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オタクはチートを望まない  作者: 福島 まゆ
第14章 始まる輸送革命
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第303話・延伸開業+

やっと新章(?)です。


ある曇天どんてんの朝。

ベアルは夕刻のように薄暗く、住民たちの心中も晴れない。

しかし領主のカイトは、まるで雨天にはしゃぐ子供の如く、ウキウキと窓から外を眺めていた。

そこへ通りがかったアリアは、怪訝にその様子を見る。


「どうしたのですか。 朝からカイト様の挙動が不審だと、屋敷の使用人たちがウワサしておりましたよ?」


「え、そう? ゴメンゴメン。」


少しも悪びた様子を浮かべず、カイトは窓から眼下の街を眺める。

元々に人の往来が盛んな街だけあって、人の多さは変わりないようにしか映らなかったが、いくつかの建物に掲げられている、『王都まで3日!』というのぼりは、否応でも目に付いた。

そう、今日は待ちに待った、王都までの鉄道が開通する日なのである!


「大きな事故もなく、建設が終えられてよかった。」


「・・・そうですね。」


魔王侵攻を始めとした偶発的な事はあったが、死人が出るような事態には至っていないのは奇跡に近い。

王様に王都まで鉄道を、と頼まれてから、既に数年が経過している。

無事に鉄道が完成して嬉しかったのは、何もカイトに限ったことではない。


「アリアも来るでしょ、鉄道の開業式典。」


「そうですね、タマには外出も良いものです。」


前回のベアル=ボルタ開業の際にならい、今回もベアルを出る列車の見送りをする事となっていた。

ただし大きく違う点が、一つだけある。

今の時点で既にシェラリータ方面へ向かう最初の列車は出てしまっており、彼らが見送るのは厳密に言うと『一番列車』ではない。

開業日限定で設定された、バルアに向かう直通の臨時列車がベアルから昼ごろ、出発する予定になっており、それを見送ることになっているのだ。


「王様、来れないんだってね?」


「当然ですわ、王宮に居ても鉄道なら見られます。」


そして今回、ベアルには王様が来る事になっていた。

大公様はこの臨時列車に、国王夫妻を乗せる計画していたのである。

・・が、そこは一国の国王。

外出の許しを宰相が出てくれなかったようで、来られなくなった旨の文書が、先日になって届いた。

まァ、来られないんじゃ、しょうがないよね。


「王様の分も俺たちが、目いっぱいに盛り上げよう!」


「はい。」


と、ここまでは領主の貫禄。

だがそこは期待を裏切らないカイト、ここからは趣味人としての時間が始まる。


「というわけでアリア、帰りは転移をするから、せめてシェラリータまで・・・」


「乗りませんよ。」


歯に衣着せず、スッパリと言わてしまい、ガックリと肩を落とすカイト。

ずっと前に乗せて以降、アリアはすっかり鉄道ギライ。

馬車などと違った揺れや振動、よく分からない動く仕組みなどで、不信感があるらしい。

『家族で、鉄道で旅行へ!』のうたい文句は、発起人の彼には一生やって来ないかもしれない。

考えても詮無きこととはいえ、それが残念でならなかった。


「そんな事よりも、あなた様は式典に寝間着で参加されるのですか?」


「すぐ、支度をするよ。」


昼まで時間はあるが、その前に挨拶などがある。

カイトは素早く着替えを済ませると、ベアルの駅へと急いだ。

駅前には既に、千人程度の群衆ができていた。

これは予想外だったのか、カイトは感嘆をもらした。


「す、すごい! 天気が悪いのに、こんなに人が!」


フハハッと悪役キャラのように、喜びをぶちまけるカイト。

視界の端には、既に会場の設営は終わっており、設けられた壇の上には演説台が設けられている。

王様は居ないので、今日はカイトの独壇場だ。

実は集まった千人というのも、鉄道ではなく『変わった領主』と評判のベアル領主の挨拶を、ぜひ聞こうと集まった群衆だ。

当の本人は、知る由も無いが。


「ようこそ! 領主様よくぞ、おいでくださいました。 ささ、早速こちらへ。」


真っ先にカイトの存在に気が付いた駅員の一人が、彼を壇上へと急かす。

既に式典は、始まっているのだ。


「お、手回し良いね。 ところで今日は俺のほかに、誰が挨拶するの?」


どうぞお構いなくと、駅員は満面の笑みを浮かべてグイグイ彼の背中を押す。

壇上にはカイトの他はだれも居らず、どうやら彼の独壇場らしい。

上がり性の彼は大きく息を吸い、群衆から視線を外すことで一時的に、緊張を逸らした。

思い出せ、領民が28人しか居なかった、あの時の事を!


「皆さん、ありがとうございます。 良い天気じゃないのにこんなに集まってくれて、本っっっ当ーーに、ありがとうございます!!」


領主であるカイトは涙ぐみ、四方八方に頭を下げる。

本人はもとより、そこには領民の多くも歓声を上げ、ソレを祝う。

かくして、変わった領主の『面白い演説』は始まった。


「この大事業が無事、成功を収めたのは皆さん達のおかげです。 鉄道建設に従事した元王国民、それに護衛をしてくださった冒険者の方、それに多くのベアル領や商会の皆様がたのおかげです!」


同じような文言を繰り返し、何度も何度もお辞儀をする。

領民達は、それを面白いモノでも見るように苦笑して見ていた。

傍から見ているアリアたちは隅のほうで、呆れたような視線を彼に送り、時間が過ぎるのを、ただ待った。


「この感謝を言葉で表現したいと思います。 ではこれから、工事に関係した人たちの名前を全員分、読み上げていきましょう!」


「!!」


苦笑を洩らしていた領民たちは彼の爆弾発言に、一斉に顔を引きつらせた。

彼が手元を見れば、いつの間にやら百科事典のような分厚い鈍器が握られている。

アレや、張り切りすぎて生徒からひんしゅくを買う、挨拶の長い校長先生。

対するカイトは気付いた様子も無く、今ここに居ない王様の分も、挨拶する心積もりで張り切っていた。


「ではまず、俺を除いた本工事の主導者の皆様から―」


「カイト様。 恐縮ですが、ここまでです。」


危ないギリギリのところ、アリアの介入によって、それは寸前で防がれた。

それでも彼は、拡声魔道具を手放そうとしない。


「待ってアリア、ここからが一番大事な・・・。」


「仕事に戻って下さい。」


屋敷における力関係は、アリア>カイト。

軽い抵抗を繰り返しながらも、領主様は夫人であるアリアに連れて行かれた。

彼が強制退場してすぐ、ベアル駅には直通列車の汽笛が、鳴り響く。

それを彼が聞けたかは、分からない。




◇◇◇




大体、時期として同じ頃。

ベアル有数の交易相手である隣国、バオラ帝国でも鉄道の建設が着々と進んでいた。

皇帝の命と言う事もあり、工事に従事する者の表情は皆、真剣そのもの。

その中の1人が設計図を片手に、4人いる工事主導者の下に駆け寄った。


「ケッシー様『れーる』とは、この敷き方でよろしいのでしょうか?」


「良いねェ、なかなか形になっているよ君ィ。 ケシッシシシシシッ!」


「では、このまま進めます。」


ケッシーと呼ばれた元、聖国研究団の女は不気味な笑みを洩らしながら、肩を叩いて褒め称える。

それで安心したのか、相手の男もお辞儀をして、現場へと戻っていった。


「ケシ・・・。」


「おいケッシー、さすがにヤバいんじゃないか?」


周りに誰も居ないのを見計らい、小声で耳打ちするのは、元盗賊の頭領ドーラである。

その昔にベアルで盗賊らしからぬ詐欺行為を働き、手下は一網打尽にされてしまった。

今は同じような境遇で落ちぶれた闇大帝、闇貴族などと共に行動を共にしている。

そんな過去を持つゆえか、彼女はメンバー中でも慎重を期する性質たちだった。


「そうだぞケッシー、このままじゃ逃げる時期を失うぜ!? 分かってのか?」


「ギャーギャーと、うっさい外野だねェ。」


「「「なんだと!?」」」


そもそもこのメンバーは、利害の一致で結束にしたに過ぎない烏合うごうの衆。

痴話ゲンカは、ほぼ日常茶飯事だった。

特に毒舌家で陰険のケッシーVSほか3人と言う形で。


「せっかちな奴らだねェ、これを見な。」


「?」


彼女はケシケシと笑みを浮かべながら、この辺りの地図を3人に見せた。

まもなく鉄道は完成し、隣国との国境近くの街に到達する予定になっている。

それだとばかりに、彼女は人差し指を立てて畳み掛ける。


「隣の共和国と帝国は同盟関係でね、国境警備が他国と違ってザルになってんのさ。 通り抜けやすそうだと、思わないかい?」


ほーっと感心する3人だったが、すぐにドワーフの闇大帝が、そこに疑問を呈した。


「でもよ、俺たちは鉄道を造ってんだぜ? 途中で放り出したらマズくないか?」


「そ、そうですよ。 国境を越える前に見つかれば、処刑されてしまいます!」


闇貴族のバルカンは、自分の首に手刀をつくって、横なぎにした。

鉄道を造るのは、ケッシーがバオラ帝国の皇帝と結んだ約束。

もし反故にして逃げ出すような事があれば、極刑も免れない。

だがケッシーは、まるでバカの子を見るように、ヤレヤレとため息を洩らした。


「あんたらバカかい、ここの鉄道は『カイト大公殿下主導の、鉄道工事』って事になってんだよ。 逃げたトコで、私らがどうなるってのさ?」


「!」


皇帝に鉄道建設の話を持ちこむにあたり、彼らは信用を勝ち取るため、鉄道を初めて造った『カイト大公殿下』の名を使った。

実在の、わりかし有名な貴族の名を出されたことで、皇帝の警戒を緩めることに成功。

そう、つまり何があっても、責任転嫁ができるのだ。


「やるじゃないかケッシー、見直したよ! ワルだね、あんた!!」


「そう褒め契りなさんな、照れちまうだろ? ケシシシシ!」


「「・・・。」」


鉄道の工事中、スキを見て共和国へ亡命すると言う彼女の計画は、ひとまず理解できた。

しかし闇大帝には、どうしても腑に落ちない事が、一つだけ残されているようで苦言を呈す。


「気に入らねェな、工事がひと段落つけば、皇帝から謝礼金がガッポリ出るってのによ。」


「ケッシッシシシシ・・・あんた、私がみすみす目の前の金をフイにするような、真似をすると思ってんのかい?」


言うが早いか、彼女は懐から溢れんばかりの金貨を取り出した。

帝国で発行される、帝国金貨。

バオラ帝国は強国で、その価値は皇帝によって保障されている。

信用ある貨幣として、法国で換金すればレートは、最低でも金貨3枚は下らない。

予想だにしない高額な金貨を見せられたことで、3人は目を剥いた。


「な、なんじゃこりゃ!」


「こんなクソ工事、律儀にやってる方が馬鹿さ。 皇帝からは、『教育費』って事でガッポリ頂いたよ。 何処に逃げる、皆さんよぅ?」


「でかしたぞ、ケッシイイイイイイイイーーーー! 俺は付いていく、お前に一生付いて行ってやるぞおおおおおおおおお!!!」

「これだけあれば、何処までも逃げられますよ!」

「見直したよケッシー、やっぱりアンタは、世界最高のワルだよ!」


「ケシッ♪」


アーバン法国では、延長した鉄道の完成式典などで湧いている一方。

こっちの鉄道では、暗雲が立ち込め始めつつあった・・・。


これからも、よろしくお願いいたします。

感想や気になる点などがありましたら、遠慮なくお寄せ下さい。

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