閑話・ウチの魔将様は、どうかしている!
鎧越しなので、本主人公の性別等は不明です。
悪しからず。
魔物と聞いて、人間達は何を思うだろう。
生前の私なら、恐らく『倒すべき存在』とでも言っただろうか?
人間を始めとした生物は死する時に未練などを残すと、その恨みツラミが、魔力を与えて時に魔物化する事がある。
中でも理不尽な理由で断頭台で処刑されたなどの騎士は、特にそうなる事が多い。
中でも私は死後、別名『首なし騎士』とも呼ばれるデュラハンと言う魔物となった。
ただし似たような経過で魔物化する、ヴァンパイアやゾンビなどというアンデッドとは、一緒にはしないで貰いたい。
一般的に奴らは光を嫌い、あらゆる物理攻撃が利かないという特性を持つ変態である。
我らデュラハンは鎧があるので光は問題にならないが、剣で胴を真っ二つにされれば、さすがに修復は出来なくなる。
しかし元が騎士なので一般に戦闘力等の水準はほかの魔物のソレより高い。
その汎用性の高さゆえか、魔王軍ではデュラハンは前衛職として重宝されている。
そして私はそんな中でも、『闇獄の魔将』で知られるアキレス様の配下となった。
私も騎士。
古い過去などは忘れ、アキレス様に忠義を誓った。
忌々しい人間の世を監視し、或いは裏から内部崩壊させる事もした。
それは充実した、私にとって充実した日々だった。
そんなある日の事である、我らの日常が壊されたのは。
「皆のもの聞いて欲しい、我らが魔王へ忠義を誓っていたのもこれまで。 新たなる主人の命令にのっとり、我らは諸国の諜報活動を始めることと相成った。」
「「「!!!?」」」
デュラハンを始め、魔物たちの間に動揺が走る。
アキレス様の召集と言うので来たら、こんな事を言われたのだ。
私を含めて魔物は1万5000ほどが集まっていたのだが、四六時中うるさく歌う事で知られるハーピーでさえ言葉を失うほどである。
魔将様、とうとうトチ狂ったのかも分からんね。
「首なし騎士さん、あんたは付いて行く?」
「俺ハ抜ケル、魔王城ヘ帰ルゾ。」
「っていうか謀反だよね~♪ 魔王様にチクったら、私も魔将に取り立ててもらえるかも~♪」
「・・・。」
奴ら魔物の言い分は、合っている様で間違っている。
もし現状でアキレス様の下を抜けたとしても、我らにはノラ魔物となる末路しかない。
魔王様が将から脱走した魔物を、甘い顔して受け入れるはずが無い。
かと言って、アキレス様は魔将というだけあって強く、倒すことなど適わないだろう。
どうせ止めたって聞く耳持つ連中ではないので、テキトーに相槌を打ってだけ置いたが。
愚かでバカである。
結局、数百規模で離れる者が居たようだが、同僚のデュラハンたちには私を含めて居なかった。
我ら騎士は総じて、非常に優秀なのである。
「しっかしよぅ、誰なんだろうな『新たなる主人様』って。」
「オレ強イやつ好キ。 世ノ中ハ弱肉強食ダ!」
「・・・。」
ちなみにこの時点で、我らには『新たな主人』とされる者は、名なども含めて何一つ分からず仕舞いだった。
それにしても魔王第一主義だったアキレス様が、忠義先を変えるとは。
他の魔物たちが揶揄するように、魔王様以上に強くてカリスマ性が高く、尊敬に値する存在なのだろうが・・・
様々な憶測が飛び交ったが、あくる日に小耳に挟んだ情報で、それは払拭された。
「オイ知ッテイルカ首なし騎士。 ドウヤラあきれす様ガ忠義ヲ誓ワレタノハ、どらごんラシイゾ。」
「!」
ドラゴンはこの世界において、魔族にも引けをとらない力を有する種族で知られる。
実力はピンキリだが、アキレス様が忠義を誓われるくらいだ。
長老クラスの古参ドラゴンか、あるいは伝説クラスのドラゴンか・・・
だとすると、諸国の諜報活動をせよと言うのも、頷ける。
(ドラゴン様の、戯れであろうが)
しかし、それなら尚さら気になる。
ドラゴンは人間だった時代も含め、見たのは翼竜が関の山。
騎士として、いや一人の者として、ぜひお目にかかってみたいものだと、さらに好奇心は刺激された。
それは他の魔物、特に魔族のヒトたちも同じだったようで。
「そのドラゴン様は、如何ほどの実力をお持ちなのだろう・・あぁ、一度お手合わせ願えないだろうか。」
「勝ッテ名ヲ上ゲルノダ。」
「我らは下っ端、お目通り自体が不敬である。」
自分で言って悲しくなるが、我々は下っ端も下っ端の魔物。
今まで魔王様すら、はるか数キロ遠くに仰ぎ見たことしかない。
新たな主人など、おそらく一生見ることは無いだろう。
だがチャンスは、思っても見ない方向から舞い込んできたのである。
「デュラハンどもよ、貴様らには恐れ多くもカイト陛下のおわす地を巡回する大役を与えてやる。 疑わしきは殺せ、末代まで呪いを込めて一族郎党、すべて抹殺するのだ。」
「・・・。」
そう、アキレス様が身辺護衛の命を与えて下さったのである。
ただし、街道を通る者は何人たりとも襲ってはならぬとのお達し。
下手に人間に手を出せば、討伐隊などが出てウルサイからだろうか。
これは願っても無いチャンスが舞い込んできた。
お目通りは適わぬだろうが、遠くから見るだけならば、あるいは出来るかもしれない。
そう思ったのだが、配置されたのは、人間の街をぐるりと囲むような円形。
しかも守るのは、我が因縁のベアルと言う人間の街。
私にあらぬ疑いを掛けて処刑した、領主の土地だった場所だ。
むろんここで私情を挟むのは、騎士として三流のすること。
恐らくドラゴン様にとって、大事としているものがあの街にあるのだろう。
しかし・・・これでは、まるで人間の街を守っているようではないか!
「首なし騎士さん、私達ってバカにされてんじゃないの?」
「人間ノ街、滅ボスベキ存在。」
「・・・命令に従ってこそ、騎士の真骨頂だ。」
おそらくドラゴン様は、人間型をとって世を偲んでいると考えられる。
あるいは財宝などが、街に隠されているとか。
いずれにせよ、下っ端魔物が考えをめぐらす事ではない。
そんなおかしな日常が始まって数ヶ月が過ぎた頃、森を巡回していたときの話だ。
なんとアキレス様と2人の女が、森を進む姿を見た。
1人は魔族の幼子。
もう1人はメイド服姿の人間らしき幼子。
あまりにナゾ過ぎる組み合わせに、思わず駆け寄ってしまったが、聞こえてきた声によって思いとどまった。
「崇高なるドラゴン様、その・・私はどうなるのでしょう?」
「ここで食べてしまっても良いのですが、それは用事が済んでから考えましょう。」
すわ間一髪。
なんとメイドだと思っていた幼女が、ドラゴン様のようだ。
そうか、やはりドラゴン様は街に住んでいらしたのか・・。
もし飛び出していたら、どうなっていた事やらと、ガラにもなく肝が冷えた。
それにしても、どうして使用人のお仕着せを着ているのだろう・・・?
「あなた方の処遇は、人の領主であるカイト様が決めることです。 私は従者に徹しますから。」
「良きに取り計らっていただければ・・・」
ドラゴン様の続く言葉に、思わず耳を疑う。
人の領主がアキレス様の行く末を決めると、ドラゴン様がそう言った!?
ドラゴン様が人間に従い、それに魔将様が従い・・・
いや違うな、アキレス様はこの事を承知のようだし、相手方の人間も既知のように聞こえる。
と言うことは、我々が忠義を誓っていたのは、人間だった!?
「・・・。」
いやいや、頭が真っ白。
魔将様は何を考えておられるのか!
魔物が人間に仕えるなど、生前でも聞いたことが無い。
「オイ首なし騎士、あきれす様ハ何ヲ話サレテイルノダ?」
「つらつらと、ワケ分かんね。 首なし騎士、訳してくれよ。」
「・・・。」
黙れ四下魔物ども、今はそれどころではない。
私には人間だった時代、無責任な領主に責任をなすりつけられて断頭された過去を持つ。
人間だった時の記憶は、『ベアル』『どこかの領主』のワード。
まさかと思うが、その領主と言うのは・・・
だとしたら忠義など存在しない。
むしろコロス、私の全身が、残恨が殺せと命令してくる。
「あ、あんた、殺気がヤバくない? 全身からほとばしってるよ・・。」
「首なし騎士、気付カレテシマウゾ。」
外野がうるさいが、無視する。
付いて来ていた四下の魔物たちは残し、『呪われた騎士』とも呼ばれる私は、ドラゴン一行の後をつけて街へと潜入した。
そこで気が付いたのが、街を囲むように張り巡らされている、あまりにも巨大な結界。
しかも、魔法が付加されている。
少しでも邪な心を持っていると、はじき返されてしまうようだ。
何者が張ったのかは知らないが、危なく浄化されるところだった。
「殺すのではないぞ、その・・・お目通り願うだけだ!」
長いようで短い数日間のすえ、心中で燃えていた炎は鎮火させられてしまった。
く・・・、堕ちたとはいえ騎士たる私にここまでさせるとは。
まこと大した人間だと、褒めてやろう。
「ここがベアルか・・」
私が断頭されたときは、この街は廃墟同然だったはず。
ベアルは、まるで別の街のように見違えていた。
だが、そんな事は関係ない。
まずは領主を探し出し、場合によってはこの手で息の根を・・・
「おいデュラハン、貴様ここで何をしている?」
「!!?」
街を練り歩く私の姿は、ただの街騎士にしか見えないはずであり、人間に見破られることは無いはず。
無いはず、なのだが・・・・
ぎぎぎっと、恐る恐る後ろを振り返ってみる。
そこに居たのは今、一番会ってはならない存在。
アキレス様だった。
我らデュラハンには『死』という概念は存在しない。
もし首など落とされれば、存在そのものが消滅する事となるのだ。
保身のために上官に虚偽を申すなど、騎士の風上にも置けぬ輩のすること!
消滅を覚悟して、アキレス様に報告する。
「実は・・」
「あれアキレス、誰その兵隊さん?」
すわ寸前。
アキレス様に声を掛ける、1人の男が現れた。
妙に馴れ馴れしいが、この人間は・・
「カイト様、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません!!」
「別に見苦しくないけど、こんな所で何してるのさ。」
今まで何度も出て来た、『カイト』という名前が、アキレス様の口から飛び出る。
てっきり強大な力を持つ根暗魔術師のような奴か、体育会系の筋肉を着ているような奴を連想していたのだが・・・
私の目に映ったのは、笑顔ばかり振りまく妙に弱々しい貴族だった。
これが、ドラゴンを使役しているとは、とても思えない。
というか、記憶にある仇とも違う気がする。
「この者は我が眷属で、首なし騎士のデュラハンでございます。 私の手違いで来てしまったようで、今すぐ森に返しますので!」
「ねぇ、君って話せるの?」
「・・・。」
マズイ、彼の興味が完全に私に向いてしまっている。
人間がデュラハンの名を聞けば、大抵は恐れ逃げ出すものなのだが・・・
彼は瞳をキラキラと輝かせ、好奇心に任せて子供のような態度を取る。
アキレス様は困惑気味に、私と彼との間に割って入ろうとしている。
「カイト様、こやつは三下の魔物。 口など利いては・・」
「顔を近付けるな、暑苦しい!」
「ぐえ!」
よっぽど鬱陶しかったようで、彼はアキレス様をねじ伏せるように地面へと叩きつけた。
それだけと言えばソレだけだが、これはトンでもない所業だ。
アキレス様は闇に紛れ、相手の力を無効化する能力を有する魔将。
しかしこの人間は、それが発動する前に投げ飛ばして見せたのである。
それも最上級の無効化の魔法を更に打ち消す、見たことも無い魔法を辺りに展開するという芸当も。
アレだ、人は見かけによらないってヤツ。
もし私が投げ飛ばされる側だったら、きっと塵も残らない。
この人こそ、私が求めていた人間だ!
地面に伏したのち頭を垂れ、腰の剣を彼に差し出す。
「えーっと、これって騎士様が主人に忠義を尽くすときの体勢だっけ。 俺がやるの? 俺なんかで良いの??」
「・・・。」
彼は私の手から剣をとり、その鞘から剣身を抜くと、それを両肩へあてがった。
これ、騎士の忠義の証なり。
これまでの街の姿を見れば分かる、少なくとも彼は、私を殺したクソ領主のような貴族ではない事が。
邪神に忠義を尽くし、弱きを助け強きをくじく。
これすなわち、騎士の真骨頂なり。
「すごい、こんなの初めて!」
「!」
簡易的ながら儀式が済むと、彼は実に楽しそうに渡した剣を振りかざした。
まずい、その剣は私の負の魔力に反応し、剣身はさびてボロボロになってしまっている。
どこかに当たりでもしたら折れ・・
「がっ!」
「「あ゛!!」」
恐れていたことが起きてしまった。
振りかざした剣は、起き上がったアキレス様の額にヒットしてしまったのだ。
すわ惨状、ちょっと言葉に出来ないような状況に。
ボロ剣が折れたのは、言うまでも無い。
「おいアキレス、しっかりしろ!」
「おぉうカイト様・・・今のは痛かったです。 ぜひっもう一度・・・」
「・・・は?」
「・・・え?」
今のは私も分からず、彼同様に疑問が口を突いて出る。
心配して駆けつけた彼の顔が、一気にゴミを見るような視線に変わった。
その矛先は、こちらへも向かい・・・
「もしかして君も、アキレスと同じなのか? まさかドM??」
「!!!?!!」
ドMという言葉は、分からない。
しかし何か、トンデモな誤解をされているのだけは理解できる。
首を横へ振ろうとするが、考えてみれば今は横に置いているため、それは出来なかった。
傍目には、否定と言うより挙動不審にしか見えなかった事だろう。
彼は折れてしまった剣を事も無げに直して見せると、それを私に渡して無言のうちに去ってしまった。
「じゃあ、俺は忙しいから。」
「!!!!!」
ウソだろ・・・?
わたしの・・・騎士としての尊厳が・・。
「一時はどうなるかと思ったが、結果よければ全てヨシだな。 私がいなければ貴様、消されておったぞ。」
「・・・。」
頭から血潮を噴き出すアキレス様の姿は、あるいは戦闘後であれば凛々しく映ったかもしれない。
しかし残念ながら今は、そうではなかった。
もしアキレス様がいなければ、彼にヘンな誤解をされずに済んだものを・・・。
ウチの魔将様は、どうかしている!
私はこの日、初めてそう感じたのだった。
戯言を一つ
このデュラハンさんなのですが、断頭したのはバルカンの父親だったりします。
ベアル関連の記憶ってのは、この辺に関係が。
まー息子のバルカンがアレなので、親父もそれなりの輩だったと言いますか?
何があったかは、皆さんのご想像にお任せをば・・・
っていうか、積極的に忘れて下さい。
無駄設定、ご馳走様でした。




