第297話・魔導船の試験航海
これからも、楽しんで書いていこうと考えています。
感想や気になる点などがありましたら、遠慮なくお寄せ下さい。
カイトの屋敷で居候しているノラゴンが、たっぷりお仕置きを受けていた同じ頃。
グレーツクの港では一隻の大きな船が、出航を待っていた。
船体の真ん中にそびえる煙突からは、黒い煙が出ており、それが大きな特徴となっている。
今まで船と言えば、風を利用した帆船のみであった、この世界。
対してこの新造船は、機関車のように内部に魔導機関・・ようするに魔石を利用して動力源とする超画期的な海上交通なのである。
それに、熱い視線を送る者が、ここにも一人。
「あれが魔導船か・・・。」
ホウとアツい吐息をもらす、若き領主。
危うく完成したての機関車に轢かれかけた、その名もバカイトである。
これから船は試験航海を兼ねて、この大型機関車をボルタへと運ぶ任につく。
それに便乗する形をとるつもりのカイトは、まるで子供のようにはしゃいでいた。
「あ、ごめん。 はしゃぎ過ぎた。」
「・・・。」
もう一人の、彼をジッと見つめているのはメルシェードと言う従者。
彼の行くところ必ず付き従い、そして補佐し、あるいは守るのが彼女の役目。
とは、カイトだけは思っておらず、ただの旅仲間程度の認識だった。
自分ばかり楽しんで、連れを置いてけぼりにしてしまっていたことに気が付いた彼は、マニアスイッチをオフにして、彼女へ悪びれた様子を見せる。
だが当の彼女は首を横へふって、
「どうぞ、私の事は空気と考えて下さい。」
と落ち着き払った様子を見せた。
「メルちゃんも、あの船が大きいと思わないかい?」
「・・・。」
窓に頬杖をついて、カイトは迫る船を見つめた。
この新造船のもうひとつの特徴は、列車を解体せずにそのまま積み込める事である。
大きく口を開けた船尾部からはレールが伸びており、そこを彼らを乗せた汽車がゆっくりとした足取りで進む。
もう少しすれば王都までも鉄道が繋がるし、輸送力向上の効果は歴然であろう。
「ああ、嬉しいな。 嬉しいなー。」
「・・・。」
・・と、ここで彼は一つの異変に気が付いた。
航走中は計画として、客は船室へと案内することになっている。
鉄道の客を駅で降ろし、船に乗り換えてもらうと言うことなのだが・・・
当然そのため、船に客の降りる設備は設けない。
しかし汽車は、滑るように船へと迫っている。
「・・・す、ストップ、誰か降ろして!」
「カイト様?」
大慌てで後方に繋がれた、機関車の方へ大声を張り上げるカイト。
すると一拍あけて、機関助士をしているルルアムの声が返ってきた。
「・・・あ、忘れてました。」
ギギーッとけたたましいブレーキ音を辺りに響かせ、船に入る一歩手前で停止する客車。
もう少し遅ければ、ボルタに着くまでの十数時間、客車内に置き去りにされるところである。
あぶない、あぶない。
「さっさと降りろアホ、何してんだ!」
「ごめんなさい、流れに身を任せかけてました。」
ここにホームは無いので、カイト達2人は客車備え付けのハシゴで降りる。
おっさんの罵倒になれている彼はさておき、メルシェードには耐え難ったようで。
地面へ降り立った途端に彼女は、ツカツカとおっさんへ詰め寄った。
「先ほどから何なのですか、あなた方は。 領主様に対して失礼とは思わないのですか、不敬罪に問われてもおかしくないのですよ?」
「またお前か、小僧の地位なぞ知るか。 アホにアホと言って何が悪い!」
当人を蚊帳の外に、2人の応酬は過熱していく。
見た目以上にメルちゃんは、感情的なんだなーとその様子を眺めるカイト。
このまま話に決着がつくまで待とうかとすら思った彼だったが、その思いはルルアムの言葉で思いとどまった。
「カイト様、どうにかなりませんか。 これでは汽車を出せません。」
「あーそっか、困るな。」
魔導船は現在、出航スタンバイの状態である。
後は運ぶ予定の機関車を積み込むだけ。
ただでさえ先ほどの急停車で予定を押してしまっているので、それを彼女は憂いているのだろう。
そういう事ならば、仕方が無い。
「まァまァ2人とも、ケンカしないで仲良くしようよ、ね?」
すぐに仲裁にはいるカイトだったが、彼らの腹の虫は、それで収まるわけが無かった。
2人の間に割って入った瞬間、ぎゃくに彼は両隣から総スカンを食らう。
「邪魔すんな小僧、男が言われっぱなしで黙っていられるか!」
「恐れながら、これは領地の沽券に関わる問題でございます。 見過ごせば領民達のためにもなりません!!」
「おぉう・・・。」
おやおや、なんだか話がそれていませんか?
そもそもドワーフのおっさん達の口が悪いの事に、腹を立てたメルシェードが突っかかったのが原因で始まった、このケンカ。
一瞬たじろいでしまうカイトだったが、これで引き下がったら益々(ますます)状況が悪化するのは目に見えている。
おっさんは無理なので、彼は徹底抗戦の構えを見せるメルシェードを向いた。
水は低い方に流れるというのが、彼の信条である。
「このあと予定があるんだ、ここで時間をとられると後々困るんだよ。」
「そうですか、そういう事ならば・・・・」
これで存外、頑固なところがあるので、理由をつけてケンカを収める。
ウソも方便と言うか・・・おっさんも一気にヤル気を失ったように、欠伸をしながら背を伸ばした。
こっちは気分屋なので、軽いものだ。
話も一区切りがつき、ルルアムたち2人は機関車へと乗り込んでいった。
止まっていた列車はブシュウウッとブレーキを緩めると、石が焼ける匂いを辺りに撒き散らしながら、ゆっくりとした足取りで船の中へと入っていった。
カイトも船へ乗り込むため、船に横付けされているタラップの方へ足を向ける。
・・が、メルシェードは追従しては来ず、代わりに彼へ質問をぶつけた。
「あのカイト様、どちらへ?」
「ん、この船に乗ってベアルに帰るんだよ?」
何の抵抗も無くカイトはそう言ってのけたが、当の彼女は「何言ってんのコイツ?」的な表情を浮かべる。
こんな顔を向けられるのは、これが初めてだ。
「えっと・・、何かマズかった?」
「なぜ転移で帰らないのですか?」
「え・・・。」
最初こそ質問の意図をを理解できないカイトだったが、彼はつい先ほど知らぬ間に墓穴を掘っていたのだ。
ついさっきのケンカ仲裁のため、『忙しいから止めて』と、この領主様は言った。
そう、間違いなく領主様は、そう言った。
お分かりだろう、忙しいのに鈍足の船で帰るという、この異常さが。
これに気付くまでの彼が要した時間、しめて10秒・・。
あまりに長すぎる、10秒であった。
「これからすぐ、ベアルに帰られるのですよね?」
「いや、その実はさっきのは言葉のあやと言うか・・・ね!」
「はい!?」
バカイトは、話をこじらせる腕だけは一流だった。
なんとか取り繕うと彼がするたび、彼女の表情は固く、険しさを帯びていく。
いつもは可愛いケモ耳や尻尾が、いまや威嚇の一手段に大きく変貌を遂げていた。
これまで世界一恐いのはアリアと思っていた彼だったが、今後は少々の見直しが必要かもしれない。
「うん、そうだったね。 挨拶してから帰るよ、うん。」
「・・・分かりました。」
目の前にある、世界初の鉄道連絡船。
彼が日本に居た当時、すでに連絡船なんか無かったし、そこには一種の『憧れ』があった。
1割の国益と9割のマニア心で動くのが、スズキ公というベアル領主の特徴である。
だがそれもこれから先は、大きく制限されるかもしれない。
カイトは機関車を降りてこちらへ向かってくるルルアムたちへ、帰らねばならない旨を伝えた。
「そうですか、カイト様はお忙しい方ですものね・・」
「せわしねぇヤロウだな。」
「本当、急で申し訳ない。」
くだらないウソのために船に乗れないとか、本当に申し訳ない。
血涙を呑んで彼はメルシェードを引き連れ、街の外へと向かう。
程なくしてボーッという重低音が、港に響き渡る。
これはアレだ、ウソをついた罰が当たったのだと、カイトは自分に言い聞かせた。
「如何されました、カイト様?」
「・・・うぅん、何でもない。」
首をブンブンと横へふり、脇目もふらずに前へ前へと歩を進める領主。
それと付き従う秘書役のメルシェード。
彼の背はどこか、物悲しげにも映って見えた・・。
ただの、自業自得だが。
本作、別に狙ったわけではありませんが、総文字数が3,333文字。
昨日は、1人で感動してました。




