいうし、健康になれば自ずと眠くなるに違いない。
合ってるんだか、間違っているんだか分からない超理論を思いついたカイトは、善は急げとコップを出して、そこへ魔力を送る―が。
「く・・・・駄目か」
魔法も万能ではないようだ。
ピカッと閃光が走っただけで、コップの中には何も無いまま、カイトはガックリを肩を落とした。
初めて魔法を使おうとしたときも、ラーメンを出そうとして失敗したし、でもこうしてコップは出せるという矛盾。
この違いは何なのだろう?などと、ズレた事を考えてみるが分かるはずもなく、今はミルクを飲むことに専念する。
ミルクが在るとすれば・・・・この屋敷の台所なら在るだろうか?
部屋には、小さな鈴が備えられている。
なにか用事があるときなど、これを鳴らすだけで使用人がすっ飛んでくる。
こんな時間に気は引けるが、かといって他人様の台所へ侵入することはできない。
一瞬のためらいの末、カイトの出した答えは―
「ごめんなさい、一度だけにしておきますので」
チリリーンと軽く、まるで風鈴のような音色が部屋に鳴り響く。
ほどなくして、1人の女性がやって来たのだが。
「ああああああの、私、こういった事は初めてでして、その・・・・お優しくしていただけると助かります!」
「・・・・・・・え?」
入ってきたのは使用人ではなく、薄い寝間着の格好をした少女だった。
もう少しで、新章突入・・・・・したいです。
出来る限り、頑張ります。




