第301話・溝を埋めてみた
明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します。
って・・2018年になってから、もう1週間も経つんですね。
そういえば私は、成人式には行かなかったなぁー。
いまやベアルの総人口は、一国にも匹敵するほどに膨れ上がっている。
その政治を請け負う(はずの)大公様は、夜が更けても仕事の手は終わることを知らない。
いや、終えられない。
「お兄ちゃん、まだ寝ないの?」
「うん、悪いけど。」
ベッドへ誘うヒカリの魅惑を断り、彼は政務に勤しんだ。
昔は嫁のアリアに任せきりだったが、今はベアル領の政務のほとんどを彼が請け負うまでになっている。
と言っても彼が目を通す前に、アリアがまずは『検閲』しているのではあるが。
「ヒカリ様は遅いですから、先にお休みになって下さい。」
「はーい。」
ヒカリは少し残念そうにすると、布団をかぶって横になる。
彼女が羨ましいが、明日にしわ寄せが来るので、ここで釣られて一緒に寝るわけにはいかないのだ。
領主はつらいよ。
「カイト様も、お休みになられては如何ですか。 後片付けはお任せいただければ。」
「うぅん、もう少し。」
そう言って彼は、机の上に載せられた数枚の書類の束を指差した。
夜と言う事もあり数は少ないが、だからと言って気を抜いてはいけない。。
これら一つ一つがベアルの未来に直結することであり、多くが住民達の寄せた切実な要望なのである。
成り行きとはいえ、領主の仕事をザルにする事は出来ない。
だが彼のらしくない決意は、屋敷のメイドが来訪して中断させられた。
「だれ?」
「失礼いたします大公様、お目通り願いたいという方が来ているのですが、お通ししますか?」
「俺にお客?」
今は草木も眠る丑三つ時・・・
と言うにはまだ早いが、街の子供達のほとんどは寝付いていることだろう時間だ。
そんな時間に尋ね人など、幽霊しか思いつかないのだが。
・・・なんて怖がっていても始まらない。
お待たせするわけにもいかないので、早々に切り上げてカイト達は客間へと足を向けた。
の、だが。
「我が主カイト陛下、ご報告に参上いたしました。」
「お前かよ!??」
カイトに『陛下』などという敬称を付けて呼ぶのは、1人しか居ない。
客間で待っていたのは、アキレスと言う元の魔王六魔将。
華奢に見える外見に、惑わされてはいけない。
彼女の連れる魔族軍団は、総勢1万5000は下らないと言う。(見たことは無い)
実力は過小評価しても、法国軍を圧倒する力を有しているのだとか。(真偽は定かではない)
そんな『闇獄』の軍団であるが、カイトの目には『変態集団』にしか映らない。
「カイト様、お部屋にお戻りになりますか?」
「そうしようか。」
彼女の姿を見た瞬間、どっと疲れた。
メルシェードは、死んだ魚の目だ。
今日は遅いし、もう寝なさいと女神様が言っているのだろう。
戻る前に一つ、カイトは気になる事があったので質問を投げかけた。
「その・・・さ、頭の上のは?」
「足載せです。」
「・・・。」
ドMのアキレスの意味不明な発言に、カイトは言葉を失った。
べつに自分の馬鹿さを棚に上げるつもりは無いが、なるべく関わりたくはないのは確かだ。
一将がコレなのだから、その配下など恐ろしくて会う気にもなれないわ。
「どういうつもりさ?」
これでは、俺はドSに間違われる。
「はい、ご報告申し上げたき儀がございまして、はせ参じましてございます。」
「そう。」
とりあえず頭上のブツは、気にしないことにカイトは決めた。
無理やり視線を横へ流し、気にしない体を装う。
「我が配下の情報をお伝えに参りました。 残念ながら先だっての魔王軍の侵攻騒ぎで、各国は軍備を固めているようです。 恐縮ではありますが、領土拡張には今しばし時を頂かねばならないかと。」
口惜しそうな様子で、なんだか的外れな事を言い出す魔将。
ドMはともかく、どうしてコイツは血の気が多いのか。
カイトは辟易しながら、そんな事を全身で感じ取っていた。
「待てアキレス、俺がいつ世界征服するなんつった?」
「え・・、違うのですか?」
『信じられない』と、驚きおののくアキレス。
頭に載せていた足載せが落ちるのを気が付かないあたり、驚愕振りは相当らしい。
メルちゃんが帰るといったのは、正しかったようだ。
「帰れ、俺は遊んでいるヒマはないんだ。」
「そ、そんな。 何がいけなかったのですか、ご命令とあらば一国を崩壊させることぐらいなら・・!」
『そういうところだよ』と、声を大にして言ってやりたい。
ノラゴンの采配で引き取ることが決まってしまったのだが、これはダメかも分からんね。
何がイケなかったのか、忠誠心が足りないのかなどと、彼女は狼狽している。
しかしカイトにも、少なからず『責任』はある。
一度は『引き取る』と言った手前、ここで放棄するのは、いささか無責任が過ぎるし、それは野に虎を放つようなもの。
さしものバカなカイトでも、そこまでの愚行はしない。
「アキレスさん、俺が最初にお願いしたこと、覚えてる?」
「もちろんでございます、陛下は『諸国を見て来い』とお命じになりました。」
なんだ、覚えてるんじゃないかとカイトは、少なからず安堵した。
てっきり命じていた事を忘れてしまっていたのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
となると逆に、なぜ命じたことと遠い事ばかりするのかが、不思議である。
この魔族はバカだが、俺に忠義を尽くそうと頑張っている認識だったのだが。
その考えは、当人の言葉によって裏打ちされた。
「我らは諸国の情勢を逐一監視し、来るべき版図拡大に備えております。 むろん陛下の命令とあらば、いつでも配下を結集したる後ただちに、侵攻を開始する所存です!」
「・・・あぁ。」
どおりで話がかみ合わないわけだと、カイトは理解を示すと同時に、落胆も隠せなかった。
『諸国を見て来い』と命ぜられた彼女は、それを諜報活動と受け取っていたらしい。
アキレスもアキレスだが、カイトもカイトである。
お互いに自分基準で行動してしまうから、誤解を生じてしまうのだ。
しかし命令一つで、ここまで話がこじれるとは。
それならば、これまでの出過ぎた行動の数々も、頷く事が出来る。
「ごめんよアキレス、俺の命令の仕方が悪かったみたいだ。」
「滅相もございません! カイト陛下のご期待に沿えず、恐縮でございます。」
原因さえ分かってしまえば、簡単なものである。
間違いは正せばよいだけだ。
「では改めて命令するアキレス。 諸国をめぐって世界の名所やいい景色の場所を記録し、世界中の珍味を俺に献上すること!」
「おお、承知いたしました!」
アキレスは深々と頭を下げ、カイトへ再度の忠義を誓う。
戦争が起こる前に誤解が分かって、運が良かった。
用事も済んだのでカイトが部屋へ戻ろうとすると、アキレスが物欲しげに上目遣った。
「どうした?」
またもアキレスは頭を伏せた状態で、平伏の体勢をとっている。
「その・・、出来れば私の仕事が無事完遂できるように、カツを入れては貰えぬでしょうか?」
「・・・。」
アキレスの頭上には、床に落ちていた先ほどの足載せが被られていた。
前言を撤回。
コイツは、極上のバカだ。
カイトは認識を改めると同時に、虫を見る目でアキレスを見下ろした。
踏んでほしいだと、上等である!
「おら踏んでやるよ、そこになおれ!」
「ぐあぁ・・・、得も言われぬ・・・この甘美の味・・・!!」
意味の分からない2人の応酬は、夜更けまで続くのだった・・・




