第306話・筋書き通りには、いかぬモノです
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「終わったー!」
「ご苦労様でございました、カイト様。」
夜はすっかり更け、ベアルを静寂が支配する時間帯。
街の中心部にある領主邸の一室に居るカイトの歓喜に応えるように、秘書のメルシェードは労いの言葉を掛けた。
数日にわたる鉄道やベアルの、一連の問題が解決し。
今日はよく、眠れそうだと、会との喜びはひとしおだ。
「ではカイト様、今日はゆっくりお休み下さい。 私もこれで、失礼しますので。」
「うん、メルちゃんもご苦労様。」
メルシェードは慣れた手つきで、幾度と無く持ってこられた茶器を片付けていく。
それに並行してカイトも、机の上に積まれていた書類群の山を片付けていった。
メルシェードが茶器を下げて、部屋を出て行くと、部屋はまったく静かになる。
だが彼に、『感慨にふける』とか言ったヒマは無い。
そう、ベッドが俺を呼んでいる!
カイトが寝間着を入れたクローゼットを開けたのと、私室のドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
そのあまりの剣幕に、カイトは彼女が訪れた理由を聞くより先に、背中には悪寒が走った。
「ど、どうしたのアリア・・・?」
「お休みになるところ、大変申し訳ございません。 お話があって参りました。」
「え?」
その瞬間、カイトの中にあった達成感や眠気などという高揚は吹き飛んだ。
ふと忘れそうになるが、大公夫人をしているアリアは、元々は王女という経歴を持つ。
無能領主のカイトに代わり、ベアル領内のあらゆる責任を負っている。
今はカイトも任される業務が増えているが、彼女にも彼女なりに仕事がある。
その中で彼女が来るのは、よっぽどの場合だけなのだ。
聞くのは恐いが、聞かないともっと恐い。
カイトは恐る恐るといった体で、アリアに続きを促した。
「話って・・?」
「ありがとうございます、まずはこちらをご覧ください。」
言うや否や、アリアはぺラッとした数枚の紙を机の上に載せた。
良かった、思ったより早く片付きそうだ。
と、考えたカイトは、まだまだ地球より青かった。
「バルアが、振るわないのです。」
「バルアが震える?」
カイトの天然ボケを聞き流し、アリアは続ける。
バルアはカイトが間接統治してる、山向こうの土地だ。
今回の鉄道延伸工事で、ここは発着点になっている。
往時の交易港としての機能は失ったが、カイトはその、街から見下ろす美しい景色に心奪われた。
整備すれば、地球で言うハワイのように売り出せるのでは、と考えたのである。
それが、『バルア観光リゾート地化計画』だ。
アリアの持ってきた書類には、その収支を纏めたものが記載されていたのだが。
「ねえアリア、この数字の前にある『-』っていう記号は何?」
心なしか多い数字に、カイトが顔を曇らせた。
その表情を見てアリアも彼の胸中を察しつつ、下手に隠したりはせずに、ありのままを彼に報告する。
略して、『現実』。
「バルアは開業以来、ほぼ全ての宿ほか施設で、大赤字を出しております。 鉄道建設費用の回収も難しいなか、このままでは領財政で経営することは出来ません。」
「そんなに悪いの・・・?」
青ざめるカイトに、アリアは苦悶の表情を返す。
今さら言いたくないが、カイトは未だに万事、現代日本を基準にして物事を判断してしまう傾向がある。
地球にハワイがあるなら、異世界にはバルアがある。
だが商才の無いやつに、それは装備ナシでエベレストの登頂を目指すぐらい、無茶だし無謀な挑戦だったのは、火を見るより明らかだった。
「・・・一つ聞いて良い?」
「どうぞ。」
根本的な疑問を抱いたカイトは、頭を抱えた姿勢のまま、自分の前に立っているアリアへ、疑問をぶつけた。
「この世界では旅行って、しないの?」
「『この世界』とはどの国の事かは存じませんが・・・、冒険者出身のカイト様の方が、私より民衆の事を、よくご存知なのでは?」
夢も希望も無い回答に、カイトはげんなりした。
知っている、この世界の人はお金を出して、旅行なんかしない。
金を湯水のように使って、護衛を始めとした供を多く連れる大貴族ならいざ知らず。
街道に魔物や盗賊が多く出没するこの世界では、街から街へ移動するのも命がけなのだと、耳にタコが出来るほど商人ほかに聞かされてきたものだ。
でもそれは移動手段を整備すれば、払拭されるだろうと甘く見ていた。
結果、今の状態である。
カイトは誰に弁解するでもなく、ポツリと洩らす。
「安全な移動手段が整備されれば、うまくいくと思ったんだ・・・。」
「法国民のほとんどは、鉄道の事など知りませんから。 民衆の先入観がある以上、それを変えない限りは何をやっても無意味です。」
事はカイトの考えていたより重く、そして根が深かった。
彼は『責任』の二文字に押し潰されそうになるが、それは反対しなかったアリアも、同様だ。
彼女も貴族の利用などで、少しは回収できるかも?
と思っていたのだから。
だがカイトは、こと鉄道に関しては転んだらタダでは起きない男。
いつもはナマケモノ以上に寝ている彼の頭は、こんな時ばかりフル回転した。
そして導き出した答えは・・・
「まず・・・鉄道を認知してもらおうか、幸いにも道中に出る害獣対策の案は出ているんだ。 商業ギルドを通じて、鉄道の安全性を話そう。」
鉄道は荷物の輸送などで、馬車と比べて分がある。
より大量に、幾つかの商会が共同輸送などすれば、輸送に掛かる経費は現状で比べても、馬車よりずっと優れている。
だが駅馬車組合がソレを認知していても、利用する側の認知を変えなければ、それは何にもならない。
ヒトの『常識』を変えるのは、領内の法律改定より、ずっと難しいのだ。
アリアは彼以上にそれを分かっていたので、表情は暗く沈んでいる。
「分かりました・・・、私も幾つか心当たりがあるので、当たってみましょう。」
この世界では鉄道の認知どころか、ただの『移動』すら一生に一度あるか無いかの大事。
時代を先取りしすぎた大公様の鉄道が、軌道に乗るには、まだまだ多くの期間を要しそうだ。




