第298話・ベアル帰宅
冬の童話祭2018に、5作品を投稿しました。
「マッチを売らない少女」 (マッチ売りの少女)
「桃太郎 ―鬼ヶ島奪還作戦―」(桃太郎)
「人魚姫は王子と結ばれない」 (人魚姫)
「鶴は恩返ししたい」 (鶴の恩返し)
「はだかの軍隊」 (はだかの王様)
世界観などは、当『オタクはチートを望まない』と同じものを使用しております。
よろしければ、どうぞ。
カイトは転移の際、一つ留意していることがある。
それは転移する場所をあらかじめ決めており、そこへ行くイメージをして、帰ることである。
この魔法は移動に便利だが、どこでも気兼ねなしにホイホイ使ってよいものではない。
もし転移座標近くに、ドラゴンが居たら。
ダリアの例もあるように、戦闘になるかもしれない。
あの時は休戦した事で命拾いしたが、次もそうだとは限らない。
だがそれなら、まだ可愛いものだ。
そこに人などが居たら。
今までそんな事は無かったが、どうなるか見当もつかない。
転移そのものを失敗する事だって、絶対に無いとは言い切れないし。
目的地へ到着すると、カイトは連れのメルシェードに一早く注意を向けた。
「メルちゃんは大丈夫、どこも何とも無い!?」
「はい、大丈夫ですが?」
首をかしげる彼女を傍目に、ホッと安堵のため息をつく。
ちなみに彼がそんなに神経質になったのは、最近事故があったからである。
転移するなり『ソニックシギー』に轢かれたのだ。
あの時、人間は魔法を使わなくても飛べるんだなと、身をもって思い知らされた。
以来、彼はよくも悪くも慎重を期しているのだ。
転移する場所はベアルの門のすぐ近くで、街道から少し外れた森の中に設定している。
その街道を少し進めば、街は目と鼻の先だ。
帰ってくる領主の姿に、欠伸をしていた門番にも規律が戻る。
それだけ、ベアルは平和だった。
「大公様、お勤めご苦労様です!」
「こんちはー。」
こんなでも彼は領主なので、顔パスである。
最初の頃は身分証明してから通っていたのだが、しょっちゅう通っていたら・・ね。
他の領では常態化している事ではあるのだが、大公様の移動手段が『徒歩』である事が、彼らを特徴付けていた。
日常的に見られるこの光景に驚くのは、ソレを知らない他所から来た旅人くらい。
ここはいわゆる『便宜的な境界』で、門と言っても木で組まれた申し訳程度の柵ぐらいしかない。
それでもカイトの張るチート結界が張り巡らされているので、問題は無かった。
カイト達が門からベアルの街へ入ると、そこかしこから工事の槌音が、鳴り響くのが聞こえる。
今のところ汽車が走っているのは、ベアルから南へと伸びる路線だけ。
ここから更に北、シェラリータや王都へと伸びる路線の工事が、現在進行形で進んでいる。
その関係で街中でも、特に駅などの拡張工事がされているのだ。
皆さん、領主様の趣味の為に、ごくろうさまです。
「カイト様、屋敷はこちらです。」
「はは、なーんちゃって。」
まるで吸い寄せられるように駅の方へと足を向けたカイトは、寸での所で同行のメルシェードに呼び止められた。
まさか体が鉄道を求め、自動的に駅へと向かってしまうとは・・・。
彼のテツ病は、たぶん一生治らないだろう。
大きな街であるが、身体能力は高い2人にとって、その距離は大したモノではない。
予想外に早く帰ってきた家の姿に、ホッとしたようなガッカリしたような感情が、彼の中にうごめく。
「スズキ公様、お勤めご苦労様です!」
「ん、ただいま。」
このまま戻ったら、きっと何か任されるんだろうなーなどと若干ネガティブになりそうになりながらも、カイトは屋敷に着いた。
すると丁度アリアが下へ降りてきており、初婚の頃のように彼女が出迎えてくれた。
「予定よりも随分と、早かったのではないですか?」
「まーね。」
あらかじめ帰りは遅くなると言ってあったので、その日のうちに帰ってきた事にアリアは驚いた様子を見せる。
しかし下手なウソのせいで、こうなった等とは言えないので、カイトは猫をかぶった。
「なんだか虫が知らせてさ、留守中に何か無かった?」
留守にしていたのは、半日にも満たない時間だけ。
どーせ何もあるまいとジョークを交えて話題をふったつもりだったカイトだったが・・。
話題をふられたアリア含めた屋敷の留守をしていた人間は、一瞬にして表情を変えた。
「え・・・何かあったの?」
「カイト様、少々こちらへ。」
嫌な予感が頭を過る中、カイトはアリアの手によって屋敷の奥へと連れ込まれる。
使用人たちには、聞かれてはマズい内容らしい。
「アリア何か、あったんだね?」
「えぇ・・・アキレスという魔族は、ご存知ですね?」
「!」
投げかけられた質問に、スッとアリアから視線を外すカイト。
知らないはずが無い、アキレスは一方的にヒョコヒョコ付いてくる魔族の名である。
ヤツがベアルに居るのは、流れとはいえ自分が許したことなので、カイトにも異存は無い。
驚いたのは、事情知らぬはずのアリアからその名を聞いた為だ。
「・・・いつ来た?」
ここでシラバッくれても何にもならないのは分かりきっていること。
カイトは逆に、彼女へ一連の、状況説明を求める。
予想外に素直な彼に驚きを見せるアリアだったが、すぐにそんな態度は霧散した。
さすがは、出来る女は違う。
「つい先ほどですわ、ダリアが出掛けの帰りに連れてまいったのです。」
「アイツ・・・・!」
腕を組んで、アリアはカイトへ冷たい視線を浴びせてくる。
あのクソドラゴン、どうして領地の平和を乱すような事をするのかと心中で呪詛をはくカイトだったが、起きてしまった事はどうにもならない。
ダリアは職務怠慢でクレアさんにしごかれているらしいので、客間に通されているという魔族へ会いに行くことにした。
メルシェードもその後を、従者として付いて行く。
「2人とも、カイト様をお連れしましたよ。」
「「!!」」
客間に入ると、中ではアキレスのほかに、ヒカリまでもが待っていた。
どうして2人とも、浮かない表情なのだろう・・・?
この異色のコンビはカイトが入るなり、彼へとあつい視線を送ってきた。
「・・・え、どうしたの??」
「恐れながらカイト陛下、改めて私はあなたに死んでも忠誠をお誓い申し上げます。 ですから・・!」
「お兄ちゃん、私はここに居ちゃ迷惑? 私ってイケナイ子なの!?」
アキレスが言い終わらないうちに、ヒカリまでもが言葉を重ねる。
これはどうした事かと、状況が理解できない彼は少ない頭をフル回転させる。
しかし助けを求めようにも、アリアやメルシェードはそっぽを向いており、助け舟は出してくれそうに無かった。
ああ・・・、俺に責任とれって事ですかい。
考えた末に、彼が2人に対して掛けた言葉は・・・
「馬鹿だけど、こんな俺でいいなら。」
ヒカリは元より、こうしてアキレスまで正式にカイトに仕える事がアリアの前で公言された。
この後、アリアやメルシェード立会いの下、カイトは眠れぬ夜を過ごす事になるのだが、それは別の話。
ベアルは何処からきて、何処へ向かおうとしているのか。
それは領主すら、分からない。




