第314話・サインはしない
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ここでおさらいとして、異世界の鉄道を説明したいと思う。
女神の不注意で異世界へ飛ばされる事になったカイトは、行った先の世界に鉄道が無いことに大層、嘆いた。
文字通りゼロから『鉄道』を作った彼は、その技術開発ほか、様々な方面で影響を及ぼし、彼のあずかり知らぬところでも大いなる革新をもたらしつつあり、数々場所において多大なインスピレーションを与えたのは言うまでもない。
・・・という脱線話はさておき。
辺境のベアルから王都までの長距離を鉄道で結んだことは、少なくともパフォーマンスでは最高の実力を発揮していたのだが。
そこへ起きたのが、正面衝突という大事故である。
被害の大小は問題ではない、これは『鉄道』という未来を左右する重大局面だ。
それを理解していたカイトは問題に直面し、とうとう『魔導信号』という代物を完成させるに至った。
以上、秘書のメルシェードによる報告である。
「それはそれは・・・それで、試運転の結果はどうなりましたか?」
アリアは珍しく(?)感心していた、
事実上ベアル領の政務一切を取り仕切っており、鉄道を造るうえで彼女ナシでは語れない。
カイトはここぞとばかりに、メルシェードの報告に被せるように畳み掛けた。
「まずまずだよ。 でも、課題も多かった」
「そうですか」
これまでも鉄道で、信号を使ってきてはいた。
しかしソレは駅員などが持つ『信号旗』であり、ヒューマンエラーなどの危険性を減らす意味合いでも、抜本的な解決が急がれていた。
メルシェードたちと寝る間も惜しんで、あれこれと考えた末に。
思い付いたのが、空気中にある『魔素』を使って動かす信号。
その名も、『魔導信号機』だ。
魔石ガラで周りの魔力を吸収して作動し、レールに魔力を通すことで列車の接近などを知らせる。
その情報は、各駅(信号所)の魔道具で確認が出来るようにした。
こうする事で逐一、リアルタイムで鉄道の運行状況が分かるようになり、情報錯綜による事故の発生を最大限、減らせる事だろう。
指示の色には青、黄、赤の三原色を使っており、信号の形状は元の世界のものに倣わせてもらった。
そして先日やっと試作品が完成し、不通となっているベアル=シェラリータ間で試運転までこぎ付けたのである。
目論見どおり作動はしたのだが、陽が反射すると色が見えにくくなるなど、クリアしなければならない課題も、幾つか散見された。
だが、それでも。
「でも根本的な問題は無かったんだ。 ちょっと工夫さえすれば、このままで十分にイケる!」
「さすがです、カイト様」
珍しくアリアに褒められた事で鼻高々のカイトだったが、彼女はそういうつもりで言ったのではない。
彼は領主のクセに政務をサボりたがるという、とんだ大公様だ。
そのくせ、こと鉄道に関連する事だと覚醒したように俊敏に動くのだから、たまらない。
これまでに何度、『鉄道』に妬いたことか。
しかし彼女が無能領主とは違うのは、そこで話を終わらせない所である。
「では工夫ついでに、こちらにも目を通して下さい。 今日中でお願い申し上げます」
「・・・・・」
目の前に置かれた分厚い紙の束に、カイトの顔は一挙に色を失っていく。
やっと手玉に取られた事に気が付いても、もう遅い。
カイトは早々に諦めて、愚痴を洩らしながら手を伸ばした。
「なんで領主って、俺しか居ないんだろ・・・・」
「「・・・・」」
カイトの口にしたバカ疑問に、答える者は誰も居ない。
恥ずかしさを紛らわそうと笑顔を作ったが、カイトの気分はかえって憂鬱に。
「オレ、なんでこんな事してるんだろう・・・・・」
鉄道が出来たのは、自分の領地というものを持った事が大きい。
だがその恩恵を考えても、疲労回復にはほど遠かった。
せっかく鉄道が造れても乗れないのでは意味が無いというのが、彼の言い分である。
この間の事故の一件もあるし、ここで『鉄道不要論』など出れば、もうカイトは立ち上がれなってしまうだろう。
領の財政より、廃線しかねない鉄道を憂うベアル領主である。
「今日の書類については、目を通さずにサインだけで結構ですから、そんなに辛そうにしないで下さい。 こっちにまで憂鬱が伝染ります」
「本当で!?」
いつもは『全文読め』と鬼のようなことを言う彼女が、今日ばかりは天使に見えた。
サインならお手のモノ、これまでの俺が育ててきたサインスキルを見せてやろう。
見よ、魔法を使わないのにタイプマシンのように動く、神のごとき腕の動きを!
「お兄ちゃん、スゴイ・・・・・」
「・・・・・」
外野の呆れている様子など構う事無く、カイトは書類の一枚一枚に、物凄い速さで自分の名を記入していった。
山のように積まれていた書類は、ものの数十秒たらずで無くなり。
あと数枚のところまで名を記入し終えたところで、彼の筆の動きがぴたりと止まった。
「あれ、これアリアからの?」
最後の書類は要望元がアリアとなっており、書類が束になっていた。
珍しいこともあるものだ。
同じ屋根の下で暮らしているのだから、口頭で済ませれば良いものを・・・
ここら辺はさすが、ストイックなアリアらしいと言えるだろう。
「ふーん、どれどれ・・・・・」
「あ、あのカイト様!」
内容に目を通そうとした瞬間、アリアに書類を取り上げられた。
なぜ?
「どうしたんだよ、変なアリア?」
「な、何も変な事などございません。 私のは内容が細かいので、読むのには時間を要しますので・・・・」
「良いじゃないか、そんお1本ぐらい読むよ」
ヒマというのもあるし、単純に『興味本位』というのもある。
今までにアリアが要望を出してくるなど無かった事だし、是非どういったモノなのかを確認しておきたかったのだ。
出してくるぐらいなのだから、読んではダメな理由は無いはずである。
「隠すこと無いだろ、読ませて貰うよ」
「あっ!」
どうしてもアリアが渡そうとしないので、カイトは空間魔法の『取り寄せ』を使って、これを奪い取った。
『見るな』と言われると見たくなるのが、人間の性である。
こうして公式文書として出している以上、領主のカイトに読む権利はあるはずだ。
アリアは半ば諦めムードで、カイトの手の中の書類にチラチラと視線を送っていた。
さて、肝心の内容だが。
見出しには『港湾施設周辺と鉄道の有効活用について』とあった。
「へェ、鉄道か」
「いえ・・・・・その」
どうにもアリアの歯切れが悪いような気がするが、構わずカイトは先を読み進めた。
まず前置きとして、鉄道ほかの施設等の現状について、事細かに説明がなされ・・・・ここは割愛。
全体の半分ほどを読み進めたところで、「以上が現状のベアル領の実態である」と書かれており、ここから本題に入ることが伺える。
だが全体の3/4まで読み進めたところで、カイトの表情に変化が生じ始めた。
それまでの柔らかな笑みは失われ、徐々に険しさを帯びていく。
そこから不安を感じ取ったヒカリたちは徐々に距離をとり始め、当事者であるアリアは視線を流す。
最後にカイトは低い、くぐもったような声で、アリアに質問をぶつけた。
「ねェ、軍備強化ってどういう事?」
アリアの提示してきたのは、ベアルがあまりに『弱い』という事であった。
街の規模は世界有数にまで成長したが、頭の中まで平和な領主様の治めるベアルは、警察代わりの警備兵のほか、街には外壁すら無い。
魔の森に近接する土地でこれでは、シェラリータなどと比べれば無防備も同然だ。
もし攻められでもすれば、甚大な被害を免れない。
「そこにある通りでございます。 事後承諾になって申し訳ございませんが、既に工事はほぼ完了しておりますので、あとは運用の許可をと。」
先ほどまでの挙動不審さがウソのように、毅然とした態度をとってくるアリアだったが、カイトも負けじと、大きな声でこれに意見した。
「いらないだろ、誰と戦うって言うんだ!?」
「軍備強化は、あくまで諸国への抑止力です。 カイト様が手を加える前のバルアにも、すえつけてございました!」
アリアの言っていることは、国家間の『駆け引き』の話だ。
人や国というモノは優位に立ち、自らを中心に物事を考え、推し進めようとする。
そこで意見の齟齬や摩擦が生じるのは必然で、弱そうだと『みくびられる』と、あっという間に食いものにされてしまうのだ。
そこで『自分はこんな力を持っている』と誇示し最低限、同じ土俵に立つ。
軍備というモノは、特に簡単で効果のある『駆け引き』の道具だ。
ただし大砲は効果的な分、重いうえに費用が莫大で、機動性などにも欠ける。
そこで今回、据え付ける『砲台』には、列車による移動式が提案されたのだが・・・・・・
むろん鉄道が兵器に転用されるなど、カイトには言語道断だ。
「いいか俺はサインしないぞ、絶対にだ!」
だから彼は言った、これだけは曲げないと。
鉄道の兵器転用なぞ、まっぴらごめんである。
だがアリアも、まけじと食い下がって来る。
「お待ちくださいカイト様、これはベアルの未来が・・・・・」
「出てってくれ!」
カイトとアリアが出会ってから数年。
初めてのケンカだった。




