第302話・通常の3倍ofカイト
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カイトは大公という要職につく、世界でもまれに見る巨大な領地を治めている。
領民も多く土地も広ければ、彼の仕事は終わることを知らない。
そんな中で彼の元には、嬉しくも大きなニュースが舞い込んできていた。
「それ、ホント!?」
「はい。 グレーツクからの情報によりますと、船が3隻に大型の機関車が6台完成したようです。」
「そおかー。」
カイトは内心ほくそ笑みながら、メルシェードから伝えられた情報に満足気に頷いた。
既にここから王都、果てはバルアまでの鉄道工事は終わりが見せようとしており、あと数ヶ月もしないうちに、鉄道は完成を見るであろう。
そんな中で『現物』が完成したことで、この一連の計画にも、やっと現実味が形となって現れてきた。
「・・・ん、それだけ?」
「そうですが?」
双方ともに沈黙した後、カイトは考え込むような素振りを見せる。
完成したのは、素直に嬉しい。
だが彼が期待していたのは、試運転列車の試乗についてであった。
むろんボルタにではなく、バルアまでの、である。
既に鉄道の線路開通の報は入ってきており、今は駅を始めとした施設の工事に入っている。
そろそろ試運転が始まっていても、良い頃なのだが。
「無いものはしょうがないか・・・分かった。 メルちゃんは休んでいて良いよ。」
「では御用の際には、何なりとお申し付け下さい。」
報告を済ませたメルシェードは、いつものように部屋の影となった。
カイトもバカ言うのは止め、気持ちを切り替えて、すぐに次の仕事に取り掛かる。
時間は、いくらあっても足りない。
「終わらねぇなァ・・・」
「お兄ちゃん、憂鬱なの?」
週に6日は仕事を休みたいものだ。
カイトの考えはアホの真骨頂としか言いようが無いかもしれないが、今の彼の週休は0日。
ごくごくタマに遊びに行くなどはしているが、そのしわ寄せはキッチリとアリアによって付けさせられていた。
充実しているが、憂鬱には違いない。
カイトがため息をついていると、それに呼応するように部屋の扉がノックされる。
「あれ、もうお茶の時間?」
仕事の手を休めて、部屋へ入るよう促すカイト。
おやつは、一日のうちで貴重な休める時間。
別にカイトに限った事ではなく、貴族と言うものは3食のほかに中食を挟む風習がある。
特にそれに倣っているつもりはないが、甘いものは好きなので休憩がてら恩恵に与らせて頂いているのだ。
「失礼いたします、少々お話したい事がありまして参りました。」
「なんだ、アリアか。」
しかし来たのは菓子を持ったメイドではなく、書類の束を持ったアリアであった。
休みの時間には、まだ早かったらしい。
落胆するカイトに冷めた視線を送る彼女だったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「何のことかは存じませんが、伯爵様の領地についての話を持ってまいりました。」
「伯爵様?」
アリアの言葉に、カイトは首をかしげた。
貴族でカイトの知り合いと言えば、シェラリータの領主様(伯爵)の事だろうか?
鉄道敷設でお世話になっていることだし、何かあったのかとカイトは思ったが、それはアリアの続く言葉によって否定された。
「まさかとは思いますが・・バルアの事はお忘れではありませんですよね?」
「ああ、バルアね、そうバルア! もちろん覚えているさ、うん!!」
「・・・。」
ベアルと同じように仕切っている土地だけに、スッパリと彼は忘れていたが、厳密にはバルアは彼の領ではない。
ウチで飼っている(カイトの認識)ノゾミという、人間形態を取れるトビウサギが所有しているのがバルア領である。
その王から与えられた爵位が、『伯爵』。
ちなみに彼女、大抵は屋敷の庭で日向ぼっこして体を休めている。
実に羨ましい!
「バルアの観光リゾート計画について、造成に一区切りがついたようで。 ですので一度、視察に来て欲しいとの要望が上がっています。 とは言え急を要することではないので、いつかヒマを見つけて・・」
「今すぐ行こう!」
言い終える前に、カイトは立ち上がってそう宣言した。
彼には『楽しみは後にとっておく』とか『行動は計画的に』と言った言葉が、スッポリ頭から欠落している。
本人は良いが、迷惑を被るのは周囲だ。
アリアも驚きのあまり、声を大きくする。
「今すぐですか!? そこまで急がずとも問題は・・・」
「何を言うんだ、思い立ったら行動だろう!?」
こうなったカイトが誰にも止められないことは、アリアはよく分かっていた。
それが彼の強みであり、また難点でもある。
ヤル気がある時に行動してもらう方が、ずっと楽である事は確かなのだが・・・。
一先ず仕事は残して、彼はすぐに屋敷に常設している転移の門をくぐってバルアへと向かうのだった・・・
◇◇◇
ベアル領の東に聳えるビルバス山脈、ここを越えたところにバルア領がある。
距離こそ大した事は無いが峠が険しく、今回の鉄道建設でも断念せざる得なかった。
バルアはその昔、スラッグ連邦との交易を行う窓口として栄えた有数の都市。
その後に領主が代替わりしたり、主要港の座をベアルに奪わるなどした経緯があり、現在では往時の見る影も無い。
その代わりとして、今はバルア監督官(カイトの事)主導で『リゾート計画』なるものが推し進められており、かつての街の様相は一変していた。
「スゴイね、これがあのバルア!?」
「私まで来る事は無かったと思いますが・・・」
呆れるアリアのことなどお構いナシに、物珍しげにカイトは周囲を見回す。
初めて彼がバルアに来たとき、そこは海向こうとの交易の中心地として賑わっていた。
今は街は区画整理などがされ、前の面影はほとんど無くなってしまっている。
そう、ここは経済の街から今、観光の街へと生まれ変わったのだ!
年甲斐もなく、はしゃぐ領主の姿に、その奥方であるアリアは自分に子供が出来たような、錯覚に陥った。
子供心を忘れないというより、デッカイ子供。
「カイト様。 気持ちはお察ししますが、やる事をやっていただかないと・・・。」
「大丈夫さ、どこから視察したら良いの?」
不安は残るものの、ゴホンと咳払いをして街の案内を始めるアリア。
と言っても、初めて来るのは彼女も同じ事で、もたらされた書類を見ながらだ。
カイトはそれに従って、出来つつあるリゾート地を見て回った。
「こちらが上流貴族用の、宿泊区画として整備されているようです。」
「へェ・・ずいぶん立派だな。」
ここまで平民用に上等民用、一般貴族用に上流階級のまで。
きっちり分けられ、区画が整理されていた。
カイトの脳裏には『格差社会』という言葉が、過ぎる。
思えば奴隷なんてのも、ここ何年かでどれだけ見せられたことか。
「日本では、そんなもの無かったのになァー。」
「何の話ですか?」
せめて自分の領地内だけでも、焼け石に水でも良いから、それを無くしたいと彼は思った。
先人の言葉に『人は人の下に人を作らず』というモノがあるが、それを払拭するにはまだまだ、時間が掛かるだろう。
ムロン今すぐは、いらぬ反感を買うので、いつかの構想ではあるが。
「ねぇアリア、もし鉄道が完成したら・・・」
「?」
なんてシミジミしていたら、遠くからボーッという聞きなれた音が、街の向こうから風を伝って聞こえてきた。
カイトは、いやな予感がした。
それからは脇目も振らず大急ぎで、音のした方へと急いだ。
「カイト様!?」
驚いたアリアも彼の後を付いていこうとするが、相手はメイドラゴンをも圧倒する規格外。
どこへ向かうのかは大体に分かっても、追いつく事は、たとえソニックシギーでも適わぬだろう。
アリアを彼方に置いて来たカイトは、持ち前のチート能力を全快。
009の島○ジョー真っ青の加速で、事件現場(?)へと向かった。
―そして、辿り着くとそこには、煙を吐く機関車の姿が―
「あああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!?????」
「「「!?」」」
カイトの怒涛の叫び声に、そこに居た人たちはビクリと体を震わせた。
大きな声に、と言う事もあるが、そこに領主様がいた、という方が強い。
「領主様ではなりませんか、何時いらしていたんです?」
「それより、この列車は!?」
挨拶もそこそこに、領主様は状況説明を求めてきたため、彼らは臆しながらも説明を始めた。
それによると。
数日前に線路が開通した旨を報告した際、列車の試運転に関する事も、一緒に上げていたらしい。
しかし仕事が立て込んでおり、忙しく行けないとの返答があったそうだ。
・・・が、当然カイトは身に覚えが無い。
「―そのように、聞いていたのですが。」
「いや、そうだけど! 実際そうだけど、聞いていたら行ったさ!?」
誰だ、この陰謀の首謀者は!?
カイトは珍しく、額に青筋を浮かべていた。
刹那、駅の中に冷えた女の声が響いた。
「私が指示しました、いけませんでしたか?」
「え・・・?」
カイト探偵による犯人探しは、ものの1秒で犯人自白により、終了した。
彼女の発すオーラなど、そっちのけで疑問を投げつけるカイト。
「どうして教えてくれなかったのさ、酷いじゃないか!」
「酷い!? ではお答えしましょう、お教えすればカイト様はまず間違いなく、お行きになりたいと仰るに相違ありません! ここまでは、よろしいですか!?」
「う、うん・・・。」
いつも落ち着き払っているアリア。
なのに今日はキャラが変わってないかと思ったが、それを言ったらヤバイ気がした。
その間もなお、アリアは彼を圧倒し、弾丸のように捲し立ててきた。
「カイト様が試運転を知れば、必ず行くと仰られるでしょう。 しかし列車移動となれば数日は帰ってこない、その間の政務は、一体誰が取り仕切るんですか?」
「う・・・。」
もはや彼には、ぐうの音も出せなかった。
一つ一つの言われる事が、全て図星で間違いのない事だったからだ。
さすがは元王女、どこぞのバカとは一味もふた味も違う。
「その・・・ごめんなさい。 ちょっと調子に乗ってました。」
「そうです、ようやく分かっていただきましたか。 これからの事としまして、まずは仕事量を従来の3倍に増やします。」
「そっ、それは・・・・!」
「よろしい、ですね?」
はいとしか、カイトに返せる言葉は無かった。
怒っていてもアリアは、強かだ。
しかし赤い彗星じゃないんだからさ、増やされても時間が3倍必要になるだけよ。
カイトの自由時間が、それに充てられる事になろう事は確実。
鉄道どころではない。
「後生だよアリア、せめて1.3倍くらいに・・・!」
「その甘えが、ダメだと申しているのでございます!!」
すがる彼を、アリアは足蹴にした。
しかし彼女の考えを変えるのは、容易なことでは無いだろう。
大公夫妻の激しい応酬を見ていた駅馬車組合の人たちは、顔を見合わせるばかりだった・・・。
これまでカイトは政務のうち、アリアたちが『検閲』したものを主に、手に付けていました。
アリアの言う『3倍』は、その分です。




