第307話・ダリアさんと休戦しまして
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ダリアは最近、ずっと虫の居所が悪い。
それを肌で感じた使用人の多くは、彼女から距離を置いていた。
見た目こそ可愛げのある出で立ちなので、凡そ忘れられがちだが、彼女は地竜というドラゴンの亜種。(自称)
その力を持ってすれば、一夜にして王都を灰に帰すという・・・(ウソか誇張か、それは別問題として)
当然ベアルがそうなっては一大事なので、領主のカイトと彼女との間には、ある”取り決め”がされていた。
それは定期的に、街外れの森でストレス発散する事である。
そのドラゴンは初めて彼に会ったとき、驚いた。
自分より強くある存在に、そして人間1人に負けた自分に。
破壊狂で向上心もプライドも高い彼女が、素直に『弟子にしてください』などと言える筈も無く。
身を寄せて現在に至る。
「うぅ・・・、頭痛が痛い。」
だが最近になって、カイトは忙しいため時間が取れないらしく、そのストレス発散がおざなりになりつつあった。
では逆にモノづくりと言っても、得意だった船作りは魔導船の設計をさせられて以降、見るのも億劫に。
頭痛が痛いなどと言うところにも、そんな彼女の心理が顕著に現れていた。
それもこれも、全部カイト殿様のせいである!
そうを思うと、ダリアは今まで自分を制してきた事が、バカみたいに思えてきた。
「あぁ、馬鹿馬鹿しい!」
このままではストレスで死ぬとか、暴れるとか言えば彼はしぶしぶでも、付き合うだろう。
私は誇り高きドラゴン、なぜ約束を守らねばならない?
俄然、元気が出てきたダリアは、脱兎のごとく勢いで彼の居る私室へと向かった。
「カイト殿様、お話があります!」
バーンとノックもそこそこに、領主の私室に入るメイドラゴン。
しかし中には確かにカイトは居たものの、少しもこちらに気付いた素振りは見せない。
まるで、無視されているみたいな気分だ。
それが更に、彼女のカンに障る。
「カイ・・・!」
「シー!!」
カイトと言いかけた瞬間、彼の傍らに居るヒカリによって、それは阻まれた。
胸元には魔石が淡く光っており、彼女が人ならざるものである事を物語っている。
ダリアはガシガシ頭を掻くと、暴れるでもなくヒカリの横へと付いた。
ともあれ彼が何をしているのかが、とても気になったのだ。
「何ですか、これは。」
「ダリアさん、いつの間に居たの?」
本当に気付いていなかったのか、驚いた様子を見せるカイト。
さしものダリアも気が立っていた関係で、棘のある言葉を返した。
「それでも領主ですか? これまで何人もの人の王を見てきましたが、いささかカイト殿様は気配察知などに優れているからと言って、無防備が過ぎるのでは? いつか暗殺されて死にますよ。」
「ぐ・・・、ビシッと痛いところ突くなぁ。」
いつ寝首をかかれるか分からない、それを暗に指摘されたカイトは、思わずダリアに苦悶の表情を見せた。
いつも彼女とは命をかけた死闘を繰り返しているので、(そのままの意味で)その言葉には妙に説得力があるのだ。
彼女が来て良いことは無いので、早々にお引取り願う事にする領主。
「お帰りは、あちらだよ。」
「そうは参りません、今日こそは取り決めを守っていただかねば。」
何の事だろう、とカイトは首をかしげた。
彼は素で忘れてしまっているらしい。
「・・・用事って何だよ?」
「私と戦って下さい。 このままでは、ベアルに災いが・・・」
上からだか、下からだか分からない言い回しで、ダリアは邪悪な笑みを浮かべ迫ってくる。
だがカイトも、こういった対応には慣れたものだった。
「もたらすな、俺は忙しいんだよ!」
何を言うのかと思えば。
あまりに一方的な話に、カイトの興味は一気に失くしたように視線を外した。
むろんダリアは、このまま引き下がるつもりは毛頭ない。
今日こそは我が身の鍛錬を・・・
「ダリアお姉ちゃんも食べる? さっき料理の人にもらったの。」
「・・・。」
憤慨しているダリアにヒカリが差し出したのは、皿に並べられたクッキーだった。
バカにしてはいけない。
この屋敷で働いている使用人は、みな王宮から引き抜いてきた選りすぐりエリートばかりで、みな能力が高い。
それは料理人に対しても言えることで、彼らの出すものは、パン1つにしても極上の一品。
このクッキーは、恐らくお茶菓子として出されたものだろう。
自然、メイドラゴンの腹の虫が鳴る。
でも勝手に食ったことがクレアなどにばれたら、叱りを受けるかも・・・
この一瞬の困惑に、カイトはすかさず付け入った。
「ダリアさん、戦うのはよさない? 休戦の印としてそのクッキー、全部やるから。」
「(ゴクリ。)」
考えろ、メイドラゴン。
クッキーは、そうそう食べる機会は訪れない。
戦うのは、明日でも出来る。
ダリアは一瞬の迷いの末、クッキーを頬張った。
交渉成立である。
カイトはその光景を、邪悪な笑みを浮かべて見ていた。
「ほほほでハイホほろはま、ふぁにほひへおいへへ?」
ボリボリとクッキーを噛み砕く音を響かせながら、ダリアはカイトへ質問をぶつける。
しかし口の中にはクッキーが入っていたので、くぐもって内容は聞き取れない。
カイトは眉間にシワをよせて、行儀の悪いメイドを窘めた。
「話すか食うか、どっちかにしろよ。 汚いな。」
「(モゴ・・・。)」
彼女は食うことを優先したようで、飲み込んではクッキーの載っている皿に手を伸ばした。
まったく、今度は何を言い出すのか・・・。
心を読めば早いかもしれないが、彼女を相手にそんな事をしたら、後で弱みに付け込まれるばかりだ。
ダリアは食べたものを飲み込むと、すかさず質問をぶつけた。
「ところでカイト殿様、何をしておいでで?」
「ああ、コレか。」
カイトの警戒に反して、ダリアが聞いてきたのは、何の邪気も無いことだった。
珍しく一生懸命、仕事をしていたので不思議に思われたのだろう。
特に隠すような事でもないので、カイトはそれを見せた。
「旅行会社を作ろうと持って、組合へ協力をお願いする打診書を用意していたんだ。」
ちなみに彼の言う組合とは、駅馬車の事である。
ホレ、とカイトは書いていたものを見せたが、ダリアは首を傾げるばかりだった。
「『リョコーガイシャ』とは、何ですか?」
数百年の時を生きてきたダリアでも、そんな単語は知らなかった。
旅行も、会社という概念さえ無いのだから、無理もない。
だが幸い、カイトが『異世界を渡ってきた者』である事をダリアさんは知っている。
その分だけ、口下手な彼でも説明は幾分、容易だった。
「俺の世界では誰でも好きに、どこへ行っても良いんだ。 たとえ貴族や冒険者でなくても、外国でもどこにでも行けるんだよ。」
「それは面妖な・・・。」
ダリアは目を細めて、感嘆を洩らす。
そしてカイトから流れてくる、断片的な記憶の景色を垣間見た。
いくら天下無双の2人組みでも、世界を渡る術はない。
魔法も錬金術も無い、代わりに『カガク』が発達した世界。
好奇心の塊ともいえるダリアに、それは興味を持つなという方が無理な話だ。
まその一つが、これなのだろう。
「なるほど。 つまり旅の仲介をするのが、その『リョコーガイシャ』なる存在なのですね。」
「大体そうだね。」
「へー?」
旅は疲れるだけだと言う人も居るが、旅は何も物見遊山だけが目的ではないと思う。
いつもとは違う場所へ行き『非日常』を過ごすことで、良い意味でのストレス発散にもなる。
あるいは見知らぬ土地で、見識を広めると言うのも良い。
以上、新生カイト旅行会社をどうぞ、よろしく!
ヒカリには分かっていないようなので、また後で改めて説明しよう。
「さっきアリアが来てね。 いくつかの領内で売り込む許可を取り付けてきた。」
「はあ、なるほど。」
ベアル領のみで売っても、領民のほとんどは元を辿れば、バルアの出身。
旅行会社を作ってもこれでは、すぐに潰れてしまう。
そこで鉄道の通るシェラリータや王都などを中心に、これを売り込もうと目論んだのであった。
そのための、『許可』である。
「これで利用客を増やせば、お客1人当たりの運賃が下げられる。」
現在の汽車賃はベアルから王都までを例にすると、その金額は銀貨八枚に達する。
この世界における一般的な稼ぎが、一月に銀貨十枚前後である事を考えても、その運賃はあまりに高い。
だが人や物を多く載せれば、輸送単価は安く抑えることもできる。
むしろそうならないと、カイトの鉄道に未来は来ない。
夢だけでは、飯は食っていけないのである。
ダリアもその辺りの事情には、一定の理解を示した。
「そういう事ですか・・・しかし金に左右されるとは、人間とは面倒なものですな。」
「ああ、そうかい?」
貯金を楽しみにしているヤツが、何を言うか!
・・と言いかけて、彼は止めた。
『中○国』でもドラゴンが黄金を貯めていたし、似たようなものだろう。
銅貨風呂に入っているのを偶然に見た時は、さすがに引いたが。
「そうだ、ダリアさんも手伝ってくれよ。 チラシを作ってるんだ!」
「何ですかソレは、断じて嫌ですよ!!」
このノリで、前の魔導船の設計の時にはヒドイ目に合わされたのだ。
ダリアはカイトの申し出を、にべもなく断った。
だが、彼女は未だに分かっていない。
クッキーを始め、自らがモノに(特に食料)釣られ、いつも彼の手玉に取られている事に。
知らぬが花かも、しれないが。




