第312話・失敗は成功の母とも言う・・・・よね?
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焦げ臭いニオイが、鼻を突く。
焼けた鉄と、炭化した木の臭いだ。
カイトの眼前には無残に変形した2つの列車の姿があり、1つは完全に横倒しになってしまっている。
まだ熱が残っているのか、ところどころ白い煙が立ち上っていた。
カイトは哀しげに眉を顰めた後、近くにある信号所の責任者から来た男性に話し掛けた。
「事故の被害は?」
「はい、衝突したのは貨物列車だったのが幸いしました。 乗っていた機関士4名も直前に飛び降りたので、軽症を負っただけです」
死傷者が出たと聞いたときは肝を冷やしたが、フタを開けてみれば怪我人が4人。
それも列車から飛び降りた際に出来たモノで、既に回復魔法によって治療は済んでいるとの事だった。
客を乗せていない貨物列車の事故だったのが、不幸中の幸いと言えよう。
「機関士の人たちは?」
「現在はベアルの治療院にて安静にさせておりますが、お会いになりますか?」
「いや、回復のほうを優先させてくれ」
事故が起きてから、まだ半日と経っていない今。
怪我が無いといっても、事故のストレスは大きいだろう事が予想され、ついたばかりの傷に塩を塗るようなマネはしたくない。
少し期間を置いたほうが落ち着いて、話も的確になるだろう。
「もう少し現場から分かった事を聞きたいんだけど・・・・・・」
「エリットさん、組合からギルドマスターが到着しました」
カイトが質問したところで、駅員の1人が駆け寄ってきた。
ベアルの市街から距離にして20キロという近距離の場所とはいえ、ここに至る道は無く、鉄道以外での到達手段は無いに等しい。
馬車が使えないとあっては移動は徒歩など限定され、その結果として現場への到着は遅くなってしまう。
転移魔法が使えるカイトなどは例外だ。
「分かりました、少々お待ちになって頂いてください。」
「いや俺の事は良いよ、ギルドマスターさんに会いに行ってくれ」
「そ、そうですか・・・?」
恐縮しながらも信号所の人も最後には、もと来た道を信号所の方へと向かっていった。
それを見送ったカイトは、連れてきたメルシェードたちにここに居るよう託して、自分は森の中へ分け入り誰も来ない事を確認すると、何も無いところへ一人事のように呟く。
「アキレス、姿を現してくれ」
「ここに」
カイトの声に呼応するように、木の陰から魔人が姿を現した。
魔族は人間や他種族とは敵対関係にある者の総称で、ベアル領主の隠された領民でもある。
人目のある場所だと恐がる人が多いので、こうして森の奥で会うことが多い。
彼女には昨晩、鉄道の事故を調べてくるよう言ってあったのだが。
「今の時点で、分かっていることを教えてくれ」
「眷属が見ておりました、どこからご報告いたしますか?」
さすがは1万5000の眷属はダテではない。
カイトは関心する反面、腹が冷えるような気すらした。
しかし、今はその恩恵を受けているのだから、深く考えるのはよす事にする。
「最初から。 ピンからキリまで頼む」
「では機関士たち4人が朝、起きたところから・・・・」
「列車が発車したところからで頼む」
アキレスの『報告』は、昨日の日没から始まった。
事故を起こした当該の列車のうち、ボルタ方面へ向かっていた貨物列車がシェラリータを、1時間以上も遅れて発車した。
遅れた理由が気になるかもしれないが、今は重要ではない。
貨物列車は回復運転もむなしく、終着のベアル近くに着く頃も数十分の遅れが出している状態で、ベアルに至る最後の信号所に差し掛かりつつあった。
一方その頃、ボルタから来た貨物列車は1つ目の信号所で、足止めを食らっていた。
対向の列車はいつ来るか分からず、ロクに連絡すら取れず何処を走っているのかも定かではない。
とうとう痺れを切らし、列車はシェラリータへ向け北上を開始したのだった。
すぐソコに、その貨物列車が近づいて来ているとも知らず・・・・・。
機関車には闇に潜む魔物を避けるため、前方を魔力灯で照らして進む。
この灯りは遠くからでも視認できるため、近づいて来る列車はまるで、こちらへ突進してくるように映っただろう。
ブレーキを掛ける間もなく機関士たちが飛び降りる刹那、両貨物列車は正面衝突して一台は転覆した。
ボイラーの火が回り、貨車の一部が焼ける被害があった。
しかし、これだけの事故でも大怪我を負った人は出なかった。
信号所から出たばかりだったので、速度が出ていなかったのは、不幸中の幸いだろう。
アキレスの報告は以上だったが、その事実はカイトの肩に重く圧し掛かった。
「俺のせいだ・・・・」
「一連の事故を起こしたのは、無能な人間達の不徳の致すところ。 閣下には責任などありません」
アキレスはあくまで、カイトをヨイショしたが、そんなものは彼の耳には届かない。
これまでに何度か、駅馬車組合の方からは定期報告は来ていたのだ。
急な鉄道の延伸開業で人手が足りず、従事者の練度が下がり、またはオーバーワーク気味だと。
二次的な問題として、輸送取り扱いのミスや、列車の遅れも目立っていたらしい。
いつか時間が解決してくれる、そんな楽観的な考えが、今回の事故を招いたと言えなくも無い。
「ありがとうアキレス。 ほかの魔物たちにも、そう伝えておいてくれ」
「ははっ! あの・・・・?」
用事が済んで踵を返したカイトだったが、アキレスは顔を上げ、カイトの方を何度も見る。
まだ用事があるのだろうか、モジモジと体を揺すっている。
「言い残した事があるなら、聞くけど」
「僭越ながら閣下、その・・・・褒美を賜れればと思うのですが。」
「あ」
これまでゾンザイに扱いすぎたせいだろう、ドMの市民権を得たアキレスは、何かやり遂げるたびにカイトに、『褒美』をねだる様になっていた。
ちなみにここで言う『褒美』はモノではなく、物理的制裁(拳骨など)の事である。
アキレスたちの意向が分かった今は、その彼女達に手を上げる事は出来ない。
・・・たとえ、本人たっての希望だったとしても。
パワハラ反対。
「今は忙しい、また・・・・・今度な」
「ははっ、楽しみは後にとっておきます!」
後で屋敷にでも来るのだろうか。
なんとか弁解して止めさせようとしたが、カイトが引き止める前に、アキレスは姿を消していた。
頭は痛いが、考えなければならない事は、他にある。
再び事故現場まで戻り、そこで待っていたメルシェードに、ある事を聞く。
「なぁメルちゃん、魔石の中にある魔力と空気中の魔素は、違うものなのだろうか?」
「はぁ・・・いえ、本質的に同じものとされていますが、しかし両者は濃度が異なります。」
彼女の言うことは、この世界での一般常識だ。
魔法を使うとき、この『魔力濃度』が非常に重要になってくる。
特に大きな魔法を使うとき、空気中の魔素が多い場所だと、効果が増幅することが多い。
カイトの鉄道は魔石という魔力結晶を媒体に、安定した魔力供給を行うことで、魔素の薄い地域でも、安定した走行を可能としている。
ただし魔石を用いるのは、あくまで『列車を動かす』時だけ。
魔力電話が良い例だ。
あれは伝道抵抗の弱い、魔石ガラを精錬して棒状に伸ばしたものを回線として使用し、離れた場所から、情報が伝達、共有できるようにした代物だ。
通話先のイメージさえ出来れば、少量の魔力でも遠く離れた相手とも話すことが出来る。
苦言を呈すとすれば、魔力消費が大きいのでMP不足を回避する意味で、通話時間が短く制限されてしまっている点だろうか。
その結果から来た情報伝達不足も、今回の事故と無関係ではない。
「今後こんな事が無いよう、できる事は改良したい」
「私もお力になれれば」
カイトは鉄道に関しては特に、より良くしたいと常日頃から考えている。
事故は哀しい事だが、この機会に改良できる事もある。
一番いけないのは、失敗から学ばず放置する事だ。




