第300話・乗り遅れた場合の、大公様の手段
まもなく2017年も終わります。
1年が経つのは、早いものですねー。
年の瀬に『第300話』を投稿するとは、区切り良くてビックリ。
皆さんも、良いお年を!
ボルタからベアルへ向かう道中には、2つの信号所がある。
そのうちボルタ側に位置するのが、レフル信号所だ。
隣のブレン駅と違い、行き違い設備の他は駅員が常駐する小さな建物があるだけの、小さな交換駅。
そこに今、大きな機関車が数両の客車を従え、物々しい出で立ちで発車を待っていた。
「おい駅員、まだ動けねぇのか!」
「もう30分もしたら貨物列車が来ます、それまで待ってもらえませんか?」
チッと舌打ちし、運転室へと戻る機関士役のドワーフ。
中では同じくイライラした様子の数人のほか、ただ一人の女性がいた。
彼女は戻ってきたドワーフに視線を向けると、機関車の操作の片手間、疑問をぶつけた。
「良かったんですかー? カイト様を放って出発してしまって。」
「はん、小僧ナゾ知るか。 それより遅々として出発できねぇ、どうなってんだ!」
まだ停車して10分と経っていませんよという言葉がノド元まででかかったが、彼女はそれを飲み込んだ。
彼らは気が短いのだ、常識なんか通じない。
気に入らないことは、ともかく気に入らないと言う。
今回もそうだ。
前もってボルタに来るとカイトは言ってあったのに、それを待たず駅員の静止も聞かず、半ば強引に彼らは汽車を出発させてしまったのだ。
これだけで相当イジワルだが、その上まだ、彼らには考えがあった。
「これじゃ、小僧に追いつかれるんじゃ?」
「まったくだ、ヤツの居ない屋敷の裏まで汽車で乗り付けて、イヤガラセしてやろーと思ってたのによ。」
彼らには、更に根暗な計画があった。
ベアルでは鉄道の延伸工事の真っ最中であり、すでにシェラリータまではレールもつながっている状態。
つまり、ベアルの駅に着いてもそのまま通過し、北へ伸びるレールをカイトの屋敷近くまで走る。
そして騒音公害ヨロシク、ボーボー汽笛を鳴らしてやろうというのだ。
船で聞かされたときは、ルルアムは呆れて返す言葉も見つからなかった。
「何だよルルアム、言いてぇ事があるなら言えよ。」
「いぃえ、みなさん素直じゃないなーと思いまして。」
「はぁ?」
ヤレヤレと肩をすくめて見せるルルアムを前に、怪訝な表情を浮かべるドワーフたち。
そんな風に彼らが暇つぶしをしていた、まさにその時だった。
線路脇に眩いばかりの光が現れ、辺りを白く照らす。
何事かと最初は周囲も警戒したが、中から現れた人物の姿を見て、そんな緊迫感はすぐに霧散した。
「カイト様!」
「居た!」
ボルタから転移でやって来た大公様は、恍惚の表情を浮かべて汽車へ駆け寄る。
そこに領主の貫禄などといった類は、カケラも感じられない。
いや、そんな事はさておき。
「小僧、とことんお前ってヤツは空気が読めねぇな。」
「どうして?」
画策していた騒音公害がこれでご破算になり、ドワーフたちは面白くなさそうに、口を尖らせた。
事情を知らないカイトは聞こうと、ルルアムへ視線を送ると、苦虫を噛み潰したような表情で、手を横に振る仕草を見せた。
知らない方が良いと言う事であろう。
そんなやり取りをしていると、おっさんの1人が声を掛けてきた。
「お前、アレだろ。 この列車に乗りに来たんだろ?」
「そうですよ、置いていくなんて酷いじゃないですか!」
先ほども述べたように、あらかじめカイトが来ることは知らされていた。
テツの亡人と化している彼は、理屈など関係なしに、珍しく腹を立てている。
どーせこの後、彼らはイジワルを言うのだ。
「乗せないつもりだったんですか?」
「めんどくせぇ、乗りたきゃ好きに乗れ。 どーせあと何十分かは動けねぇ。」
「お?」
珍しく突っかかってこないおっさんに、カイトは拍子抜けする思いだった。
いつもなら『お前は乗せない』とか言ってイジワルするのに、なんだか嬉しい。
反面で、毎回こうだったら良いのにとも思う。
「そんな事より・・、そっちのゴミは何だ?」
「し、失敬な。 私は大公様付きの従者です!」
「そうだよ!!」
あんまりな発言に、激昂を返すメルシェードたち。
さんざ連れまわされ、ヒカリを含めた2人は心身ともにクタクタだった。
おっさんたちは、知った事ではないと言うであろうが。
「アホな小僧には、お似合いかもな。」
「だな。」
「大公様を罵るのも。大概にしてください!!」
「やるか、灰色獣人!?」
双方の激しい意見のぶつかり合いは、それこそ辺りの森にも響きわたる。
思い返してみれば、彼女が怒っている姿を見るのは、これが初めてである。
などと明後日の方向に思考を持ち、カイトはこれを傍観した。
「線路からは離れてるし、大丈夫だろ。」
「カイト様・・・。」
ルルアムが残念なものを見るような視線を、カイトへと浴びせかける。
だが日和見主義の彼に、一切の期待は無駄だ。
終わりの見えぬ応酬に、周囲が遠巻きにする中。
はるかベアルに向かうレールの彼方より、ポーッという汽笛が聞こえてきた。
件の交換列車のおでましである。
「あのぅ・・、まもなく列車が来るようですし、ケンカは切り上げて乗りませんか?」
ケンカを仲裁したのは、ルルアムであった。
本数が少ないとはいえ、試運転列車はダイヤ進行上の妨げとなっている。
線路の上で口論などされていようモノなら、邪魔どころの話ではない。
彼らは熱が冷め、、ケッと舌打ちすると運転室へと戻っていく。
「さっ、メルちゃんも乗ろう。」
「・・・・はい。」
カイト達3人も、後ろにつながれた客車へと乗り込んだ。
ほどなくして進行方向より、汽車がレフル信号所へと進入して来る。
炭をたく匂いを残し、列車は止まる事無く、あっという間にガタンガタンとボルタ方面へ走り去っていった。
駅員がポイントを切り替えれば、発車準備は完了である。
「お兄ちゃん、もう帰るだけ?」
「もちろん。」
一連の事後中、空気となっていたヒカリは、屈託の無い笑顔を浮かべる。
だが同行のメルシェードは未だ腹の虫が収まらないのか、どこかピリピリとした空気が感じ取れる。
まあ、家に帰り着くまでには収まるだろう。
カイトはそう考えて、流れ行く景色を窓から眺めた。
なおこの後、2人を連れ回したことがバレ、彼はアリアにこっぴどく叱られる事となる。
「今後は自重しよう・・」彼はそう自戒させられた。
トリ頭の彼が忘れなければ、の話だが。




