第309話・もう一人の大公
大変お待たせいたしました。
幻覚とか見てサンザンでしたが作者なんとか、生きてます。
健康管理の大事さを、痛感させられました。
ベアルから王都まで、鉄道でつながってから数週間が経ち。
しかし当時の収益は赤字で、王宮から出される『補助金』でそれを補填している状況が続いていた。
見事なまでの『自転車操業』である。
プロデュースして売り込もうとしていた『バルア観光リゾート地計画』も失敗し、それで出た赤字も大きい。
それだけにこの報告が来た時、カイトは思わず大きな声を出した。
「バルアが成功したって本当!?」
「そうは申していません」
飛び上がらんばかりに高揚するカイトを、アリアが諌める。
この屋敷では、もはや日常の光景だ。
感情の起伏が激しいカイトは、一気に真顔になる。
そこへアリアが畳み掛ける。
「旅客収入は残念ながら、あれ以降伸びていないとの事です」
「なんだぁ・・・・」
今より更に、数週間まえ。
カイトはバルアをプロデュースするため、自らが被験者となって旅行プランを練り、それを売り出そうとした。
ちょっと期待したのだが、現実はそう甘くはないようだ。
しかしアリアは入室した際、『バルアがどうにかなりそう』と言ったのだ。
そこのところの理由が結びつかず、カイトは疑問をぶつける。
「・・・・じゃあ、何が大丈夫なのさ?」
「荷物の輸送です。 利便性などに気が付いた幾つかの商会が、帝国向けの交易品の輸送ルートに鉄道を使い始めたのです」
時間を置いて、カイトは彼女の言っている事を理解した。
つまり、旅客ではなく貨物の収入が上がったらしい。
収入が増えれば当然、商会の収益も上がり、歩合制になっている鉄道の賃貸収入も増える。
その財源をバルアの赤字に廻す、という事なのだろう。
「そうか、そういう事ね」
「そういう事です。 ひとまずの財源確保は、これで何とかなりそうです」
カイトたち2人は、揃って似た仕草で一息つく。
似たもの同士・・いや傍から見ても、2人はまだ初々(ういうい)しかった。
今月は、久しぶりに貯金が出来そう。
嬉しさを滲みませて、カイトが横を向くと、アリアと視線が交差する。
なんと言うか、ほのぼのと幸せ。
「何だか幸せそう」
「不思議だねー」
「・・・・・」
「ああああああっ!!!」
刹那、ヒカリとノゾミ、メルシェードの3人が部屋に居るのを、カイトは思い出した。
やばい、やましい事は何も無いのに、メチャメチャ恥ずかしい!!
アリアは気を利かせてくれたのか、瞬時に別の話題を振ってくれた。
「忘れるところでした、もう一つ! カイト様にご許可願いたい案件がありまして・・・・」
「また増えるの!?」
つい思ったことが、口を突いて出る。
しかしアリアは顔色一つ変える事無く、平静を貫いた。
「お手間は掛けさせません。 領主は責任が大きい仕事の連続ですから」
「それは、そうかもしれないけどさー」
前にアリアに『官使』(副領主)を立ててはと提案されたことはあるが、仕事を分担する過程でひと悶着ありそうな気がして、保留にした経緯がある。
しかし今さらになるが。
そういった『分業』みたいな感じではなく、交互に休みが作れれば良いなと思う、今日この頃。
そこでカイトは、ふと『公民』の教科書の内容を思い出した。
「民主政治だ・・・・」
「・・・・は?」
これは良い事を思いついた、みたいな顔をするカイトを見て、アリアの背中には悪寒が走った。
彼が思いついたモノは、大抵ロクでもない事であったから当然。
政務で愚痴をこぼすのに、厄介ごとを自分で持ってくるのだ。
あとは素直に、『みんしゅ政治』とは何のことやら?
「・・・・・何をされるつもりのですか?」
怪訝な表情を浮かべるアリアをよそに、カイトは人目も気にせずビシッとポーズを決める。
これによりアリアの表情は一層くぐもったが、彼の暴走は止まらない。
頭上に疑問符を浮かべる彼女そっちのけで、彼は畳みかけ続けた。
「この屋敷に使っていない部屋があったよね、まだ空いてる?」
「そうですね・・、いつでも使えるようにはしてある筈ですが」
屋敷で働いている使用人の存在に、カイトは改めて感謝した。
あと、この屋敷を建てた前の領主様にも。
彼は机の上に載っている紙くずにペンを走らせると、それをアリアに見せ付けた。
そこには、こう書かれていた。
『議員募集 領内の政治に関わってみませんか!』
「・・・・・は、誰に?」
「だーかーらー、都民のひとたちに決まっているだろ!」
だーかーらー、では無い。
彼が口走っているのは、世界の常識を根底から覆しかねないことである。
現時点では、『力ある者が政治などの実権を有す事にこそ、安定が図れる』というのが当たり前。
実例が、爵位を持つカイトが大公として、ベアルを治めていること。
その方が中央政府の管理がたやすく、前期バルア領主バルカンのように罷免も容易だ。
これも一つの国の在り方なのである。
しかしカイトには、その常識が未だに分かっていない節があった。
「そうだよ、住民の要望がこれだけあるんだから、ひとつひとつ話し合って決めれば良いんだよ。 大体俺たちだけで考えるのが、そもそも間違えていたんだ」
「お、お待ち下さいカイト様。 何を仰られているのか、私には分かりません!」
アリアは元々は『王女』という立場にあったので、誰より事の重大性は、理解している。
もし彼の言うことを実行すれば、どうなるか。
諸外国のことや国内政治など、あらゆる点から客観視していた。
「いけませんカイト様、民には民の役割があります。 それを蔑ろにするのは、許されません!」
「誰が許さないって言うのさ、俺だって元は只の冒険者だ!!」
さらに元をたどれば、この世界の住人ですらない。
カイトも自分の考えを変える気は、まったく無いようだった。
日本には『三人寄れば文殊の知恵』ということわざもあるが、アリアにはニュアンスが伝わりくい。
でも、みんなで相談して決めれば、今よりずっと良い考えが浮かぶはずという事は、信じて疑わなかった。
住み良い街は、皆で作って行くべきなのである。
あと・・・・、仕事が分担できれば、それだけ休めるしという下心もあるし。
頑なだったアリアも最後には折れて、ヤレヤレとため息をつく。
「分かりました・・・・・それだけ堅い意思なら止めません。 私は出来るかぎり補佐させていただくのみです」
「そうか、ありがとう」
なんやかんやで領主夫人として、ベアル政治にアリアは欠かすことが出来ない存在だ。
感謝してもしきれないカイトだったが、ですがと、彼女は付け加える。
「傍から様子を見させていただきます。 もし今より政務に滞りが起きるような事があれば、その後の在り方は考えさせていただきます!」
「もちろん、それで十分だ」
自分と違い、アリアは当初からベアルの政治を一手に引き受け、ここまで引っ張ってきた。(カイトの認識)
その上で『ダメだ』と判断されたなら、彼としても諦めがつけれる。
俊敏さには欠けてしまうが、それがベアルの領主様だ。
こうしてベアルで、非公式に大改革がなされようとしていた頃。
王都アルレーナの宮殿では一時、騒然となっていた。
ゼイド国王陛下が、夕食時に突然、何の前触れも無く倒れたのである。
一件は表沙汰にはならず、ごく一部の王宮関係者が知るのみで、王宮の中には緘口令が敷かれている。
その中をミカナ王妃は数人の供を連れて、悠然たる様子でゼイド国王の私室へと向かっていた。
「国王陛下には面会できますか?」
「だいぶ落ち着かれたご様子です、しかし長く話されるのは・・・・・」
「分かっています」
部屋の前を守っている衛兵の案内で、彼女は王が休む私室へと入る。
王の部屋には身分ある者しか入れないので、ここまで付き従って来た従者は部屋の外に控える。
それを確認したところでミカナ妃は、ベッドに横たわっている王に声を掛けた。
「ゼイド、寝たフリをしていないで、起きてはどうです?」
食事中に急に倒れてから、既に数日が経過している。
ゼイド王はベッドにうつぶせになって居たので表情は伺えなかったが、ときおり視線を送ってくるので、起きている事が分かった。
ミカナ妃が腕を組むと、ようやく彼はか細い声を返してきた・・・のだが。
「・・・・アリアは?」
「また、あの子の事を考えていたのですか・・? いつまでも寝ていては、体に毒ですよ」
これで何度目かと、妃は辟易した様子を浮かべる。
訪ねなければスネるし、しかし訪ねて口を開けば、遠くベアルに行ってしまった姫の事ばかり。
元気そうで何よりだが、モヤッとした気持ちに苛まれるのはヤキモチだ。
だが彼女自身、彼の気持ちは分からないでもない。
ゼイド王は十数人に及ぶ兄弟姉妹の中で、アリア王女を特に可愛がっていたのだから。
カイトという男性と婚儀を結びたいと言ってきた時は、外っ面は祝福していたが、裏で号泣していたのは、近親者の一部しか知らない。
国王という立場は何かと制約も多く、以後はアリアとも会えない日が続いていた。
さらに追い打ちを掛けるように。
王が倒れた日の、その翌日。
その日はベアルへ行って、大公が主導している『てつどー』の開業日で、彼も行くことになっていたのだ。
翌日に無理を推して行こうとした時は、『この人は、永遠に死なないのではないか』と王妃も思ったもの。
結局のところベアルに行く事はかなわず、医療魔術師の言いつけどおりベッドで安静にする事となったのだが。
以降、口を開けば姫ひめヒメ・・・・。
まるで駄々っ子だ。
「そんなに会いたければ、いっそ行かれては?」
「良いのか!?」
すこしカマを掛けた途端にコレだから、やりきれない。
王宮にはベアル領主の魔術の作った『ゲート』というものがあり、それをくぐれば一瞬でベアルに行くことができる。
・・・が行くのは簡単でも、そう易々と休みが取れるほどザルでは無い。
休みは早くて、一ヵ月後といったところか。
「・・・・・今はダメです」
「・・・・」
ゼイド王の目から光が失われ、また布団の間にもぐりこんでしまう。
今はこんなだが、いつもの彼は王として、常に民の事を考えて第一線で働いてきた。
シェラリータ領やベアル領などは、その結果の賜物だろう。
息抜きはあって、しかるべきと思う。
しかし古株の諸侯からは、不満の声が少なからず上がっているのも事実。
医療魔術師いはく倒れたのは過労が原因らしく、回復魔法を掛けてもらったので当座の心配は大丈夫らしいが、無理は禁物と釘を刺された。
心労などが、祟ったのかもしれない。
しかし今の彼は、別の意味で心にダメージを負っているようだった。
でも、それでは困る。
「今すぐは出来ませんが、いつかまた参りましょう。 きっと歓迎してくれますよ」
「そうか・・・、うん、そうだな。 では早く行けるよう、そろそろ起きるか!」
ようやく王の中で馬力がかかり、ムクリと体を起こした。
傷心などと称して、いつまでもゴロゴロされては困ると宰相も洩らしていたので正直、助かった。
その時、ちょうど狙いすましたかのように私室の扉が叩かれる。
「失礼いたします国王陛下、大公殿下が見舞いに参っておりますが、いかが致しますか?」
「大公だと・・・・早く通せ!」
「ゼイド・・・・」
それまでのノロさがウソのように俊敏な動きで、ゼイド王が布団に倒れる。
さすがに呆れ、ミカナ妃はゴミを見るような目で、そのミノ虫王を見やった。
程なくして、見舞いに来たという大公が、部屋に入って来た・・のだが。
「話は宰相殿下から聞き及びました。 お元気そうで、何よりでございます父王陛下」
「なんだ、お前か・・・・」
現れたのは、この国に居るもう一人の方の大公。
ゼイド王の子息にあたるエルフォンド公だった。
つまり彼はアリアから見れば、実の兄に当たる。
ベッドから顔を出した王は、あからさまに顔から色をなくしていく。
「ゼイド、せっかくエルが訪ねて来たというのに、それは何ですか!」
さすがに見舞いに来てくれた子供に対して、それはあんまりだ。
そう思って声を荒げる王妃だったが、当の彼は屈託の無い笑顔を浮かべ、それを制した。
「まぁまぁ王妃殿下、陛下の元気そうな姿を見られただけで、私は満足ですから」
「もぅ・・あなたも3人の時に敬称を使うのはやめなさい。 せっかくの親子みずいらずだと言うのに」
それにしても、不思議なこともある。
王が心配を掛けたくないと緘口令を敷き、倒れたことは王宮の一部の者にしか伝えていなかったはずなのに。
だがその疑問は、すぐに払拭された。
「父上がお元気そうで何より、これならゆっくり話が出来そうです」
「「話?」」
「実は話があって参りました。 ベアルを治めているという・・・成り上がりの大公についてです。」
この時、エルフォンドの表情から先ほどまでの笑顔は、完全に消え失せていた。




