第315話・誰かを知れば、己を知るとも聞いた
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ベアル近郊で起きた鉄道の事故は、魔導信号を始めとした幾つもの変革を与え無事、運行を再開した。
カイトの住まう屋敷の近くを通る線路には、汽笛と金属のきしむ音を響かせ日夜、汽車が駆け抜けていく。
だが、安堵しているヒマは無い。
事故で中断となっていた政務などを、一挙に片付けなくてはならなくなったからだ。
大半は事務処理で済むものだが、実際に現地などへ行かなくては済まないものもある。
その一つが、鉄道の延伸だ。
カイトは駅馬車組合からもたらされた要請書を前に、腕を組んだまま天井を仰いだ。
「そんな事より前に、ほかにすべき事があるのでは?」
「うるさいな、そうでなくても頭が痛いのに」
相変わらずマイペースなメイドラゴンを、カイトは軽くあしらった。
彼女は前から『自分が設計した船に乗せろ』とウルサイのだが、如何せんにも忙しくて時間が取れず、未だに果たせていない。
まともに取り合ってられないので、
「知らないぞ、クレアさんに怒られても」
「悟られなければ、どうという事はありません」
ふんぞり返るダリアを前に、カイトは内心で笑いを抑えられなかった。
『最強』を自負する彼女がタダ一つ恐れるもの、なぜかメイド長のクレアさんを引き合いに出すと、不思議なくらい大人しくなるのだ。
本当に彼女が恐れているのは職務怠慢で『食事を抜かれる』事なのだが、そこの事情を彼は知る由も無い。
「また今度、時間を見つけたらな。 いつまでも我がまま言ってると、余計に時間がなくなるぞ?」
シッシッ、と右手を払って追い出すような仕草をするカイトだったが、なかなか彼女は部屋を出て行こうとしない。
いつもなら渋々でも退散するのだが、むしろ体を近付け、カイトの手元を覗き込んでくる。
「珍しく真剣のようですが、何かあったのですか?」
「鉄道延伸の話と言ったろ。 あと『珍しく』は余計だ」
「カイト殿様の顔色が悪い理由が分かったら、出て行きます」
可愛い顔で、ダリアは邪悪な笑みを浮かべる。
このメイドラゴンは他人の困っている姿を見て面白がるという人間のクズ、いやドラゴンのクズ的側面を持ち合わせている。
おまけにしつこいのだから、始末に終えない。
「そんなに知りたきゃ、自分で見てみろ」
「良いのですか? カイト殿様の人間性を知り尽くした私に掛かれば、あっという間に何を嫌がっているのかを見つけ、街中に言いふらしてしますよ」
ダリアの邪悪な笑みを前に、彼は『やれるものなら、やってみろ』とでも言わんばかりに持っていた紙を放って見せる。
最初こそ意気揚々としていたが、カイトを知り尽くしたメイドラゴンは内容を見るなり、首をかしげた。
内容は、駅馬車組合からの鉄道延伸に関する打診書で、工事費はこちらで負担するので、許可などの処務をお願いしたい旨が記されていたのだが。
先日まで『鉄道延伸』に喜び勇む姿を見ていたので、カイトが今さら、何を嫌がるというのか。
「ぜんぜん分からない、って顔をしてるね」
「とうとう、鉄道に飽きましたか?」
プロの鉄オタを自負しているカイトに、それはあり得ない。
かぶりを振ると、続いてカイトは世界地図を広げて見せた。
測量水準などが高くないため、正確性は怪しいが、そこにはアーバン法国の街などが細かに記されており、鉄道や街道も一本の線として記されている。
ウチ幾つかの赤い線が、打診を受けた計画路線だ。
「交通量の多い場所で鉄道輸送に転換したいんだって、その特に多いのが赤く印されている場所なんだってさ」
「それはそれは・・・・・、順風満帆のようで面白さのカケラもありませんな」
ダリアは興味なさげにそう言ったが、順風満帆などトンデモない。
地図には王都を中心にゴレアやバルアなど、多くの諸侯が治める領地の存在が見られ、西の山脈を越えた隅っこに、カイトが治めるベアル領の名が記されているのが見える。
ソレは良い。
しかし諸領はほぼ別の国と考えて良く、それぞれに『領主』が立ち、自治政治を敷いている場合がほとんど。
幾つもの地方諸侯を、王などの中央政府による管理によりコントロールされる、これも一つの国の在り方であった。
だがそれぞれに『自治政府』を設けている以上、交渉などは国家間のものと遜色ないレベルのもので行われる。
ここからはカイトの一番ニガテとする、『駆け引き』の始まりだ。
「こちらの思惑をスグに理解してくれるなら良いんだけどね・・・・・鉄道を知らない領主様も多いだろうし、果たして許可をくれるかと・・・・・」
初めて鉄道を造った時にも、駅馬車組合との話し合いは随分と苦労した。
保守的な意見も多いだろう、『話し合い』というモノを苦手とするカイトにとっては、頭の痛くなる問題だろう。
だがダリアはあくまで淡白で、そして物騒な態度を崩さない。
「話し合いなど無用です、捻じ伏せて聞かせれば良いのですよ」
「アホか」
カイトは大きく、ため息をついた。
この際、血の気の多いノラゴンは放っておくとしよう・・・・・。
目下の問題は、この話し合いをどう切り抜けるか、にある。
ここで彼の脳裏に、フッと1人の女性の姿が浮かんだ。
「そうだ、アリアだ」
ちょっと忘れていたが、アリアは元は王女のやんごとなき身分。
貴族達への対応の仕方は熟知している可能性が高く、善は急げとカイトは足を踏み出し―・・・・たところで、入り口で停止した。
「いかがされました?」
「いや・・・・アリアとはケンカ中だった」
ベアルは現状、カイトの規格外魔法によって平和が保たれている。
今はそれで良いかもしれないが、恒久的なベアルの平和維持には、あまりに不足。
それを数年前から予見していた彼女は、水面下で領土防衛に関する行動を起こしていたらしい。
しかも、よりにもよって『鉄道』を活用する事によって。
そして衝突した。
ケンカをしてからというもの、アリアは全く私室から出てこようとしない。
それだけ怒りが深いのだろう・・・・大丈夫だろうかベアルは。
「コラ笑うなノラゴン、笑うところじゃないぞ」
「おや、これは失礼をば・・・・クックック」
まぁノラゴンからすれば、完全に他人事だから無理はないかもしれない。
仲直りをしなければ彼女の力は借りられないが、だからといって鉄道の兵器転用に首を縦に振るわけにはいかなかった。
戦争やケンカは駄目、言葉が通じるのなら話し合わなきゃ。
伊達に領主を何年もやっていないのだし、どうにか折り合いがつくまでの間は、自分たちで切り抜けるしかない。
以上、ある程度の方向性が決まったところで、部屋の戸がノックされた。
「失礼致します、頼まれていた資料をお持ちしました」
「サンキュー」
メルシェードが持ってきた資料を机に置くのを傍目に、カイトは引き出しから便箋などを取り出した。
彼女に頼んでいたのは、諸侯の俗称や特徴などを纏めたものだ。
これさえあれば、各国情勢などに疎いカイトでも、ある程度の対処法を模索できるのだ。
鉄道の有用性を諸侯に訴える事が出来れば、これほど心強い事は無い。
まだ出来たばかりで、磐石とはいえない新しい交通手段。
これは世界で受け入れられる通過点として、大きなチャンスとなるのだから・・・・・




