第303話・延伸開業+
やっと新章(?)です。
ある曇天の朝。
ベアルは夕刻のように薄暗く、住民たちの心中も晴れない。
しかし領主のカイトは、まるで雨天にはしゃぐ子供の如く、ウキウキと窓から外を眺めていた。
そこへ通りがかったアリアは、怪訝にその様子を見る。
「どうしたのですか。 朝からカイト様の挙動が不審だと、屋敷の使用人たちがウワサしておりましたよ?」
「え、そう? ゴメンゴメン。」
少しも悪びた様子を浮かべず、カイトは窓から眼下の街を眺める。
元々に人の往来が盛んな街だけあって、人の多さは変わりないようにしか映らなかったが、いくつかの建物に掲げられている、『王都まで3日!』というのぼりは、否応でも目に付いた。
そう、今日は待ちに待った、王都までの鉄道が開通する日なのである!
「大きな事故もなく、建設が終えられてよかった。」
「・・・そうですね。」
魔王侵攻を始めとした偶発的な事はあったが、死人が出るような事態には至っていないのは奇跡に近い。
王様に王都まで鉄道を、と頼まれてから、既に数年が経過している。
無事に鉄道が完成して嬉しかったのは、何もカイトに限ったことではない。
「アリアも来るでしょ、鉄道の開業式典。」
「そうですね、タマには外出も良いものです。」
前回のベアル=ボルタ開業の際に倣い、今回もベアルを出る列車の見送りをする事となっていた。
ただし大きく違う点が、一つだけある。
今の時点で既にシェラリータ方面へ向かう最初の列車は出てしまっており、彼らが見送るのは厳密に言うと『一番列車』ではない。
開業日限定で設定された、バルアに向かう直通の臨時列車がベアルから昼ごろ、出発する予定になっており、それを見送ることになっているのだ。
「王様、来れないんだってね?」
「当然ですわ、王宮に居ても鉄道なら見られます。」
そして今回、ベアルには王様が来る事になっていた。
大公様はこの臨時列車に、国王夫妻を乗せる計画していたのである。
・・が、そこは一国の国王。
外出の許しを宰相が出てくれなかったようで、来られなくなった旨の文書が、先日になって届いた。
まァ、来られないんじゃ、しょうがないよね。
「王様の分も俺たちが、目いっぱいに盛り上げよう!」
「はい。」
と、ここまでは領主の貫禄。
だがそこは期待を裏切らないカイト、ここからは趣味人としての時間が始まる。
「というわけでアリア、帰りは転移をするから、せめてシェラリータまで・・・」
「乗りませんよ。」
歯に衣着せず、スッパリと言わてしまい、ガックリと肩を落とすカイト。
ずっと前に乗せて以降、アリアはすっかり鉄道ギライ。
馬車などと違った揺れや振動、よく分からない動く仕組みなどで、不信感があるらしい。
『家族で、鉄道で旅行へ!』の謳い文句は、発起人の彼には一生やって来ないかもしれない。
考えても詮無きこととはいえ、それが残念でならなかった。
「そんな事よりも、あなた様は式典に寝間着で参加されるのですか?」
「すぐ、支度をするよ。」
昼まで時間はあるが、その前に挨拶などがある。
カイトは素早く着替えを済ませると、ベアルの駅へと急いだ。
駅前には既に、千人程度の群衆ができていた。
これは予想外だったのか、カイトは感嘆をもらした。
「す、すごい! 天気が悪いのに、こんなに人が!」
フハハッと悪役キャラのように、喜びをぶちまけるカイト。
視界の端には、既に会場の設営は終わっており、設けられた壇の上には演説台が設けられている。
王様は居ないので、今日はカイトの独壇場だ。
実は集まった千人というのも、鉄道ではなく『変わった領主』と評判のベアル領主の挨拶を、ぜひ聞こうと集まった群衆だ。
当の本人は、知る由も無いが。
「ようこそ! 領主様よくぞ、おいでくださいました。 ささ、早速こちらへ。」
真っ先にカイトの存在に気が付いた駅員の一人が、彼を壇上へと急かす。
既に式典は、始まっているのだ。
「お、手回し良いね。 ところで今日は俺のほかに、誰が挨拶するの?」
どうぞお構いなくと、駅員は満面の笑みを浮かべてグイグイ彼の背中を押す。
壇上にはカイトの他はだれも居らず、どうやら彼の独壇場らしい。
上がり性の彼は大きく息を吸い、群衆から視線を外すことで一時的に、緊張を逸らした。
思い出せ、領民が28人しか居なかった、あの時の事を!
「皆さん、ありがとうございます。 良い天気じゃないのにこんなに集まってくれて、本っっっ当ーーに、ありがとうございます!!」
領主であるカイトは涙ぐみ、四方八方に頭を下げる。
本人はもとより、そこには領民の多くも歓声を上げ、ソレを祝う。
かくして、変わった領主の『面白い演説』は始まった。
「この大事業が無事、成功を収めたのは皆さん達のおかげです。 鉄道建設に従事した元王国民、それに護衛をしてくださった冒険者の方、それに多くのベアル領や商会の皆様がたのおかげです!」
同じような文言を繰り返し、何度も何度もお辞儀をする。
領民達は、それを面白いモノでも見るように苦笑して見ていた。
傍から見ているアリアたちは隅のほうで、呆れたような視線を彼に送り、時間が過ぎるのを、ただ待った。
「この感謝を言葉で表現したいと思います。 ではこれから、工事に関係した人たちの名前を全員分、読み上げていきましょう!」
「!!」
苦笑を洩らしていた領民たちは彼の爆弾発言に、一斉に顔を引きつらせた。
彼が手元を見れば、いつの間にやら百科事典のような分厚い鈍器が握られている。
アレや、張り切りすぎて生徒からひんしゅくを買う、挨拶の長い校長先生。
対するカイトは気付いた様子も無く、今ここに居ない王様の分も、挨拶する心積もりで張り切っていた。
「ではまず、俺を除いた本工事の主導者の皆様から―」
「カイト様。 恐縮ですが、ここまでです。」
危ないギリギリのところ、アリアの介入によって、それは寸前で防がれた。
それでも彼は、拡声魔道具を手放そうとしない。
「待ってアリア、ここからが一番大事な・・・。」
「仕事に戻って下さい。」
屋敷における力関係は、アリア>カイト。
軽い抵抗を繰り返しながらも、領主様は夫人であるアリアに連れて行かれた。
彼が強制退場してすぐ、ベアル駅には直通列車の汽笛が、鳴り響く。
それを彼が聞けたかは、分からない。
◇◇◇
大体、時期として同じ頃。
ベアル有数の交易相手である隣国、バオラ帝国でも鉄道の建設が着々と進んでいた。
皇帝の命と言う事もあり、工事に従事する者の表情は皆、真剣そのもの。
その中の1人が設計図を片手に、4人いる工事主導者の下に駆け寄った。
「ケッシー様『れーる』とは、この敷き方でよろしいのでしょうか?」
「良いねェ、なかなか形になっているよ君ィ。 ケシッシシシシシッ!」
「では、このまま進めます。」
ケッシーと呼ばれた元、聖国研究団の女は不気味な笑みを洩らしながら、肩を叩いて褒め称える。
それで安心したのか、相手の男もお辞儀をして、現場へと戻っていった。
「ケシ・・・。」
「おいケッシー、さすがにヤバいんじゃないか?」
周りに誰も居ないのを見計らい、小声で耳打ちするのは、元盗賊の頭領ドーラである。
その昔にベアルで盗賊らしからぬ詐欺行為を働き、手下は一網打尽にされてしまった。
今は同じような境遇で落ちぶれた闇大帝、闇貴族などと共に行動を共にしている。
そんな過去を持つゆえか、彼女はメンバー中でも慎重を期する性質だった。
「そうだぞケッシー、このままじゃ逃げる時期を失うぜ!? 分かってのか?」
「ギャーギャーと、うっさい外野だねェ。」
「「「なんだと!?」」」
そもそもこのメンバーは、利害の一致で結束にしたに過ぎない烏合の衆。
痴話ゲンカは、ほぼ日常茶飯事だった。
特に毒舌家で陰険のケッシーVSほか3人と言う形で。
「せっかちな奴らだねェ、これを見な。」
「?」
彼女はケシケシと笑みを浮かべながら、この辺りの地図を3人に見せた。
まもなく鉄道は完成し、隣国との国境近くの街に到達する予定になっている。
それだとばかりに、彼女は人差し指を立てて畳み掛ける。
「隣の共和国と帝国は同盟関係でね、国境警備が他国と違ってザルになってんのさ。 通り抜けやすそうだと、思わないかい?」
ほーっと感心する3人だったが、すぐにドワーフの闇大帝が、そこに疑問を呈した。
「でもよ、俺たちは鉄道を造ってんだぜ? 途中で放り出したらマズくないか?」
「そ、そうですよ。 国境を越える前に見つかれば、処刑されてしまいます!」
闇貴族のバルカンは、自分の首に手刀をつくって、横なぎにした。
鉄道を造るのは、ケッシーがバオラ帝国の皇帝と結んだ約束。
もし反故にして逃げ出すような事があれば、極刑も免れない。
だがケッシーは、まるでバカの子を見るように、ヤレヤレとため息を洩らした。
「あんたらバカかい、ここの鉄道は『カイト大公殿下主導の、鉄道工事』って事になってんだよ。 逃げたトコで、私らがどうなるってのさ?」
「!」
皇帝に鉄道建設の話を持ちこむにあたり、彼らは信用を勝ち取るため、鉄道を初めて造った『カイト大公殿下』の名を使った。
実在の、わりかし有名な貴族の名を出されたことで、皇帝の警戒を緩めることに成功。
そう、つまり何があっても、責任転嫁ができるのだ。
「やるじゃないかケッシー、見直したよ! ワルだね、あんた!!」
「そう褒め契りなさんな、照れちまうだろ? ケシシシシ!」
「「・・・。」」
鉄道の工事中、スキを見て共和国へ亡命すると言う彼女の計画は、ひとまず理解できた。
しかし闇大帝には、どうしても腑に落ちない事が、一つだけ残されているようで苦言を呈す。
「気に入らねェな、工事がひと段落つけば、皇帝から謝礼金がガッポリ出るってのによ。」
「ケッシッシシシシ・・・あんた、私がみすみす目の前の金をフイにするような、真似をすると思ってんのかい?」
言うが早いか、彼女は懐から溢れんばかりの金貨を取り出した。
帝国で発行される、帝国金貨。
バオラ帝国は強国で、その価値は皇帝によって保障されている。
信用ある貨幣として、法国で換金すればレートは、最低でも金貨3枚は下らない。
予想だにしない高額な金貨を見せられたことで、3人は目を剥いた。
「な、なんじゃこりゃ!」
「こんなクソ工事、律儀にやってる方が馬鹿さ。 皇帝からは、『教育費』って事でガッポリ頂いたよ。 何処に逃げる、皆さんよぅ?」
「でかしたぞ、ケッシイイイイイイイイーーーー! 俺は付いていく、お前に一生付いて行ってやるぞおおおおおおおおお!!!」
「これだけあれば、何処までも逃げられますよ!」
「見直したよケッシー、やっぱりアンタは、世界最高のワルだよ!」
「ケシッ♪」
アーバン法国では、延長した鉄道の完成式典などで湧いている一方。
こっちの鉄道では、暗雲が立ち込め始めつつあった・・・。
これからも、よろしくお願いいたします。
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